決闘・4

 黒岩ムサシは、キョロキョロと周囲を見回している。突如、目の前から消えた植村を探しているのだろうか。正常な状態ならば、ジャンプして後退した相手を目で追えるのだろうが、“闘神モード”に入った彼は、強大な戦闘力と引き換えに感知能力が大きく欠如しているようだった。


 それは、植村ユウトにとっては不幸中の幸いな事象だった。今、襲って来られたら完全に瞬殺されてしまうのではないか?そう思わされるほどに、彼の戦意は失いかけていたからだ。



 何も見えない状態で、いつ襲ってくるか分からない最悪の敵の存在に、彼がおびえていると……その窮地に、救いの手が差し伸べられる。




「植村ユウト!恐怖にまれちゃダメ!!」




 七海アスカの叫びに、植村はハッと正気を取り戻す。続けて、彼女は言葉を発する。




「キミは、一人じゃない!手は出せないけど……私も、ここで一緒に戦ってるから!!」




 七海の叫びに呼応するように、その場にいた面々も後へと続いた。まずは、石火矢が。




「植村くん!ピンチの時こそ、冷静に!!あなたなら、きっとまだ逆転できるわ!!!」




 次に、京極が珍しく、大きな声をあげて。




「植村くん!団長かて、きっとダメージは残っとる……諦めなければ、絶対にチャンスは訪れるはずや!!」




 そして、周防も思いっきり、叫んだ。




「植村くん、がんばれ!私は、がんばってぐらいしか言えんけど……とにかく、がんばれー!!」




 最後に、周防の背中で目を覚ましたこの男も。




「おい、植村。なにやっとんじゃ!死んでも、勝て!!お前しか……お前しか、勝てへんねん!!!団長そいつにはッ」




「ちょ、マサキ!目ぇ覚ましとったんなら、はよ降りぃや!!重たいねん」



「あ、いや。今、目ぇ覚ましたんやって……あはは」






 はは……こんなに、真剣に人から応援されたことなんて、あったっけ?いや、一度目の人生を振り返っても、なかったな。


 スポーツ選手の気持ちが、少し分かったかも。

 人から応援されるって、こんなにも勇気が湧いてくるものなんだ。


 そうだ。俺が負けたら、あの人達を不幸にしてしまう。そんなのは、イヤだ!みんなには、ずっと笑顔でいてほしい。だから、勝つんだ!!




【虚飾】が、【ヒプノーシス】rank100に代わりました




「自己暗示:感覚強化……!」




 これで一定時間、俺の五感は研ぎ澄まされる。


 視力が奪われたなら、他の感覚で補うまでだ。




 ドンッ!




 先ほど聞いた、地面を激しく蹴りつける音。

 きっと、黒岩が俺のことを見つけたのだろう。そして、凄い勢いでこちらへと接近してきている。




 ぶんっ



 繰り出された敵の初撃を、俺は回避してみせる。


 狙い通り、見えなくても感知した攻撃には自動回避が発動してくれるらしい。しかも、視力が遮られてるからか、敵の【威圧】効果をモロに受けなくて済んでいるようだ。これなら、さっきのように身体が硬直する最悪のケースにはならないだろう。




「……劣化防御陣ハーフ・イージス




 とはいえ、暗闇の状態では自動回避が万全に機能する保証は無い。俺は、強化された聴覚を頼りに、残された左腕一本で敵の打撃をさばいていく。





 その様子を見て、七海も一先ひとまずは安堵あんどの表情を浮かべた。




「良かった……どうやら、持ち直してくれたみたい」



「それでも、劣勢なのは変わらないわ。あの状態の団長の猛攻を、片手一本・視界も塞がれた状態で凌いでるのが、まず凄いことなんだけど」



「いえ。少しずつですが、植村くんが押し返しています……よく、見てください」





 限られた達人のみが会得できるという、半ば空想上の技かと思われていた“心眼しんがん”を、強化された五感を使って体現してみせる植村。


 とはいえ、片腕一本では黒岩の苛烈な攻撃を受け流すのが精一杯で、反撃まで手が回らない。

 しかし、彼は別の方法で、その反撃の隙を生み出すことに成功していた。


 相手が踏み出してくる一歩を察知して、足でストッピングをする。かつての傭兵戦でも使用した“斧刃脚ふじんきゃく”である。


 そこで、一瞬だけ敵がバランスを崩すのを見計らい、反撃の一撃を最短距離ショートで叩き込む。この一連の行動を、黒岩が踏み込んでくるたびに繰り返していたのだ。


“闘神モード”は闘争本能だけで動いている分、冷静な判断が出来ないのは唯一のデメリットであった。

 何度、足止めされようと愚直に踏み込んでくる行動は、植村にとって有り難かった。




 七海に言われて、ようやく植村の戦術に気がついた石火矢は感嘆かんたんの声をあげた。




「団長も、怪物だけど……あの子も、とんでもないモンスターね。見えない状態で、あそこまで相手の踏み込みに合わせられるなんて。人間業にんげんわざじゃないわ」




 そんな彼女に、周防の背中から降ろされ、すっかり意識を取り戻した西郷が尋ねる。




「せやけど、植村の攻撃……ほんまに、団長に効いとるんか?あんなポコポコと、体を叩いとるだけみたいなパンチ」




 その質問に答えたのは、京極だった。



「植村くんは目が見えへんわけやから、的の大きいボディの方が命中率は高くなる。それに、ただ闇雲にボディを叩いとるわけやあらへん。ちゃんと心臓ハート肝臓リバーストマックと急所のある位置を狙って、打ち込んどる」



「急所に打ち込んどる言うたかて、当の団長はピンピンしとるやないか。意味あらへんやんけ」



「ボディブローは、あくまで布石……逆転の一撃を打ち込むための、準備段階や。よう、見とき」




 京極の言葉を受けて、西郷は再び静かに植村たちの闘いに意識を集中させたのだった。






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