襲撃・9

「隠れるのは、終わりか?」



 ゆっくりと木の陰から姿を見せる俺に、いまだ安全圏の射程距離を保ったまま、男が言った。



「ああ……終わりだ!」



 答えながら、覚悟を決めた俺はダッシュで敵に突進していく。



「玉砕覚悟の特攻か……風切り!」



 ブオンッ



 案の定、襲ってくる風の刃。それを紙一重で回避して、なおも走りを止めない俺に更なる追撃が襲いかかる。



「風切り……二連!!」



 ズババッ



 男が、素早くナイフを二振りすると、今度は十文字に連なった真空波が行く手をさえぎった。



「くっ!」



 先ほどの一枚刃こそ、最小限の動きで躱わすことが出来たが、この二連撃を完全に回避するには、大きな動きをいられてしまう。

 この調子で手数を増やしてこられたら、それこそジリ貧だ。


 俺は自分の立ち位置を確認すると、右耳を触る仕草をとる。それが、後方にいるナギへのサインだった。下手に通話をすれば、怪しまれる可能性もあったからである。



 そして、再び走り始めようとすると、敵もまた三度目のアタックを仕掛けようとしていた。




かぜき……!?」




 ユウトが横にくいっと頭を傾けると、ちょうどその空いたスペースから寸分違わぬコントロールで、一本の矢が直通してくる。


 その遥か先には木から降りて、直立しているアーチャーの姿が見えた。



「ちっ!」



 ブオンッ



 飛んでくる矢に素早く反応した男は、すぐに一連の真空波を飛ばして、を迎撃する。


 狙い通りだった。



 もし、通常の一射だったら、もっと遠くの位置で撃ち落とされていたかもしれない。それでは、の真価は、最大発揮できないのだ。


 だからこそ、ナギにはわざと“俺の頭を狙うように”という指示を出した。ナギ→俺→敵が直線上に並んでいれば、俺が死角となってギリギリまで矢の存在に気付かれない。


 そして、俺の【回避】は後ろ向きでも、矢を避けてくれるはず。もちろん、怖さはあったが、ナギも仲間を撃つのには少なからず対抗があっただろう。

 それでも、彼女はやってくれた。



 パリン!



 矢が真空波によって破壊されるタイミングを、【目星】で確認したナギは、弓の部分に取り付けてある遠隔操作のスイッチを押す。



 バシュッ!!



 その瞬間、矢は眩いばかりの閃光を放ち、辺り一面を真っ白に染めた。


“フラッシュ・アロー”。簡単に言ってしまえば、閃光弾の矢バージョン。目眩めくらまし用の武器である。


 もちろん、その一撃を知ってた俺は、まぶたを閉じて、閃光を回避する。



「ぐっ……!?」



 作戦通り、敵は目をくらませてくれていて、俺はその隙に一気に間合いを詰める。






 その様子を確認して、作戦成功の立役者もホッと胸を撫で下ろした。



(私に出来ることは、ここまで。あとは、頼んだよ……ユウト)



 がばっ!



「……っ!?」



 気を抜いてしまったナギは、いきなり背後に出現した伏兵によって、首に巻き取られた腕で絞め上げられてしまう。

 もう片方の手でナイフを掲げ、心臓に振り下ろそうとしてくるも、その手は寸前でナギが止めた。



 ぐぐぐっ



 ナイフは止めれても、首を絞める腕の力は強まる。徐々に、ナギの顔も赤く染まっていく。その間、敵は何も言葉を発さず、不気味さを際立たせている。


 伏兵の持っていたユニークスキル【避役ひえき】は、カメレオンのように周囲の景観に体色を同化させる能力だった。このスキルは、光学迷彩ステルスのように電磁波の影響は受けない。


 しかも、この場所のように森や山などの自然地帯では、その効果は絶大だった。軍人時代には、このスニークを駆使して、スナイパーキラーとして名を馳せていたほどだった。




(く、苦しい……私、こんなとこで死ぬ……の?)




 薄れゆく意識の中、遠くから聞き覚えのある大きな声が耳をつんざく。




「あきらめるな、バカ!一緒に、冒険者になるって約束したろッ!!」



「テ……ン?」



 こちらに向かって走ってくる友人の言葉に、ナギは失いかけていた意識と気力を取り戻す。


 二人は訳あって、幼少期から一緒に過ごし育ってきた。親友であり、幼馴染であり、姉妹のような存在だった。そんな思い出が、脳裏をよぎる。




「はぁっ!」




 ナギは真下に沈んで、わずかに腕と首の隙間を作ると腰を曲げ、ぐるんと前方に敵を背負い投げる。

 合気道の“肩落とし”という技で、組みつかれたのが功を奏した。密着している状態ほど、この武術は真価を発揮するからだ。


 しかし、これはあくまで状況を打破する意味合いの強い技で、殺傷能力は低い。


 倒された兵士は、すぐさま立ち上がろうと上体を起こそうとする。しかし、そこへ……。



「大人しく……寝てろッ!!」



 先程の大声は、親友を鼓舞する為の“活”であったが、同時に注目を浴びる為のヘイトコントロールでもあった。


【不忍】の効果で加速したテンが、走り込みながら敵の頭へ強烈な膝蹴りを叩き込む。



 ゴッ



 すると、今度は完全に失神し、男は完全に大の字となって地面に倒れたのだった。




「ふぅ……無事?助けに来たよ。お姫様」




 倒れた兵士の上に座り込み、ナギに向けてニコッと笑顔を向けるテン。




「ふっ……ありがとう。感謝いたしますわ、王子様」




 スカートの裾をちょこんとつまみ上げながら、親友の悪ふざけに乗ってあげるお姫様。普段は、絶対にやらないタイプだが、テンの前では、こうした一面も見せたりするのだ。


 しかし、すぐに二人とも真剣な表情へと変わって、真面目な会話モードに戻る。




「残りの敵は、何人?」



「おそらく、あと一人……リーダー格の奴。今、ユウトが交戦中」



「苦戦してるの!?」



「うん。でも、私たちじゃ何にも出来ないぐらい、ハイレベルな攻防をしてる」




 そう言って、ナギが【目星】で目線を戻すと、二人が至近距離で戦ってる最中さなか、その周辺の木々が敵の放つ真空波によって、次々と切り裂かれていく光景が映し出された。







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