挑戦者

「腕を上げたな。シン」



「いえ、全くです。今日も、一撃も当てることができなかった……」




 木刀を持ち、がっくりと肩を落とす若き日の赤井シン。そこへ、練習相手を務めた黒岩ムサシが、ポリポリと頭をきながら、近付いていく。




「当たり前だ。俺は、S級冒険者・黒岩ムサシ様だぞ?見習いに、一撃でも当てられてたまるかよ」



「そう……ですよね」



「だが、危ない一撃は何度かあった。一年もしたら、今度は当てられるかもしれねーな」



「……!」



 ようやく、うつむいていた顔を上げ、こちらを見てきた愛弟子に、黒岩はニカッと笑って言った。



「いずれ、お前には俺の右腕となってもらうつもりでいる。この調子で、いつかは俺のことを守れるくらい強くなれ。これは、団長命令だ……いいな?」



「は、はい!必ず……必ず、強くなってみせます!!」



「おう。期待してるぜ、シン!」





 失いかけた意識の中、蘇る幼き日の記憶が赤井の闘争本能……いや、この場合は団長への忠誠心が、彼の身体を無意識に突き動かした。



 ブンッ



 懐から取り出した苦無を、腕を抑えながら座り込んでいた七海アスカに向けて、音もなく投射する。完全に決着が着いたと油断していた彼女は、向かってくる『烈火飛刃爪』に気付いていない。


 しかし、それに気付いている第三者が一人ひとりいた。



【虚飾】が、【投擲】rank100に代わりました



 植村ユウトは、慌てて足元に落ちていた剣を拾い上げると、そのままアンダースローで燃える苦無に向けて投げ飛ばす。



 キン!キン!キンッ!



 その剣は回転しながら、三つの苦無を全て弾き落とした。それらがぶつかり合う金属音で、ようやく七海もその攻撃に気付いたようだ。


 そして、全ての苦無が床に落ちると同時に、今度こそ赤井シンも完全に気を失い、眠るようにまぶたを閉じる。




「七海さん!」



「ナイス・コントロール。助かったよ、ありがと」




 植村が駆け寄ると、七海は火傷した左肩に、自らの右手を添えていた。不思議なことに、炎症が少しずつ引いていってるようにみえる。




「こっちこそ、ありがとう。怪我は、大丈夫?」



「今、“治癒功”っていう気功術で、応急処置してるとこ。自分に使っても、自然治癒力を高めるぐらいしか出来ないけど……気休め程度には、ね」



「そっか……少し、ここで休んでいく?」



「休まない。けど、その前に……これだけは、書いておかなくちゃ」




 そう言って、彼女は『治癒功』を一旦、中断するとどこに隠し持っていたのか、服の中から一枚の紙を取り出した。それは、植村も見覚えがあるもので。




「それは、“強制挑戦状チャレンジャー”!?七海さんが、持ってたんだ?」



「そう。けど、“決闘デュエル”に挑むのが、私かミナミ先生か決めかねてて。まだ、何も書き込んでない状態だったの。挑戦する本人が書かないと、効力を発揮しないみたいだし」



「七海さんが……書くの?」



「先生は、無事で逃げられてるか定かではないし。そうなってくると……必然的に、私しか候補はいなくなるでしょ?」




 準備よく、胸ポケットにしていたマジックペンを取り出し、口でポン!と蓋を開ける七海。


 いざ、書き始めようとする彼女を、植村は慌てて止めた。




「ちょっと、待った!その怪我、しばらくは完治しないんだよね!?勝つ見込みは、どのぐらい?」



「どのみち、勝てる見込みは低いんだよ。勝率3%が1%に減ったくらい。こうなってくると、怪我してようとしてまいと、大して変わらなくない?」



「お……俺が、やるよ。ダメかな?」




 彼の突然の申し出に、あまり七海は驚いたような表情は見せず、冷静に覚悟を問いただした。




「キミには、何の関係もないのに……どうして、名乗り出てくれるの?」



「関係は、ある!だって、賭ける対象は俺の持ってる大秘宝アーティファクトなんでしょ?」



「それなら、大丈夫。団長は、まだサーチアプリの存在を知らない。例え負けたとしても、それらしい手持ちの秘宝をレベル6で入手したと言い張って、渡してやるから。キミには、迷惑は掛けない」




 それでも、植村は引き下がろうとはしなかった。




「ここまで、迷惑をかけといて……何を、今さら」



「ははっ、そうだよね……ゴメン。でも、ここからは『漆黒の鎌』の問題だから。ここまで来てくれたことには、感謝してる」



「ホントに短い間だったかもしれないけど、一緒にご飯を食べたり、ダンジョンに潜ったり……本当に仲間が出来たみたいで、嬉しかった。みんな、優しくて面白くてさ」



「植村くん……」



「自分だけかもしれないけど!今だけは、俺も『漆黒の鎌』の一員だって、勝手に思ってる。だから、みんなの為に戦いたいんだ!!七海さんは怪我を負って、ミナミ先生だって逃げられたとしても疲労してるはずだ。万全なのは、俺だけだろ?」




 ここまで熱く気持ちをぶつけてくる植村の姿を初めて見た七海は、あきらめたようにハァと溜め息を吐くと、彼に尋ねた。




「……ちなみに、キミだと勝てる見込みはどれぐらいなの?」



「相手のことが分からないから、何とも言えないけど……少なくとも、3%よりは上かな」



「へぇ……言ってくれるじゃない」




 彼女はふっと微笑んで、やれやれといった表情を浮かべながら、彼にペンと挑戦状を手渡した。











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