入学前夜・2

“ちょっかい”とは、幼少期からアスカに少しでも仲の良い異性の友人が出来ると、必ずカケルが勝負事を挑んでは相手のプライドをズタズタにして、最後には彼女の元を去らせていくという通例のパターンのことで……。




「それは、アスカのことを思ってのことだろ。おばさんにも、娘のことをよろしくって頼まれてるからな。下手な男を、近付けさせるわけにはいかないんでね」



「お前は、私のお父さんか!お母さんのその言葉も、誰にでも言ってる社交辞令だから!!鵜呑みにして、その気になってるのアンタだけだっつーの」



「けど、おかげで変な男は寄り付かなくなった。それは、事実じゃないか」




 確かに、それは事実であった。しかし、正確に言えば“天馬カケル”の影がチラついて、寄りつこうとしなくなったという方が正しいが。


 そのせいで七海アスカは、この美貌びぼうを持ってしても、今の今まで異性との交際経験は、皆無のままであった。




「はぁ〜。今回ばっかりは、本気で言ってるから。彼には、余計な勝負とか申し込まないでよ?絶対!」



「へぇ……随分と、かばうじゃないか。そんなに、大事に思ってるのか」



「そりゃ、仲間になる人なんだから大事に思うでしょうが。それに、これはアンタの為を思っての忠告でも、あるんだからね!?」




 はたから見ると、まるで痴話喧嘩のようにも見える二人のやり取り。しかし、これが彼らの通常運転だったりする。それほど、互いに親交が深いことの表れでもあった。




「俺の為?」



「アンタ、自分が絶対に勝つと思い込んでるでしょ。生半可に喧嘩を売ったら、恥をかくのはカケルの方になるかもよ?って、こと」



「ほう。の男なのか……それは、楽しみだ。ずっと、探してきたからな。互いに高められる好敵手ライバルって、奴を」



「くっ……無駄に、ポジティブな奴!マジで、ボコボコにされて欲しいわ〜」




 表情は笑顔を見せていたものの、アスカにそこまでの評価を受ける男の存在に、ただでさえ強い嫉妬心は沸々と煮えたぎっていた。




「……で、そいつの名前は?どうせ、遅かれ早かれ分かることだ。教えてくれても、問題ないだろ」



「まぁ、名前ぐらいなら……植村ユウト、だよ」



「植村ユウト、か。聞いたことない名前だ」



「でしょうね。公式記録では、どこのギルドにも属したことのないただのルーキーだもん。学園でも、ロークラスからのスタートだし」




 アスカの言葉に驚くも、すぐに何か事情があるのだと察したカケルは、更に質問を重ねていく。




「つまり、記録では何かを残してるってことか……教えてくれ」



「ん〜。『漆黒の鎌』の内乱。あれ、表向きでは石火矢先生が“決闘デュエル”で、黒岩ムサシを討ち取った……ってことに、なってるじゃない?」



「まさか、本当は……その“植村ユウト”が、やったことなのか?」



「そう。ちなみに、『エクスプローラー』が発見する前に、実は『漆黒の鎌』が別のレベル6ダンジョンを突き止めていたの知ってる?」




 天馬カケルが所属する『エクスプローラー』が、レベル6に該当する“白のゲート”を公式で初めて発見・攻略したのは、つい二週間ほど前の出来事だった。


『漆黒の鎌』元団長・黒岩ムサシは、それ以前に発見していたものの、思惑あって公式には発表していなかったのだ。




「おいおい。さっきから、さらっとビッグニュースをリークしすぎだ。そこまで、聞いてないんだけどな」



「うっ。つい、饒舌じょうぜつになってしまった……まぁ、要するに!非公式では、黒岩ムサシに勝って、レベル6も攻略してるってことが言いたかっただけ。以上!!」



「なっ!?本気で、言ってるのか?それが、本当だとしたら……」



「本気で、言ってる。戦闘力だけで言えば、天馬カケルと同等……いや、それ以上かもしれない。だから、やめろって言ってるの。負けて失うものが多いのは、アンタの方でしょ?」




 幼馴染の本気の忠告に、天馬カケルは自然と笑みがこぼれた。


 この瞬間、アスカへの嫉妬心よりも、『植村ユウト』という冒険者への興味が上回ったのだ。


 しかしそれは、黒岩ムサシのように強い者と戦いたいといった衝動ではなく、純粋に自分を高めてくれるであろう競争相手ライバルが出来るかもしれないという期待感であった。


 今まで天馬かれの人生において、隣に並び立つほどの実力者は現れたことがなかったのだ。それだけ、彼の能力が抜きん出ていたということだろう。




「アスカ……礼を言おう。今夜は、有意義な夜になったよ」



「ちょっと、話を聞いてた?絶対、ちょっかい出さないでよ!?」



「ふっ……さて、どうしようかな。ただ、“植村ユウト”という名前は、完璧に覚えたよ」




 念を押してくる彼女にクルッと背を向けて、ひらひらと手を振りながら去って行く天馬。その後ろ姿を見送りながら、七海は一抹いちまつの不安を覚えたのだった。

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