サイズ・ビル 最上階

 俺が『強制挑戦状チャレンジャー」に記入を終えて、七海さんと共に螺旋階段を上ると、そこは様々なトレーニング器具が配置された高級ジムのようなフロアが一面に広がっていた。




「最上階は丸々、団長のプライベートフロアになってるの。トレーニングジムに、サウナ、プールと……まぁ、分かりやすく成金が好きそうなもののオンパレードね」



「団長……黒岩ムサシさんだっけ。どんな人なの?そういえば、詳しく聞いてなかった」



「……かつて、伝説のギルドと呼ばれた『アルス・ノヴァ』の一員で、対人戦最強のスイーパーとうたわれた“生きる伝説”。それが、黒岩ムサシよ」




 ジムの施設を横切りながら、七海さんが説明をしてくれている。団長のいる部屋は、また別の場所にあるのだろう。


 それにしても、気になるワードが出てきすぎだ。




「伝説のギルド?」



「そう。日本で初めて公式にレベル5のダンジョンを攻略したギルド。今は解散して、ギルド自体が無くなっちゃったけど、所属していたメンバーが軒並のきなみ、現在の五大ギルドいずれかで要職に就いてる。それだけ、スター選手ぞろいだったってこと」



「へぇ〜。かっこいいね」




 素直に感心している俺の顔を、少し見つめてから、彼女は呆れたように首を横に振った。




「なにを、他人事みたいに……キミ、本当に何も知らないんだね」



「え、何が?」



「キミのお父さんが作ったギルドなんだよ、『アルス・ノヴァ』は。そんで、その団長も務めてた」



「え……えええええっ!?」





“冒険王”と呼ばれてたり、伝説のギルドの団長だったり、一体どれだけの逸話があるんだ?うちの親父は。母さんも、よく今まで黙ってたよな。そんな激強げきつよエピソード。




「つまり、今から貴方あなたが戦うのは、お父さんの元同僚……って、ことになるね。そう考えたら、とんでもない運命だわ。うん」




 複雑だ……仮に、倒せたとして、後から親父が怒鳴り込んできたりしないだろうな?




 そんなことを話していると、目的の部屋に到着したようだ。部屋のネームプレートにも、ご丁寧に“団長室”と記されている。


 ただ、その扉には指紋認証のロックが掛けられてるようだ。いちいち、セキュリティーの堅固なビルである。


 七海さんの目配せを受けて、俺が指紋を読み取らせる。正式には、が。




 ピピピピ……ガチャ




 小さなライトが赤から緑に変わり、解錠された音が聞こえた。どうやら、指紋認証は成功したようだ。




 ぼんっ




 ちょうど、その瞬間、俺の変身も解除されて、透明になっていた『変身マント』も可視化された。




「時間切れ……もう、二時間が経ったのか」




 ミナミ先生から聞いていた『変身マント』の持続効果は二時間だった。しかし、このマントには回数制限がないため、連続使用も可能だ。




「どのみち、偽物ニセモノだってことは、バレてる。そのままで、行きましょう」



「了解」



「……あと、植村くん」



「ん?」




 満を辞して俺が扉を開こうとすると、直前に七海さんに呼び止められた。




「先に、謝らせて。その……ごめんなさい」



「な、何に対して?」



「私、本心では……あなたに、団長と決闘デュエルしてほしいと思っていた。だから、赤井くんとの戦いにも自分が名乗り出たの。あなたに、ちからを温存してもらう為に」




 そんなの黙ってれば分らなかったことなのに、わざわざ言ってくれたのは、彼女が良心の呵責かしゃくに耐えられなかったからなのかもしれない。




「七海さん……」



「正直、私や先生じゃ、まともに闘って勝てる相手じゃないのは分かってた。ただ、可能性があるとすれば……レベル6のダンジョンをクリアしたっていう、植村くんだけ。最初は、私も半信半疑だったけど、白浜くんとの戦闘を見て、確信に変わったの。キミになら、大事な勝負を託せる!って」



「あ……ありがとう」



「ううん。私は、ズルい。わざと、キミが名乗り出るしかないようなシチュエーションを作り出して、自分で闘うことを放棄した。これは、私たちの問題なのに」




 いつもは自信に満ち溢れている七海さんが、俺の前では初めて申し訳なさそうな哀しい表情を浮かべている。




「大丈夫!実は、俺も……心のどこかでは、自分が決闘デュエルをやらなくちゃって、思ってたんだ。きっと」



「……?」



「団長との闘いを見越して、今までの戦闘にも参加しようとしなかった。俺なら、きっと……黒岩ムサシに勝てる。そういう自信が、あったのかもしれない。ちょっと、自信過剰かもしれないけど」



「植村くん……」



「だから、気にしないでいいよ。安心して、俺を信じていて欲しい。勝てば、何の問題もないんだからさ」



「……うん、わかった。キミのこと、信じるよ。ありがとう、植村くん」




 彼女と共にうなずきながら、俺らは最後のボスが待つ扉を、ゆっくりと開けた。





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