LV1「獅子女の大壺」・3

【跳躍】rank100なら届きそうではあるが、すでに水深は足の付け根あたりまで増している。これでは、ジャンプする為の予備動作を十分に行うことが出来ない。


 すると、七海さんに妙案が浮かんだようで。




「なら、届く位置まで引き上げてもらえばいいんじゃない?



「そうか。このまま、水かさが増えていけば、自然とウチらの身体は天井近くまで浮上する。そうなれば、あの星印にも手が届く」



「そういうこと。ただ、最初の三つは水中に潜って押さなきゃいけなくなるけど。物理的には、不可能ではないはず」




 七海さんの意見に賛同を示しつつも、頭の中でシュミレーションしたのか、早くも京極さんが問題点を指摘した。




「そうなると、問題は時間やね。現時点で5分が経過しとって、水深は足が埋まる程度。残り25分、このペースでいくと天井に届くまでに、タイムアップしてまう」



「ほな、やっぱり……片っ端から押していくしか、なさそうやな」



 さっき注意されたばかりの、数打ちゃ当たる作戦を再び提案してくる西郷くんに対して、さすがのミナミ先生も怒気を含んだ口調に変わる。




「どうして、そうなる?今は、天井にある印を押す方法を、みんなで考えてるの!真面目に、考えて!!」



「いや……だって、センセー言うてましたやんか。間違えたら、増すんでっしゃろ?水の勢い」



「!?」




 思わぬ人物からの提言に、みんなが目を丸くする。

 ミナミ先生にも、ようやく彼の言いたいことが伝わったようだった。




「そうか。、水深が深まるスピードをブーストさせるのね」



「うっす!どんだけ、早くなるかは分からんけど……それなら、時間内に天井まで届くんとちゃいまっか?あきまへんやろか」



「いえ……良いアイデアよ。さっきは、怒鳴ったりしてごめんなさい。謝るわ」



「かまへん、かまへん。それよか、センセー!そうとなったら、急がんと……時間に、間に合わなくなってまうで!!」



 かくして、西郷くん考案のデタラメ押し作戦は決行に移された。突発的に、こういうアイデアが出るあたり、彼も優秀な冒険者なのだろう。


 何回か間違いを重ねると案の定、どんどんと水の勢いは増していく。京極さんの提案で、押す順番もその都度によって変えたことで、やっぱりこの三つの印を押すだけでは正解にはならないことも分かった。やはり、キーとなるのは天井の星印なのだ。


 それよりも、俺には問題があった。




「あ……あの!どうやって、浮けばいいですかっ!?」



 そう、俺は前世から泳ぎは苦手だったのだ。デタラメなフォームで25メートルを泳ぎ切るのがやっとなレベル。こんなダンジョンが存在するなら、プールでの練習も現世で追加しておけばよかった。



「ぷぷっ!なんや、植村。冒険者を目指しときながら、泳げんのかいな?こりゃ、傑作ケッサクやで」



 ここぞとばかりに攻め立ててくる西郷くん。そんなことより、早く浮き方を教えて欲しい。


 すると、救いの女神・周防さんが簡単なレクチャーをしてくれた。



「全身の力を抜いて、手足を伸ばして。絶対にりきんじゃ、あかんで?あとは、頭を下げて息も小さく!」



「りょ、了解です!!」



 いよいよもって、足が地面から離されるほどに水かさが増してきた。周防先生から習ったように、脱力して水に身を任せる。


 基本スキルには、【水泳】や【ダイビング】といったものも存在するのだが、どちらも専門技術を必要とするらしく、【虚飾】で代用することは出来なかった。ここから出たら、人並みには泳げるようになっておきたいと心から思った。



「おい、植村」



「今度は、なに!?」



 ただ浮くのにも一苦労で、口に入ってくる水と格闘していると、また西郷くんが茶々を入れてきたのかと、怒り気味に振り向く。



「これに、つかまっとけ。多少は、らくになるやろ」



 そう言って、彼が差し出してきたのは大きめの木のまな板だった。どこから、そんなものを取り出したんだ?やはり、料理人だから調理器具は常に持ち歩いているのだろうか。


 とにかく、は丁度いいビート板代わりになってくれて、なかば溺れかけていた俺に浮力を与えてくれたのだった。



「あ……ありがとう、西郷くん。助かった」



「ふん。まぁ、ダンジョンにいる間は、仲間やからな。助けたるわ」



 七海さんが言ってた通り、根っから悪い人ってわけじゃなさそうだ。ただ、ちょっと口が悪いだけで。



「良い感じに、天井が近付いてきた。それで、水中の三つの印には誰が行く?」



 先生の問いかけに、みんなの視線が一斉に俺の方に向けられた。



「まぁ、植村コイツ以外やろな。ほんなら……ワイが、床の印に触れる。肺活量には、自信あんねん」



「了解。じゃあ、マサキが床にある月の印を。ホノカが、東の壁の太陽を。私が、西の壁の雲に触れる。順番は、覚えてるわね?」




 西郷くんと周防さんは真剣にうなずいて、先生に返した。生徒の中では、この二人が運動神経に秀でているのだろう。








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