第 3 章 白銀の刃
七海アスカ・1
家のドアの前に立つと、自然と俺を生体認証してくれて、ロックが解除される。これが、この時代のスタンダードな防犯装置。
【隠密】の効果もあってか、誰かに呼び止められるということもなく、無事に我が家へと到着した俺たち。ただ、問題なのはここからだった。
「た、ただいま〜……」
「おかえり〜……って、何?そのワンちゃん!?」
料理中だったのかエプロン姿で出迎えてくれた母親が、俺の横にいるシベリアンハスキーに驚いている。まぁ、ここまでは想定内だ。
「実は、コイツ……捨て犬でさ。飼いたいと思って、拾ってきたんだけど。ダメかな?」
「捨て犬?今どき、珍しいわね……しかも、そんな立派なワンちゃん。首輪とかは?識別番号が分かれば、飼い主とかが分かるはずだったけど。確か」
「それが……探してみたんだけど、見当たらなくて」
「ふ〜ん。そっかぁ……」
そう言って、しゃがみ込むとマルコと目線を合わせて、まじまじと観察を始める母さん。
普段は明るくて能天気なところがあるが、いざとなると鋭いところがある人だから、緊張感が走る。
「ど、どうしたの?母さん」
「あ〜……ふむふむ。なるほどね」
何が、なるほどなんだ?もしかして、動物とかに詳しかったりするのか!?そういえば、母さんの前職とか、ちゃんと聞いたことなかったけど。
「仕方ないわね。飼っていいわよ」
「えっ?いいの!?」
てっきり、断られる流れかと思いきや、まさか審査に通過できたようだ。何を審査していたかは、知らないが。
「思えば、あなたがワガママ言ってくるなんて、珍しいもの。まさか、そんなにペットが欲しかったなんて……もっと、早く教えてもらいたかったわ」
「はは……ご、ごめん。色々、お金とか大変かと思ってさ」
「ふふっ。ウチ、そんなに貧乏じゃないわよ。その代わり、飼うからには責任を持って、ちゃんと飼ってあげるのよ?大切な一つの命なんですからね」
「はい!わかってます!!」
「よろしい。ちなみに、名前とか決まって……」
母さんの喋りを遮る勢いで、彼女の胸の中へ飛び込んでいくマルコシアス。そのまま、顔をベロベロと舐めて、愛情表現を始めた。
「名前は、マルコシアス。長いから、呼ぶ時は“マルコ”で良いよ」
「きゃっ!この子、人懐っこすぎない!?会ったばかりよ?私……アハハ!!くすぐったい〜」
「きっと、母さんの魅力だよ。良かったね、好かれて」
実は、これも作戦のうちだった。マルコシアスが、母親と
見えない所に隠していた女の子をおんぶして、そろそろと自分の部屋のある二階に続く階段へと、歩を進める。母は、すっかり犬の相手に夢中だ。それにしても、マルコシアスが有能すぎる。
「ユウト!」
「はいっ!?」
……やばい、バレたか?
身体が硬直して、冷や汗が
「マルコシアスって……なんでそんなチャラいイタリア人みたいな名前つけたの?もっと、可愛らしい名前あったでしょ!?センスないわね〜」
「やかましいわ!気に入ってるんだから、放っておいてよ!!」
何かと思えば、名前のダメ出しかい……ビビらせやがって。幸い、声をかけただけで、こちらの方には視線を向けてないようだ。再び、作戦を続行する。
そもそも、俺が決めたんじゃなくて、最初からマルコシアスという名前だったのだ。実名があるのに、ポチとか太郎とか安易な名前をつけられても、マルコも嫌だろう。俺なら、嫌だ。
我が家なのに、気分は泥棒ぐらいの足運びで何とか、母親に気付かれず自分の部屋の中へ到達した。
とりあえず、ここまでくれば一安心といって良いだろう。すぐに彼女を、ベッドの中へ寝かせて、俺は母親のところへ何食わぬ顔をして戻る。
女の子の容態も気になるところだが、せっかく飼えると決まったペットを無視して、部屋に
せっかく、はじめてのダンジョンをクリアして、余韻に浸りたいところなのに、今夜は気が休まる時は無さそうだ。
その夜、植村家が新たな家族となった犬と共に夕食を囲んでいた頃……彼女は見知らぬベッドの上で、目を覚ました。
見覚えのない部屋に、長い睡眠から目覚めたせいもあってか、まだ意識が
すると……。
ガチャリ
部屋の扉が開き、入ってきた男と目が合った。
その男は、目を覚ました彼女を見て、身を仰け反らせて驚いた様子は見せたが、声は出さなかった。
長く感じた2〜3秒ほどの沈黙のあと、ようやく男は第一声を発する。
「お……おはよう?」
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