LV2「試験迷宮クノッソス」・9

 びりびりと皮膚が震えるほどの雄叫びに、ふとハーゲンティの顔を見ると、妖しい瞳と目が合ってしまう。



「う……ぐっ!?」



 その直後、全身が麻痺してしまったかのように動かなくなる。この感じ、確か“ザガン”との戦闘でも味わった記憶がある。

 いわゆる“マヒにらみ”というやつか。系統は違うかもしれないが、同じ類の技を持っていたのだろう。それにしても、とてもレベル2のボスとは思えないほど、多彩な攻撃方法を持っている。



 それもそのはず、実は。本田スエキチのカスタマイズによって、新たなスキルなどを追加された強化個体。過去に存在した本物を上回る、“ハーゲンティ・改”だったのだ。


 しかし当然、この事実を植村が知るよしも無い。



「ウオオオオオオオオン!!」



 そこへ、高く大戦斧を振り上げる強化猛牛。それを避けようともしない友人を見て、すぐにマコトは異変を察知した。


 ユウトは、何かしらの理由で動くことが出来ないのだ……と。




「くっ!」




 完全に油断した。パワー系だと思って、こうした行動阻害の技は持っていないものだと勝手に思い込んでしまっていた。この一撃を無防備で喰らえば、きっと俺は……。




 ドンッ!!




 覚悟を決めた俺に、横から誰かが体当たりを決めてきた。いや、正確にいえば、俺を敵の攻撃から助けてくれたのだ。




「マコト!?」




 俺を弾き飛ばした彼は、持っていた妖刀でハーゲンティの一撃を受け止めるが、その威力をモロに浴びて、壁際まで吹き飛ばされてしまう。




 ガンッ!



「ぐうっ!?」




 激しく壁に叩きつけられると、そのまま力なくズルズルと沈み込んでいくマコト。咄嗟とっさに俺のことをかばってくれたのか。


 しかし、彼を吹き飛ばしたあと、すぐにハーゲンティは標的を自分に戻したようだ。




「ウオオオオオオオオン!」




 幸い、マコトのおかげで硬直が解けていた俺は、敵の斧攻撃を相手の眼を見ないように気を付けながら、回避していく。


 とりあえず、一命は取りめたようだが、今度は敵への有効的な攻撃手段が見つからない。闇雲に単発の“貪狼ドゥーべ”を繰り出しても、大したダメージは期待できないだろう。



 いや。よく見ると、さっき俺とマコトが苦労して命中させていた連携コンボによる傷も、徐々に塞がっているように見えた。まさか、“自己再生”のスキルまで備えていたのか?





 まるで、歴史上の弁慶と牛若丸の戦いのように、繰り出されていく斧攻撃をヒラヒラと躱していく植村を見て、後衛の非戦闘員たちは、気を失っているであろう上泉のもとへ駆け寄っていく。




「上泉くん!大丈夫!?」




 真っ先に駆けつけた神坂の言葉にも、反応を示さない上泉。その様子を見て、三浦が冷静に言う。




「意識を失ってるようだな。完全に死亡しなければ、ダンジョンからは排除されない。つまりは、まだ息はあるということだ」



「一応、気道確保ぐらいの応急処置なら出来るから、やっておく」




 運動部ということで、そういう知識を持っていたのか、テキパキとした動きで上泉に最低限の処置を施していく神坂。下手に動かせば、かえって危険な状態になることを知っていた彼女に出来ることは、それぐらいであった。




「しかし、ジリ貧だな……こちらは、貴重な前衛スイーパー一人ひとり失った形になるわけだ。ただでさえ、火力不足だというのに」




 何とか敵のターゲットを取り続けている植村を見守ることしか出来ない三浦は、悔しそうに呟いた。彼もまた、自分が下手に出しゃばっても前衛を危険に晒すだけだと分かっていたのだ。


 そんな彼の前に、月森がやって来ると、おもむろに持っていたバトンを捨てた。

 それを見て、朝日奈が驚きの声をあげる。




「ヒカルちゃん!?どしたの?」



「この武器じゃ、あのクリーチャーにはダメージを与えられない。もっと、強い武器を引き当てる!本当は、使う予定じゃなかったけど……」




 そう言って彼女は、この時代では貴重な五百円硬貨を取り出すと、祈るように見つめてから、手首にある秘宝ガチャコッコに投入した。




『コケコッコー!!』




 ニワトリの高らかな叫び声と共に生み出されたのは、金色の卵。月森は、それを願いを込めて地面に叩きつける。




 アルテミスの弓矢

 等級:スーパーレア

 大気中のマナを集めて、一筋の光矢を放つ。つるを長く引き絞るほど、集まるマナは増加していく。一矢限定。




「来た!フィニッシュ型の武器……これなら!!」



「わお!凄そうな武器……でも、ヒカルちゃん。弓矢、使えるの?」




 金色に輝く流麗なフォルムの弓矢を手にした月森に、朝日奈が素朴な疑問を投げかけると、彼女はニコッと微笑んで返した。




「大丈夫。私のユニークスキル【適合者アデプタ】は、知っている道具や兵器であれば、初見で使いこなすことが可能なの。だから、弓矢だって……」




 彼女がイメージした射手はオリンピックなどで目にするアーチェリー選手の動作モーションだったのだろう。綺麗なフォームで、敵に狙いを定めると、引き絞った矢に大気中から光が集まっていく。













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