後日談・3

「しょうがない。じゃあ、ほっぺ出しな?チューしてやっから」



 くいくいっと人差し指で、手招きしてくる少女。

 とてもキスする女の子の態度ではない、挑発してくるヤンキーだ。



「え、ホントにやんの!?いいって、いいって!」


「なに?ほっぺじゃなくて、くちびるが良いの!?さすがに、それは無理だから!」


「言ってねー!!やんなくていいって、言ってんの!」



 海外では挨拶どうたらとは言ったものの、いざとなれば緊張してきた。しかも、まだギャラリーの何人かは、こちらをチラチラと伺っている(ように見えてきた)。ほっぺにチューでも、恥ずかしい。



「うわ!傷つくわー。私になんか、チューされたくないって?」


「違うわ!そういうことは、ホントに好きな人が出来たら、やってやれ!!」


「彼女いないんでしょ?なんで、そんなに嫌がるわけ!?私、約束は守りたいタイプなんだよね。ちょっと、チュッとするだけじゃん!」



 逆に、なんでそんなにチューしたいんだ?コイツは。てか、彼女いないとか何も言ってないのに、決めつけるんじゃねえ!


 いないけど。前世から、いないけど。



 すると、冷めた声が外野から飛んできた。



「え、痴話喧嘩ちわげんか?いつから、二人って付き合ってんの」



 それは、部活を終えてやって来たナギだった。ここのゲーセンで待ってると連絡は送っていたが、最悪のタイミングで到着してしまったらしい。



 とりあえず、俺らは近くのファストフード店へと移動して、一から説明を行なって、ナギの誤解を解いたのだった。




「あはは!そういうことね。チューするだ、しないだで口論してたから、他人のふりして見守ろうかと思ったよ」


「見守るな!いたんなら、すぐ声かけてよね。恥ずかしい」



 未来の今でも変わらぬ美味しさを放つフライドポテトやハンバーガーを頬張りながら、二人が盛り上がっている。今もチラチラと周りからの視線を感じるのは、多分、二人が可愛いからだろう。なんだ、一緒にいるあの男は?と、思われてるのかもしれない。



「あ、そうだ!ユウト、これ」



 何か思い出したかのように、持っていたかばんから、薄い冊子を取り出して、俺に渡してくるナギ。



「ん。なに、これ?」



「ライアン先生から、預かってたの。ユウトに会うことがあったら、渡しておいて!って」




 冊子の表紙には、真面目そうな男女がそれぞれ剣と杖を持っている姿と、タイトルに『冒険者養成アカデミー・ゲーティア』という文字が描かれていた。



「何、これ?学校案内のパンフレット……?」



「そう。来年、開校される予定の、冒険者を養成する初の専門学校。協会や大手ギルドが協賛してて、講師とかも現役の冒険者を招集するみたい」



「へぇ……それを、何で俺に?」



 率直な疑問を投げかけると、「ハァ?」といった感じで、話を聞いてたテンが割り込んでくる。



「何でって、冒険者になりたいんでしょ?だから、わざわざ、ライアンが取り寄せてくれたんじゃん。本気で入学するつもりなら、推薦状を書いてもいいとまで言ってたよ」



「あ〜……そういうことか。それは、ありがたい」



 そうか、冒険者になりたい設定だったのを、すっかり忘れてた。まさか、こんな支援をしていただけるとは。


 そんな、そっけない感じが伝わってしまったのか、直後にナギから、鋭い指摘を受けることに。



「……ユウトってさ。ホントに、なりたいの?冒険者」


「えっ!?ど、どうして?」



 まるで、名探偵のような鋭い眼差しで、全てを見透かすように、こちらを見てくる麗しき女射手。【目星】は、そういう目利きにも効果を発揮するのだろうか?



「冒険者の常識を知らなかったり、アカデミーが開校されることも知らなかったみたいだし?何より、山籠りするほど情熱があるんだったら、普通はどっかのギルドに訓練生として入ってるでしょ。ユウトの素質なら、大抵のところは受かるだろうし」



「それは……」



 全て的を得ていた指摘に、ぐうの音も出なかった。

 軽々しく嘘をついてしまったが、そろそろ潮時かもしれない。本気で、冒険者を目指してる二人にも失礼だろう。



「勘違いしないで欲しいんだけど……別に、責めてるんじゃないよ?ユウトが冒険者を目指してるから、仲良くしてるわけじゃないし。嘘をついてるなら、しんどいかな〜と思って、聞いてみただけ」



「はは……ありがとう。ナギの言う通り。別に、冒険者を目指してるわけじゃないんだよね。あの時、ライアン先生の圧に負けて、つい。ごめん」



「だから、謝らないでよ。ユウトの人生なんだし、好きに生きれば……」



 季節限定のシェイクをストローで吸いながら、フォローしてくれるナギの言葉を、親友がさえぎった。



「よくないっ!!」



 突然のカットインに、むせそうになりながら、ナギは何故かヒートアップしているテンにたずねる。



「どうしたの?急に」



「せっかく、良いライバルが見つかったと思ったのに!勝手に、ドロップアウトすんな!!」



 ドロップアウトと言われましても。初めから、その線路レールには乗っていないのだが……。

 困惑する俺をよそに、二人は会話を続けていく。



「へ〜、意外。テンが、そんなに他人を評価するなんてね。ライバルと思ってたんだ?」



「ん……ま、まあね。同年代で、同じ冒険者を目指してる子は少なくはなかったけど、ヤバいと思ったのはナギを除いて、ユウトが初めてだったから」



 この場合の“ヤバい”は、良い意味で捉えてよいのだろうか。まさか、そんな風に思っていてくれていたなんて。



「ま、テンの言いたいことも分かるよ。勿体無もったいないよね。絶対、素質あるし」



「うん。絶対、ユウトなら凄い冒険者になれると思う!……私には、及ばないけど」




 そこは、譲らないんかい。



 でも、こんなに人から褒められたことなんてあっただろうか。前世の頃から考えても、ない。

 照れ臭くもあり、素直に嬉しかった。



「ね?ユウト。今からでも遅くないよ、一緒に目指してみない!?冒険者。辛いことも、たまにあるけど……それ以上に面白いこと、いっぱいあるよ!」



 きらきらした瞳で、こちらに訴えかけてくるテン。

 いまだかつて、これほどまでに破壊力のある勧誘を、俺は受けたことがなかった。










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