七星剣術・2

 浜辺にやって来た俺は師範が見守る中、木刀を構えて、意識を集中させる。



 とりあえず、刀剣のrank80以上にしてみて様子を見よう。理論上は、それで“気”とやらが通るらしいからな。



【虚飾】が、【近接戦闘(刀剣)】rank90に代わりました



 ダメだ……何も、起こらない。念には念をで、90まで出力を上げたのに。せめて、見本の一回ぐらい披露ひろうして欲しいのだけど。


 ん……見本?


 そういえば、サイズ・ビルの戦闘で、アスカが剣に何かを込めていたような気がする。もしかしたら、あれが“チャクラ”だったのかもしれない。


 思い出せ。あの時、彼女は確か……!



 俺は、記憶の中の七海アスカの動きを同調トレースさせ、人差し指と中指の二本を、木刀の根本から切先へと滑らせながら、“気”を通すイメージを膨らませる。


 すると、指でなぞった部分から、木刀が赤く変色し始めていく。成功したかどうかが分からず、チラッと師範の方に視線を向けると……。




「……そこの岩壁がんぺきに、一振り打ち込んでみろ」




 まだ、合格ではないらしい。言われるがまま、俺は赤く変色した木刀で、岩壁に思いっきり打ち込んだ。



 ガガガッ!!



 すると驚いたことに、木刀を叩きつけた部分の岩壁が、ざっくりとえぐり取られていた。俺に、そんなパワーは無いし、この木刀も何の変哲もない普通の木刀だ。つまり、これが“チャクラ”の効果なのだろう。




「コイツ……マジで、やっちまいやがった」



「へ?」



「あ、いや。よくやった、合格だ。交代しろ」



「あ……ありがとうございます!!」




 本来、このテストは無理難題であった。


 どんなに、研鑽を積んできた人物であっても、この年齢でrank80に到達するのは、限りなく不可能に近いのだ。親からrankを引き継いでいるか、初期値が異常に高いか、それに相当するほどの強力なユニーク持ちであるか、実際はこの三通りのパターンしかないのだが、どれも希少な存在である。


 つまり、これは余計な弟子を増やしたくない北斗ユウセイの怠慢から生まれた、極悪な入門テストなのだが、いとも簡単にを通過されて、彼は内心では焦っていた。




「がんばれ、上泉くん!俺みたいにやれば、きっと出来る!!」



「う……うん!」



 二番手の上泉くんにバトンタッチし、今度は彼が木刀を構える。震えているのが、俺の目から見ても分かった。相当、緊張しているようだ。




「……それでは、はじめ!」




 目をつむって、一生懸命に木刀を握る手に力を込めている様子の上泉くん。しかし、一向に変色する気配が無い。さすがに、難度が高すぎたのか……?




「……ダメだ。やっぱり、僕には剣の才能なんて無いんだ」




 小声で、弱音を吐く上泉くん。まだ、時間はある……あきらめるのは、まだ早すぎる。




「上泉くん!まだ、いけるよ!!あきらめちゃ、ダメだッ」



「…………」




 反応が無い。俺の言葉が聞こえないほどに、パニックになってるのか?そうか、道場を破門させられたことがフラッシュバックしてるのかもしれない。

 くそっ、何とか平常心には戻してあげたいのに!




「マコト!余計なことを、考えるな……剣に、集中しろーッ!!」




 俺は、初めて彼を名前で呼んだ。苦しまぎれの策ではあったが、今度は反応があった。





 植村ユウトの言葉は、はからずも彼の過去の思い出を呼び起こさせていた。



「……99……100!!」



 百回の素振りを終えて、肩で息をする幼き日のマコトに、白の着物を羽織った長髪の男性が近付いていく。父である剣聖・上泉ヨシツネである。



「こんな時間まで、稽古けいこか。精が出るな」



「お父さ……師匠!僕は弱いから、人よりも多く稽古しなければ、追いつけないので」



「二人の時は、父でよい。剣は、楽しいか?マコト」



「え……は、はい。楽しい、です」




 態度とは裏腹な彼の言葉に、思わず笑みをこぼすヨシツネ。




「無理は、しなくていい。辛かったら、いつだって、やめてもよいのだぞ?」



「そ、そんな!」



「悪い意味で言ってるのでないよ。私は、お前が【剣聖】の子だからといって、剣の道に縛られては欲しくないのだ。ちちの言いつけで、なくなく男として育ててきてはいるが、いつだって普通の女の子に戻ってもよいのだぞ?その時は、私が父を説得しよう。道場より、お前の未来の方が大切だからね」



「いえ!僕は……自分の意思で、父さんのような剣士になりたいと。本気で、思っているのです!!」




 そういって、マコトは再び素振りを始める。




「マコト……」



「今は、まだ弱い僕ですが……いつか、必ず!師匠のような剣士に!!」




 すると、彼の背中からスッと父の手が伸びてきて、一緒の木刀を握られる。マコトからすると、久しぶりに感じた父の肌の温もりであった。




「よいか、マコト。雑念を振り払い、剣と一つになるのだ。それが、良い素振りのだ」




 父と一緒に振った木刀は、まるで自身の腕の一部であるかのように感じた。




「す、すごい!さすがです、師匠!!」



「ふっ、父でよいと言っているだろう。お前には、私以上の剣才がある。この“剣聖”が言うのだから、間違いない。精進を怠らなければ、いつか必ず才能は開花する……それを信じて、邁進まいしんするのだ」



「はい!師しょ……父さん!!」



「ああ、良い返事だ……ゴホッ、ゴホッ」




 それは、父・ヨシツネが寝たきりになる前の、最後の親子の会話であった……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る