入寮・3

 振り向くと、そこにいたのは小柄な美少女。

 何となく、見覚えのある面影のような気がする。



「久しぶりだね。私のこと、覚えてる?」



 直感だが、このクイズは外しちゃいけないような予感がするぞ。慎重に、答えなければならない。“植村くん”と呼んできたことを考えると、人違いということは無さそうだ。


“久しぶり”ということは、俺が小さかった頃の知り合いか?そもそも、今までの人生の中で、こんな風に声を掛けられるような女子と出会ったことなんて、片手で数えられるほどしかいないはずだ。そう考えると……。


 てか……自分で言ってて、悲しくなってきたな。



「……もしかして、月森さん?」



 あの頃はロングのストレート髪だったのが、今ではバッサリと外ハネしたミディアムぐらいの長さまで短くなっていて、すぐにはピンと来なかったが、推理の途中でハッキリと記憶が蘇った。


 俺がバレンタインで初めての本命チョコを貰った相手。そして多分、俺の初恋の人……月森ヒカルだ。




「良かった!覚えててくれたんだ。もう、忘れられてるかと思った」



「髪型とか変わってて一瞬、誰かなと思ったけど、すぐに分かったよ。久しぶり、月森さん」




 正直、忘れるわけはない。小学生の頃から片鱗はあったが、今でもあの圧倒的ヒロイン感は失われていない。それどころか、何段もグレードアップしていた。多少は、俺の初恋補正もあるのだろうが。




「ちょっと前まで、伸ばしてたんだけどね。進学する機会に、思い切って髪型を変えてみたんだ」



「そうだったんだ、凄く似合ってると思う。てか、その制服を着てるってことは……月森さんも、通うの?冒険者養成校ゲーティアに」




 彼女の着ていた制服は、俺らと同じ冒険者養成校ゲーティア指定の白ブレザーだった。まぁ、このロープウェイ乗り場にいる時点で、生徒ぐらいしかいないのだが。




「うん、そうなんだ。私も、驚いたよ。植村くんも、冒険者を目指してたなんて」



「はは、まぁね。実は、うちの両親とも冒険者でさ。カエルの子は、カエルってやつ?」




 格好つけました、すみません。本当は、女の子に褒められたから目指しました!……なんて、言えるわけないのよ。




「そうなの!?実は、ウチのお父さんも冒険者なんだ!」



「え、マジで!?だからか……でも、月森さんは新体操の道に進むのかと思ってた。強化指定選手にも選ばれてたもんね?確か」



「新体操は、今でも続けてるよ。冒険者養成校ゲーティアにも新体操部があるらしいから、入部するつもり」




 なるほど。そういや、アスリートが活動資金を稼ぐ為に冒険者をサブ職業にする例も少なくないと聞いたことがある。そういう感じなのかもしれない。




「二足の草鞋わらじかぁ。相変わらず凄いね、月森さんは」



「ううん、全然。お母さんは反対してたんだけど、私がワガママ言って、ここに通わせてって頼んだんだ」



「それって……月森さんは、冒険者になりたいってこと?本当は」



「う〜ん、難しいんだよね。お母さんは自分が挫折した新体操の夢を、私に託してくれてて。私は、お父さんのような冒険者になりたい。母親の夢も、自分の夢も諦めたくないんだよね。簡単には」




 やっぱり、幼少期からトップアスリートだと考え方からして立派だな。いかに自分が青春を謳歌おうかできるかしか考えてこなかった自分が、情けなくなってきた。




「凄いなぁ……きっと、月森さんなら出来るよ。俺に協力できることがあったら、何でも協力するから!気軽に、また声を掛けてよ」



「あ……うん!ありがとう!!そういえば、ごめんね?なんか、引き止めちゃって。先に行っちゃったみたいだけど、大丈夫!?」



「……え?あー!?」




 月森さんが指差した方向に目をやると、先にロープウェイに乗り込んだ七海さん達が人工島に向かって、遠くなっていく姿だった。




 一方、そんなロープウェイの中では……。




「植村くん、待っとらんで良かったん?ななみん」



「なんか、可愛い子と楽しそうにおしゃべりしてたし?邪魔しちゃ悪いから、いいでしょ。別に」




 周防からの質問に、明らかに不機嫌そうに答える七海。その様子を見て、逆に機嫌が良くなったのは、やはりこの男だった。




「ぎゃーはっは!アホな奴やで、植村ユウト!!自ら、墓穴を掘るとはなぁ。こっからは、西郷マサキの大逆転ターンやでッ」



「……ホノカ。そいつ、ちょっと黙らせて」




 七海のドスの効いた一言に、姿勢を正して敬礼しながら周防は「御意ぎょい!」と言って、暗殺者の如く西郷の口を背後から手で塞いだ。




「むぐぐぐーっ!?」



「女王の命令や。向こうに着くまで、黙っとき」




 ようやく静かになった室内に、七海はハァと溜息を吐きながら、海面が映る景色を見て考える。




(女の子と喋ってただけじゃん……なんで、こんなにイラついてんだろ?まだまだ、子供なのかもなぁ。私も)




 彼女が、自分の心にあるモヤモヤの正体を理解するのは、まだまだ先のようだった……。

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