サイズ・ビル

「着いたわよ」



 建物の陰にバンを停車させ、運転席からミナミ先生が覗き見たのは、黒一色に染められた高層ビルだった。



「あれが……『漆黒の鎌』のギルドホームですか?」



 ここに来る途中、先生に奢ってもらったドライブスルーのファストフードで腹ごしらえしながら、俺が尋ねた。他のみんなも、ガッツリとハンバーガーを食べる者、シェイクだけ飲んでる者と、各々が必要なエネルギーを補給している。



「そう。通称『サイズ・ビル』。出来て間もないビルだから、セキュリティーも万全」



 ふと疑問に思ったことを、京極さんが口にした。



「来たのは、ええんですけど……確か、先生は出入り禁止になっとったような。どうやって、中に入るつもりなんです?守衛に、止められますよ」



 出入り禁止?副団長なのに、ギルドホームに入れないのか。団長と対立してることと、関係があるのかもしれない。



「持ってきておいてよかったわ。ホノカ、トランクから紫色の包みを取って」



「え?あ、ふぁい!!」



 ボリューミーなバーガーを慌てて口に含みながら、後部座席にいた周防さんがトランクからを取り出して、先生に手渡す。


 余談だが、びしょ濡れだった服や身体も、ダンジョンに出た時には元通りに乾いていて、車のシートは汚さずに済んだ。リセットされるのは、怪我だけではないらしい。



「先生、それは?」



 キョトンとした表情で七海さんが聞くと、包みを開いて、中から大きめの布を取り出し、先生が答える。




「変身マント。アスカたちが来る前に、私たちだけで潜ったダンジョンに眠ってた秘宝アーティファクトよ」



秘宝アーティファクトって……そんな大事なモノ、雑にトランクの中に入れないで下さいよ」



「しょ、しょうがないでしょ。緊急事態だったんだから」



 七海さんに注意され、動揺するミナミ先生。そういえば、先生の部屋も色々と散らかっていたような記憶がある。もしかしたら、プライベートではズボラな性格だったりするのだろうか。


 静かに呆れる七海さんを横目に、京極さんが話を戻す。



「あぁ……あの時の。それを、どうするつもりです?」



「このマントを使って、一人が白浜くんに姿を変えてもらう。私たちは、捕虜にされたフリをしてついていく。そうすれば、全員が中に入れるわ」




 白浜……さっき、俺たちを襲ってきた四天王の一人か。確かに、団長派の彼なら顔パスでギルドホームに出入りできるだろう。


 呑気にポテトをつまみながら、珍しく大人しかった西郷くんが喋り始めた。




「せやから、あんな念入りに白浜たちを拘束こうそくしてきたんか。目を覚ましても、アレやったらすぐには身動きできんもんな」




 そうか。先に団長に連絡を入れられたら、いくら同じ姿に変身できたとしても、怪しまれてしまうからな。あれだけ、きつくロープで縛ってきたら、そうそうすぐには復帰できないはずだ。




「そういうこと。でも、急ぐに越したことはないわ。みんなには休む暇もなくて悪いけど、すぐに作戦決行へ移ってもらう」




 バーガーを平らげ、ペロリと口元についたソースを舐めとりながら、周防さんが元気いっぱいに答える。お腹いっぱいになって、やる気が出たようだ……分かりやすい。




「それは全然、かまいませんけど。肝心の変身する役は、誰がやるんです?」



「それは、もちろん……この中で唯一、団長に身バレしてない人物」




 がっつりとミナミ先生と目が合った。どうやら、その人物とは俺らしい。




「俺ですか!?あんまり、白浜くんとは面識とかないんですけど……上手く、変身できますかね?」



「それは、大丈夫。これを手に入れてから、何度か試してみたんだけど、どうやら一度でも身体に触れたことのある人物なら、完璧に姿を模倣コピーできるみたい。ついでに、声帯もね」




 その条件なら、触れてるな。なんなら、密着してたくらいだ。




「問題があるとしたら、演技面の部分だけど。余計なことを言わなければ、大丈夫でしょ。多分」



「多分って……」




 しばらく一緒にいて、薄々と感じていたがミナミ先生も西郷くん寄りの脳筋っぽいがあるんだよなぁ。行動力は、凄まじいんだけど。


 不安そうな俺に、ポンポンと肩を叩きながら、七海さんが声を掛けてくれた。




「まぁまぁ。とりあえず、変身してみれば?私たちが、チェックしてあげるから」



「う……うん。どうすればいいんですか?」




 マントを渡してきながら、ミナミ先生が簡単な変身方法を説明してくれる。




「簡単よ。変身したい人物を強く思い浮かべて、そのマントを羽織るだけ。一度で成功しなくても、回数に制限はないから、安心して」



「はぁ……とりあえず、やってみます」




 俺は、一度しか会ったことのない白浜くんを出来るだけ思い出して、強く頭にイメージする。


【妄想】をrank100まで到達させた人間の想像力を、見せてやろう。




 すると、みるみるうちに俺の姿が変わっていき……。



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