第4章 冒険者養成アカデミー

入寮・1

「じゃあ、行ってくるね。母さん」



 胸に貼られた剣と盾が重なり合うワッペンが印象的な冒険者養成校ゲーティアの白ブレザーに袖を通した俺は、キャリーケースを手にリビングにいた母に別れの挨拶をした。



「行ってらっしゃい。まさか、あなたも冒険者の道を目指すなんてね……やっぱり、血は争えないってことかしら」



「はは……かもね。それじゃ、また」



「ええ、気をつけて。着いたら、また連絡ちょうだいね」



「了解」




 冒険者養成校ゲーティアの試験は、簡単な一般教養と冒険者の基礎知識、体力テストがあったぐらいで、思ったよりも簡単に合格パスすることができた。てっきり、厳しい試練でも待ち構えているものかとドキドキしていたが、杞憂に終わって安心した。


 今日は入学前日。俺は学園近くにある男子寮に住むことを選択したので、この日から入寮することになっていた。寂しがり屋な母親からは、ここから通えばいいと最後まで粘られていたが、前世から寮生活というものは経験が無く、一度はしてみたいと思っていたので、自分の意思を貫かせてもらった。


 母を一人にさせるのは心配なところもあったが、よくよく考えたら【軍神】と呼ばれたほどの元冒険者だったことを思い出して、すぐに迷いは晴れた。




 玄関を出ると、家の前に見覚えのあるバンが停まっていた。運転席にいたのは、今や『白銀の刃』代表となった石火矢ミナミ先生だった。




「植村くん!ついでに、迎えに来てあげたわよ。乗って」




 後部座席には、久々の副団長派の面々が俺と同じ白ブレザーを着ているのを見て、事情を察した。




「あ、すみません!わざわざ、俺の家まで」



「タダでギルド所有権を譲ってもらった恩人なのに、何のお礼も出来てなかったな〜と思って、ね。これぐらいじゃ、足りないぐらいだけど」



「いえいえ!十分です」




 遠慮なく車内に入ると、そこには西郷くん、周防さん、七海さんが座っていた。みんなも同じく冒険者養成校ゲーティアに通うことにしたらしい。

 ちなみに、京極さんは一つ上の学年なので、既に上級生として入学済みのようだ。


 俺が乗り込んだのを確認すると、ミナミ先生は再び車を走らせた。




「久しぶり〜。元気にしとった?植村くん」



「うん、元気だよ。周防さんも、元気そうで何より」




 ちょっと髪が伸びた周防さんが、相変わらずのフレンドリーさで話しかけてきてくれる。それとは、対照的に西郷くんは何やら機嫌が悪そうに、窓の外の景色を眺めていた。


 そんな彼に、やれやれといった感じでミナミ先生が言った。




「まーだ、怒ってるの?アスカたちが、ウチから脱退すること。ちゃんと、理由は説明したでしょ」



「そんなん、ウチに残っとっても続けられる理由ばっかりやったやないか!ワイは、まだ納得しとらへん。義理人情とか、ないんかい」



「義理人情って。極道一家じゃないんだから」




 ん、待てよ。アスカ?七海さんが脱退することは、事前に聞いていたけど……。


 気になった俺は、隣に座っていた七海さんに小声で質問してみる。




「七海さんの他にも、誰か脱退するの?」



「え?あぁ、うん。ホノカも脱退するんだって。学業と部活に、集中したい……んだよね?」




 直接、後ろに座っていた周防さんに尋ねる彼女。俺が小声で聞いた意味が、まるでない。




「そうそう。私、そんなに器用な方ちゃうし。あれもこれも手を出しとったら、集中できひんかな〜と思って。一回、離脱?みたいな」



「そうなんだ。でも、みんなも冒険者養成校ゲーティアに入るのは意外だったな。もう、ギルドで活躍してるし、学ぶことなんてなさそうなのに」



冒険者養成校ゲーティアでは、一般教養も学べるし、ちゃんと部活動にも力を入れとるらしいし?その上、名だたる現役・OBの冒険者に専門技術も教えてもらえるんやから、通わへん選択の方が無いと思うで。冒険者を目指しとる人間ならね」




 なるほど。冒険者を養成するだけじゃなく、普通の教育機関としての側面も備えてるわけか。そりゃ、一挙両得だし、学生なら選ばなきゃ損ってもんか。




「だから、入学試験も普通の高校みたいな問題が出題されてたのか。納得した」



「そうなんだ?私たちは、面接試験だけだったから知らないけど」



「えっ?そうなの!?」




 平然と言う七海さんに、まあまあの衝撃を受ける。てっきり、みんな同じ試験を突破した同志だと思っていたのに。


 まぁ、そんな大層なレベルの試験ではなかったが。




「ギルドに所属していた生徒は、筆記試験を免除されるの。ちなみに、クラス分けも別になる」



「クラス分け?」



「C級以上のライセンス取得者はハイクラス。それ以下のライセンス取得者はミドルクラス。一度もギルドに所属経験の無い初心者はロークラスの配属からスタートされるみたい」




 マジか。言われてみれば、経験者が基礎知識を教えられても退屈なだけか。ランクに合わせて、授業内容も変えていくのかもしれないな。




「じゃあ、俺はロークラスからのスタートか」



「そうだね。レベル6のクリアも、黒岩ムサシとの決闘デュエルに勝ったことも公式な記録として残ってない以上、ユウトは初心者としてのデータになってるわけだから。実力だけでいえばハイクラスだろうけど、こればっかりは仕方ないね」



「そっか……」





落ち込んだ返事に聞こえたのか、七海さんがここぞとばかりに悪戯いたずらっぽい笑顔を俺に向ける。




「あれ?アスカちゃんと同じクラスじゃなくて、ガッカリしちゃったかな!?」



「べ……別に、しとらんわ!」




 本当は、ちょっとしたけど。


 それを言うと、余計に図に乗りそうだからめておこう。まぁ、でも……こんな風にからかってくるぐらいにまで距離が縮まったのは、良いことなのかもしれない。










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