幼少期・1

 あれから6年の月日が流れた。やはり、ここは未来の日本だったらしく、人類の文明も著しく発展を遂げていた。

 何より大きな変更点といえば、国民全員に出生時点でナノチップを埋め込むことが義務化されていたことだろう。そうやって我々の管理をしやすくすることが目的なのだろうが、こちらにメリットもちゃんと用意されていた。


 それが、あの網膜に映し出された立体映像である。簡単に言ってしまえば、あれは脳内に埋め込まれたスマホのようなもので、様々なアプリも存在していた。通話機能ももちろん存在しており、携帯電話の最終進化版という役割も果たしているわけだ。


 初めは違和感を覚えていたものの、平常時は非表示にすることもでき、慣れれば快適なものであった。

 もちろん、偉い人間の監視下に常に晒されているのではないか?という嫌悪感も、あるにはあったが。




 そして、その初期アプリの一つに組み込まれているのが、《スキルシステム》であった。


《スキルシステム》とは、その名の通り、その人間のあらゆる技能値をチップに搭載されているナノマシーンが分析し、数値として可視化させたものである。基本スキルとして、約100弱もの種類が設定されており、調べた文献によると古いゲームの名称を参考に考えられたと言われている。


 その技能値(=rank)の初期値は人によってバラバラで、それが高いほど才能があるというわけだ。


 つまり、その道に才能があるかどうか、生まれた時点で、ある程度の予測が立てられてしまうというわけで。これによって、無駄な努力をすることは減るものの、望む職業に就きづらくなるなど合理的になった分、自由度は減っているらしい。


 国としては、各分野に才能を持った人材が集まりやすくなるので、国力増強には一役どころか二役くらいは買っているのではないだろうか。



 まあ、俺にとってはそんな社会情勢など、どうでもいい。それよりも、自身の初期値の方が大問題だ。二度目の人生を充実したものにするには、何かしらの才能はあるに越したことはない。それによっては、今後の人生プランも大きく変更しなくてはならなくなる。


 結論から先に言ってしまえば、俺にその“何かしらの才能”とやらは……無かった。



 どうやらrank45以上あれば、才能アリという判定らしいが、そこまで高い数字のスキルは確認できなかったのだ。前世の経験からか、多少は高くなっているものもあったが、それは転生ボーナスというものだった。

 転生というようなオカルト的概念をなぜ機械が感知しているのかというのも不思議に思ったが、考えても答えは出なさそうなので、とりあえず保留にしておく。ボーナスがあるだけ、ラッキーだと思っておこう。

 前世でもっと何かしらの分野でも努力していたのなら、もっと大きな恩恵を受けていたかもしれないと思うと、悔やまれるところではあるが。


 そして、スキルには基本的なものとは別に、その個体特有のスキル。通称・ユニークスキルが、誰にでも一つだけ用意されていた。ユニークスキルもまた千差万別、それ一個あるだけでスター街道を歩めてしまうようなレアなものから、全く役に立たないゴミスキルまで、バラエティーに富んでいる。


 これがいわば、基本スキルに何も望みが無かった者が、最後にすがるセカンドチャンス。一種の宝くじのような枠だったのだが……俺が引き当てたのは、【妄想】と呼ばれるゴミスキル側の方であった。


【妄想】というぐらいなので、想像した物を具現化できるのかもなどとファンタジーな期待を膨らましてはみたものの蓋を開けてみれば、イメージが鮮明になるなどの些細な変化すらも感じられず、もはや何の為に存在してるのか疑いたくなるレベルだ。



「ユウト〜?お昼、できたわよ…って、何やってるの?」



 キッチンからエプロン姿の母親が、怪訝そうな顔でこちらを見ている。


 彼女の名前は、植村ミツキ。転生したこの姿・植村ユウトの生みの親である。生まれてすぐに見た印象はか弱い雰囲気だったが、実際は溌剌とした性格で、海外赴任中の父の分、女手一つで俺を育ててくれている頼り甲斐のある母ちゃんだ。



「見て分かんない?腹筋だよ、腹筋。筋トレ」



 この世界では、スキルとは別に基礎体力という数値も、ちゃんと用意されていた。この身体能力に、スキルの各値を掛け合わせることで最終的な成果が弾き出されるという理屈で考えてもらって、間違いない。


 調べたところ、各スキルのrankを上げるには相当な専門的努力を重ねても、一年で1〜3程度上がるかどうか。更にrankが上がれば上がるほど、上昇する為の必要経験値は跳ね上がるらしい。

 これを聞けば、どれだけ初期値の高さが重要だったのか分かってもらえたと思う。

 才能のない人間が、どうしても進みたい道に行く為には、死ぬ程の努力が必要となり、それでも同程度の努力をした才能のある者には、一生届かないという現実が待っているのだ。まさに茨の道である。


 特になりたい職業もなく専門的才能もない俺が今、できる努力といえば基礎体力を向上させることぐらいなのだ。



「何のスポーツもしてないくせに、何をそんなに鍛えてるの?ホント、父親に似て変な子なんだから。いいから、ご飯食べちゃいなさい」


「あと10回でっ……今日のノルマ終わるから!ちょっと、待って……ふっ!ふっ‼︎」



 やれやれといった感じで、ため息を一つ吐くと、どこかへ行ってしまう母親。そりゃあ小学一年生の息子が、リビングで謎に筋トレを繰り返してたら、呆れたくもなるか。



「99……100!ふぅ〜っ‼︎」


 今日も自分で課したノルマである100回の腹筋を終え、しばし大の字になり息を整える。母親には悪いが、このルーティンは欠かすことは出来ない。


 適度な筋トレは、目標であるリア充ライフには欠かせない要素“彼女を作る”ための必須科目でもあるからだ。幸い、今回の自分は容姿端麗の両親から生まれた恩恵か、自画自賛気味にはなるが、ルックスは客観的にみても良い方に向かっていると思う。前世の姿から考えれば、憧れの外見を手に入れたといっても過言ではないだろう。

 しかし、油断は禁物。ここで、自堕落な生活を繰り返して肥満な肉体に育ててしまえば、せっかくの容姿も無駄にしてしまいかねない。



「……ある程度の摂生は、しておかないとな」



 もちろん、異性と付き合う上で一番大切なのは中身だろうが、やはり第一印象である外見は少しでもマシにしておいて損はない。


 本当なら、前世で全くといっていいほどに経験してこなかった女性とのコミュニケーション能力も、今のうちから鍛えていきたいところだが、生憎と現在そばにいる練習相手といえば、母親ぐらいしかおらず。さすがに、血の繋がった肉親相手を練習台には出来ない。


 明日から、小学校に入学する。この教育課程の大きな枠組みは、400年後も続いていたのだ。

 この精神年齢の状態で、小学生の女の子にお近づきになるのは複雑な気持ちもあるが、ここで一生を共にするような親友や彼女とも出会えるかもしれない。ここから、徐々に社交性も高めていきたいと思っている。



「やだ、あの子ったら。天井見上げて、ニヤニヤしちゃって……もしかしたら、お父さん以上の変人かも。はぁ〜、困ったもんだわ」


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