入学前夜・3

 寮に帰宅し、お先に風呂を頂いた俺は突然と寒気を感じる。誰か、噂でもしてるのだろうか?




「上泉くーん!お風呂、空いたよ〜」



「あっ、はーい!」




 部屋の中から、ドア越しに返事が返ってきた。

 一応、嫌がられないように、風呂の中はできるだけ綺麗にしてきたつもりだ。不快な気持ちになることは、ないだろう。




 学園指定のジャージを部屋着へやぎがわりに、自分の部屋に入って、ドライヤーで髪を乾かし始めた植村を見計らい、上泉が静かに自室の扉を開けて、念入りに同居人の姿がないことを確認する。




「……よし」




 そろりそろりと入浴セット片手に部屋から出てきた上泉は、今度は素早い足運びで、風呂場前の脱衣所に入り込むと、シャッとカーテンを閉めた。


 とりあえずの安全地帯を確保した上泉は、ほっと胸を撫で下ろすと、上着を脱ぎ去った。

 彼の胸には、きつくサラシが巻かれている。それは、胸の膨らみを抑える為に。


 そう。彼、もといの本当の性別は女性であった。父が師範を務めていた剣道場は、男しか跡を継げない規則があったことで、兄妹のいなかった上泉マコトは、物心ついた時から“男の子”として育てられてきたのだった。



 彼女自身も、父に憧れていたこともあって、いつか道場を取り戻すべく、冒険者養成校ゲーティアに自身の鍛錬も含めて入学していたのだ。




「ふぅ……」




 きつく巻かれていたサラシを取ると、ようやく胸の圧迫感から解放される上泉。うーんと手を伸ばして、身体が軽くなったのを感じた。


 今のところ、彼が女子であるという事実には、誰も気が付いていなかった。男女平等が進んでいる時代だけあって、制服も自由に男子用・女子用が選べるようになっていたのも、良い方向に転んだと言えるだろう。


 その上で、妖刀エペタムの所持効果「偽装」によって、【目星】や【鑑定】など他者からのステータス閲覧から特定の情報を書き換えれることを利用して、学園側にも“男”として登録することができた。




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 上泉マコト

 16歳(女)日本出身

 見習い冒険者

 身体能力 C


 スキル

【目星】rank63

【回避】rank55

【近接戦闘(刀剣)】rank32

【隠密】rank24

【応急手当】rank15

【歴史】rank12


 ユニークスキル【剣聖】rank -


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 ちなみに彼女のユニークスキル【剣聖】は、“血継けっけいスキル”と呼ばれるものだ。血の繋がった肉親が何らかの理由で亡くなった時、スキル所持者本人が強く願うことで、自らのスキルを一つだけ、子や孫に譲渡することが出来るというシステムである。


 このシステムによって、一子相伝の武術や一流スポーツ選手の才能が次世代に受け継がれやすくなり、無能なジュニアが生まれにくくなっていた。


 もちろん、先に持っていたユニークスキルと交換になってしまうので、譲渡を拒否することも出来たのだが、父のことを尊敬しているマコトは、それを受け入れた。


 しかし、元々の剣の腕が至らなかったことで、【剣聖】の真価を100%引き出すことがかなわず、父の門下生たちからさげすまられることとなってしまう。




 だからこそ彼女は、この学園生活で【剣聖】に見合う技術を身につけると心に誓っていた。




 シャアアアアアア




 シャワーで全身を清めながら、上泉は自然と鼻歌を口ずさんでいる自分に驚いた。




(今日は、楽しかったな……誰かと、一緒にご飯を食べるなんて、何年ぶりだろう?)




「植村ユウトくん……か」






 まさか、すぐそこで異性がシャワーを浴びているなど露知らず、植村は自室で日課である筋トレを繰り返していた。




 なんか、激動の一日だったな。幼馴染との再会、同居人との出会い、それに……。



 なぜか、脳裏には先ほどの赤髪の美青年の顔が浮かぶ。何かモヤモヤする、この気持ちは何なんだろう?




 そんなことを考えていると、絶妙なタイミングで“七海アスカ”から通話が掛かってきて。




「は、はい。もしもし」




 一瞬、謎に戸惑ってしまうがトレーニングを中断して、すぐに通話を取り、会話を始める植村。




「おっす。今朝は、ゴメン。置いてっちゃって」



「え?あ、ああ!別に、全然」



「なんか、可愛い子と楽しく話してたから、お邪魔かな〜と、思ってさ」




 可愛い子?ああ!月森さんのことか。




「幼馴染なんだ。小学校ぶりに再会したから、盛り上がっちゃって」



「ああ、そういうことね!てっきり、彼女か何かだと思った。ははっ」



「いや、彼女いないし……って、言わせないでよ!虚しくなるわ」




 この流れで、天馬先輩のことも聞こうかと思ったが、そんな勇気は無かった。お忍びで行ってたのだとしたら、気まずいだろうし。




「ごめん、ごめん。それより、どう?ヘリオス寮の居心地は」



「上々だよ。ルームメイトも、良い人そうだったし。これなら、何とかやっていけそうかな」




 この後、いつものように互いの情報交換を交えた雑談をアスカとしながら、入寮初日の夜はけっていく。


 何を心配してたか分からないが、いつも通りの彼女であることが確認できて、俺は少し安心していたように思えた。







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