サイズ・ビル 医務室

「ん……」



 黒岩が目を覚ましたのは、サイズ・ビル最上階にある医務室のベッドであった。かたわらには見知った顔の、石火矢ミナミの姿があった。



 植村との決闘で気を失った彼を、石火矢が運び出し、応急処置を施していたのである。




「目が覚めましたか、団長」



「ミナミか……久々だな。こうして、ちゃんと話すのも」




 メガネ越しに、黒岩の顔を覗き込んだ石火矢は安堵あんどの表情を浮かべると、スッとを外し、言った。




「どうやら、元に戻ってくれたようですね。良かった」



「それは、『真実の眼鏡めがね』か。レベル1の秘宝アーティファクト……確か効果は、相手の精神状態を鑑定する。だったか?」



「はい。私の【精神分析】のスキルが高ければ、わざわざを使う必要も無かったんですけど。あいにくと、持ち合わせていなかったもので」




 使用した眼鏡を、大事にケースに仕舞う石火矢。

 レベル1の秘宝とはいえ、売ろうと思えば、そこらのダイヤなんかより、遥かに市場価値は高いからだ。




「……やはり、俺は誰かに操られてたんだな」



「はい。決闘前の団長には、“精神汚染”状態を示す赤いオーラが見えたのですが、今の団長は、“正常”を示す緑のオーラが見えました。多分、気を失ったことで、催眠が解けたのかと」



「気を失うまで、解けない呪いかよ。強すぎる俺様にとっちゃ、最悪の解呪プランだったわけだ」




 黒岩はジョークのつもりで言ったのかもしれないが、実際問題として並の冒険者ならば、ダンジョン攻略中や特訓中に気を失うほどに追い込まれることも少なくなかったかもしれないと考えれば、あながち間違いでもないといえる。




「操られてる間の、記憶は?」



「記憶は、あった……だが、自分の欲望に逆らえなくなっていた。情けないが、そういう潜在意識にあった俺の“闇”を呼び覚ますたぐいの催眠だったんだろうぜ」



「なるほど……犯人に、心当たりは?」



「さぁな。少なくとも、俺が失墜しっついして喜ぶような奴だろうよ。他の五大ギルドの誰かか、個人的に恨みを持った誰かっつー選択肢もある……今はまだ、何とも言えん」




 後者はともかく、前者だった場合は非常に厄介だ。ギルドのリーダー格を容易たやすく洗脳してしまえるような術士が、競合他社のギルドに潜んでいるということなのだから。


 そんな不安を抱えつつも、団長が元に戻った嬉しさが勝った石火矢は嬉々ききとして尋ねた。




「それは追々おいおい、考えていくとして。まずは、うちのギルドについたマイナスイメージから払拭ふっしょくしていかないと。また一から、やり直しましょう!団長」



「……いや。俺は、催眠中に自分で引き起こした悪事の数々を全て公表する。男として、ちゃんとケジメはつけねーとな」



「そんな……」



「それが、クリーンなイメージを取り戻す最善策でもある。俺のいなくなった後のことは、任せたぜ。ミナミ」




 複雑そうな表情を浮かべて珍しく、しおらしい態度で話し始める石火矢。




「私じゃ……無理です。団長のように、みんなをまとめていくことなんて出来ません」



「誰だって、誰かの代わりなんてなれやしねぇ。ミナミは俺の代わりにはなれねーし、俺だってミナミの代わりにはなれねーんだ。立場が人を育てるって、言うだろ?お前なりに、やってくれりゃいい」



「わかり……ました。やるだけ、やってみます」



「おう、頼んだぜ。団員たちには、俺のほうから声をかけとく。サポートも、影から続けていくつもりだ。そんなに、気負うことはねぇよ」




 無言で頷く彼女の頭をポンポンと叩いて、黒岩は話を続ける。




「あぁ……そうか。思い出したぜ」



「……何をです?」



「あの小僧の名前だ。どっかで、聞いたことがあると、ずっとモヤモヤしてたんだが……ようやく、思い出せた」



「植村くんのことですか?」




 最後の一撃を喰らった腹部をさすりながら、黒岩はふっと笑って答えた。




「植村ユウト……ソウイチロウの息子が、そんな名前だった。が、そうか。そういや、似た眼をしてやがったぜ。あの野郎、冒険者になんかさせたくねーとか言ってやがったくせによ」



「彼は、独学で戦闘技術を身につけたそうですよ。ですから、冒険者にも自らの意思で目指しているんだと思います」



「独学で、あのレベルかよ……とんでもねえ一家だな。そういや、アイツの怪我は大丈夫なのか?」



「アスカが治療を施してくれたみたいで、大事だいじには至らなかったようです。ご安心を」



「そうか……何よりだ」




 敗北した悔しさ、洗脳されていた自身への後悔、団長としての最後……様々な思いが、どっと胸に去来したのか、黒岩は天井を見つめて、しばし沈黙した。








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