決闘・5

 受け流してるだけでも、ビリビリと手がしびれる。それだけ、今の団長の攻撃が強烈だということだ。


 反撃は所々で命中しているものの、敵が一心不乱に攻める手を止めて来ない為、効いてるかどうかも判別が難しい。


 このままでは【近接戦闘】の効果が切れる前に、残された左腕さえ、機能を失ってしまう。しかし、今の俺に出来ることは愚直に返しのボディを放つことだけだった。必ず訪れるであろうを信じて。



 ぶんっ



 心なしか、団長のハンドスピードが落ちているような気がする。これは、“予兆”なのかもしれない。





 視界を奪われている植村は、視認することが出来なかったが、黒岩の顔は紫色に変色してきていた。

 これは、酸素が欠乏しているサインだ。


 休む暇なく手を出し続けるということは、永遠の無酸素運動をしていると同義であり、その上で植村によるボディ打ちが更にを加速させていたのだった。


 それでも、ここまで連打を続けられるのは尋常ならざる黒岩の心肺機能だからこそだろう。

 しかし、彼も人間。闘争本能だけでは突き動かせないほどに、身体には限界が近付いていた。


 植村ユウトが狙っていたとは、まさにその瞬間が訪れることだったのだ。




「…………ぶはあっ!!」



 ついに耐え切れず、攻めを途切れさせた黒岩は天に向かって、大きく息を吸う。


 もちろん、その“音”を植村は聞き逃さない。


 これが、彼に残された最後のチャンスなのだから。



 大地を掴むように前足の指に力を込めて、植村が必殺の一撃に選んだのは、“あまねく天下を打つ”とまで呼ばれた形意拳の絶招ぜっしょうだった。



【虚飾】が、【こぶし】rank100に代わりました



 技の予備動作の段階で、【こぶし】をセットしておくことでインパクトの瞬間に、技の威力が増大する彼の奥の手。一撃必殺ワンショット・ワンキルには及ばないまでも、人間が研鑽を重ねて生み出された技術に、最大の拳を乗せるのだから、その威力は想像を絶するものとなるだろう。



 植村は、後ろ足を前足に揃えながら、渾身の中段突きを放った。シンプルな動きだからこそ、体内のけいを完璧に操作しなければ成功しない、“グランドマスター・モード”だからこそ、実現しうる技。




「……半歩崩拳パンプポンケン!!」




 ズドンッ!!




 その一撃は雷鳴の如く、深い呼吸によって弛緩しかんした敵の腹部に炸裂すると、巨躯きょくの黒岩が、まるで人形のように吹き飛ばされた。




 ズザザザザッ




「おっしゃー!やりよったで!!」




 その様子を見て、西郷が歓喜の声をあげるが、すぐさま京極が異変に気付く。




「いや……まだや!」




 一度、大の字に倒れた黒岩だったが、すぐにムクリと立ち上がる。その異常なまでの頑丈タフネスぶりに、七海たちも驚きを隠せない。




「まだ、闘えるっていうの……?不死身なの!?団長は」




 再び、植村ひょうてきの姿を視認して、本能のままに駆け寄ろうとする黒岩。しかし、一歩目を踏み出した瞬間、ガクリと膝から前のめりに崩れていき、今度はうつぶせに倒れ込んだ。


 闘争心の炎は消えていなかったが、とっくに肉体は限界を超えていたのだ。今度は、完全にダウンしたようで、動く気配は見せない。




 決着:勝者・植村ユウト




“決闘アプリ”も、黒岩ムサシの戦闘続行不能を確認したのか、宙に勝敗を決するテキストが表示された。観戦者にも可視化されている為、それを見て西郷たちも再び歓声をあげる。



 その仲間たちの喜ぶ声が耳に届き、ようやく視界を塞がれていた植村ユウトも自身の勝利を悟った。





 終わった……のか?終わったんだよな。


 そんな心の声が聞こえていたかのように、七海さんの言葉が目の前から届いてくる。




「……お疲れさま。終わったよ」



「勝ったんだよ……ね?俺」



「うん、勝った。ありがとう」



「そっか……良かった」




 ふらっ





 安堵あんどしたことで、蓄積されていた疲れが一気に噴出したのか、急に足元がふらついてバランスを崩した俺を、おそらく目の前にいた彼女が受け止めてくれた。




「おっと!大丈夫!?」



「ご、ごめん!急に、疲れが出て……」




 慌てて離れようとする俺の身体を、彼女は抱きしめたまま離そうとしない。




「ジッとしてて。今なら、まだ……私の“治癒功”で、骨をくっつけてあげられるかも」



「えっ?」




 そう言うと、俺の折れている右腕に、冷たい手の感触と共に、優しい温もりに包み込まれていく感覚が広がっていく。




「すごいや。骨折まで、治せちゃうんだ?」



「折れて間もない状態だったら、ね。私からしたら、キミの方がよっぽど凄いけど」



「え……そうかな?」



「やっぱり、あの大秘宝アーティファクトはキミが持ってるべきね。バランスブレイカーを持つ者は、バランスブレイカーじゃないと」



「……?」





 七海アスカは、今の激闘を見て痛感していた。


『ダンジョン・サーチ』が、ギルド間の均衡を崩すほどの規格外アイテムであるように、『植村ユウト』という冒険者もまた、彼一人でギルド間の勢力図を塗り替えてしまうほどのバランスブレイカー的存在だったということを。


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