幼少期・5


 とある日の放課後、俺はとある女子から呼び出しを受け、校舎裏へと向かっていた。


 呼び出された理由は、だいたいの見当がつく。なぜなら、今日はバレンタインデー。ほとんどの男子が、落ち着きのなくなる日だったからだ。



「あっ、植村くん!」



 俺の姿を見つけて、待っていた女子が笑顔で手を振ってくれた。手には、小さめの紙袋を携えている。


 予想が確信に変わり、俺は心の中でガッツポーズを取った。そして、400年後にも存在してくれていた今日という記念日にも感謝の意を表したい。



「お待たせ、月森さん。それで、何の話?」



 そう、相手はクラスのマドンナ、あの“月森ヒカル”さんだった。山田との一件から、ちょくちょく遊んだり、一緒に帰ったりするような仲にまで進展していたのだ。


 白々しい俺の質問に対し、彼女はもじもじと恥ずかしそうにしながら、持っていた紙袋をスッとこちらへと差し出した。



「えっと……これ、チョコ。作ったんだ。良かったら、食べて」



 きたー!しかも、手作り!!


 まあ、義理チョコだったら教室で普通に渡せばいいし、こうして呼び出してまで渡してくれるってことは、やはり本命と思っていいのだろうか。



「あ、ありがとう!そっか、今日、バレンタインだっけ」



 ホントは起床した瞬間からバレンタインであることは意識していたが、こういう時にカッコつけてしまうのは男の悲しいさがである。


 相手は小学生とはいえ、こういう行事とは無縁の前世だった身からすると、こうしてチョコを貰えた事実というのは嬉しいものだった。



「あ、あのね!それで、もう一つ。植村くんに伝えたいことがあるんだ」


「えっ、な……なに?」



 この流れは、もしかして告白されるのか!?


 小さい頃から大量の情報がそばにあるせいか、この時代の小学生たちは異様に大人びていた。

 クラスで付き合ってる男女も何組かいるのは当たり前で、付き合ったとて小学生同士で何をすることがあるんだと気になっていたものだが。


 まさか、そんな俺にも、ついに彼女が出来てしまうのか!?




「実は、私……来週、転校することになったの」



「……へっ?」



 しかし、彼女からの言葉は予想の斜め上をいくものだった。目を丸くする俺に、月森さんは話を続ける。



「新体操の強化指定選手に選ばれてね、強豪校に転校することになったんだ。植村くんには、どうしても先に伝えておきたくって」



「す……すごいじゃん!さすが、月森さん!!」



 そういえば、新体操のクラブチームに所属しているという話は聞いていたが、そこまでの実力者だったとは。だが、あまりに急すぎる。



「ホントは、もうちょっとこの学校にいたかったんだけどさ……新体操の選手になるのは、私の夢だから」



「俺も、月森さんともっと仲良くなりたかったけど……離れても、応援してるから!頑張ってね!!」



 この年齢で、夢に向かって邁進しているのは本当に尊敬する。俺なんて人生一周分、余計に経験してるというのにリア充になりたい!とか言ってるのだ。自分が、恥ずかしくなってくる。



「ありがとう、植村くん……私、頑張る!絶対、新体操の選手になるから!!」



 最後に凛とした表情を見せて、彼女は先に校舎裏から去って行った。


 初めて感じる、説明しようのない感情が湧き上がってくる。もしかして、俺は彼女のことが好きだったのかもしれない。これは、失恋なのだろうか。



「有能な人間は、有能な人間が集まる場所に行ってしまうということか。世知辛い世の中だなぁ」



 急な男の野太い声に、ビクッとしながら振り向くと、なんとも言えない顔で三浦が姿を現した。



「おまっ……まさか、ずっと見てたのか!?」



「いいや。途中からだ」



「ドヤるな!同じようなもんだろ、全く」



 俺の怒号も意に介さず、三浦は馴れ馴れしく肩を組んでくる。まったく、図太い男だ。



「なーに、彼女が出来たところを冷やかしてやろうと思ったんだが。まさか、あんな展開になるとはな……それ、本命チョコか?」



 アゴをくいっと俺の持っていた紙袋に向ける悪友。



「分からん。手作りとは、言ってたけど……」



「なら、本命が濃厚だな。開けてみろよ」



 嫌だと言いたいところだったが、もはやこのチョコが本命だろうと義理だろうと結果は大して変わらない。俺は、なかばヤケクソに紙袋に入っていた箱を取り出した。


 すると、箱には一枚の小さなレターが添付されていた。二つ折りにされたメモ用紙ほどのサイズの紙をそっと開くと、そこには可愛い文字でこう書かれていた。



『ずっと、すきでした』



 その文字を見た瞬間、ぐっと涙腺が緩んだが、何とかこらえた。一人だったら、危なかっただろう。


 すると、肩をポンポンと叩いてきて、悪友が言った。


「よーし、今日は特別だ。帰りに、何かジュースでも奢ってやる。好きなの選んでいいぞ」


「……ジュースかよ。まあ、いいや。奢られてやろう」




 うざいところも多々あるが、コイツは意外に根が優しかったりする。


 この日は、そのまま三浦の家に招かれ、ひたすら『魔女っ子☆ミラたん』を見させられることになる。



 結論……神アニメだった。









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