第50話:祝勝会

「ほらデイスさん、せっかくのドラゴン料理なんですから食べないと。食べないなら私が全部食べちゃいますよ?」


 そんな俺の思考は、いつも通り食い意地を張っているレイラルの声によって引き戻された。


「まだ十七の女性なのに食い意地張りすぎだろ」

「そこはどうでもいいんですよ。それで、食べるんですか?」

「食べる食べる、流石にこの機会を見逃しはしないさ」


 俺は詰め寄るレイラルにそう返しながら、とりあえずこの祝勝会を楽しむことにした。


 まず、俺はレイラルが勧めてきたドラゴン料理を食べてみることにした。

 大量の香辛料に、高級なハーブ類も使った、協会で食べられるものとは思えないほど高価な料理たち。


 まるで貴族が食べそうな料理だ。


 ……ちょっとお金が心配になってきた。

 実はまだ報酬が出ておらず、みんなかなり金欠状態だったりする。

 ドラゴンの報酬が出るだろうから、そこは大丈夫だろうけどな。

 ……多分。


 見た目は至って普通のステーキだ。


 食べてみると、肉汁が溢れてくる。

 流石にドラゴン肉ということもあって硬いが、まあ噛み切れない硬さではない。


 確か、魔力で硬くなっているだけだから死ぬと柔らかくなるみたいだから、これでも一応柔らかくはなっているのだろう。


「――いやぁ、それにしてもミレイルさんには大変な思いをさせてしまいましたね……私としても、少し申し訳ないです」


 レイラルが困ったように笑いながら言った。

 ミレイルさんの身に起きたことについては、既に全員に説明してある。

 どんなことが起きて、どんな心境で、なぜ出ていったのか。

 言えば、二人とも理解してくれた。


 その時はどこか重苦しい雰囲気ではあったが、ライツが全てぶち壊して今に至る。


 そうそう、二人は理解を示したとは言ったが、勝手に出ていったことに関しては二人共怒っていた。

 こっちの対応が悪かったということなら別に謝ったし、ミレイルさんを責めるつもりも一切なかったのに、と。


「いえ――私だって、過剰に反応していた部分はありますから。皆さんのことは、きっかけに過ぎなかったんだと思います――でも、やっぱり両親の対応がよぎるんです。そして、これからも、しばらくはその不安は残るんだと思います」


 俺の隣に座っているミレイルさんが、ジョッキを置いて話始めた。

 珍しく、今回は酒を頼んでいた。


「――でも、私は皆さんと居れて、今までよりもずっと楽しかったんです! それは嘘じゃありません。今回の件で、沢山迷惑をお掛けしました。それなのに、皆さんは私を受け入れてくれました――ですから、これからもよろしくお願いします!」


 彼女はぱっと太陽のような笑みを浮かべてみんなに言った。


「おうよ! 昔のことはどうでもいい。今楽しけりゃな! もちろんこれからもやってこうぜ!」

「その通りです! これからも、よろしくお願いしますよ?」


 レイラルはミレイルさんに手を差し出した。


「――はい!」


 彼女は嬉しそうに笑ってそれに応じる。


「ヒューッ! ドラゴン討伐パーティー――えっと、『蒼天の四翼』に乾杯! ドラゴン肉最高だぜ!」


 俺の席の後ろに居たとある冒険者が言うと同時、酒場の中はどっと賑やかになった。

 また俺たちの話をしているらしい。


 いつも見下してくる割に、こうなったら手のひらを返すな、ほんとに。


 別に見直した、とかそういうのでもないのだろう。

 今も含めて、心のうちでは最初から興味なんてないからこんな調子のいいことを言っているのだろう。


「よく回る手のひらですね――まあ、周りの話はどうでもいいです。今はご飯でも食べてましょう」


 レイラルが鼻で笑いながらフォークを手に取った。


「ほれもほうだな」


 ライツがもぐもぐとドラゴン肉を頬張りながら言った。


「お前はちゃんと食ってから喋れよ……」


 俺は呆れながら言った。


 そして、俺はミレイルさんの親の処遇についてまだ聞いていなかったことを思い出した。

 あの召集の件は、結局どうするのだろうか?


「そういえばミレイルさん、両親の件はどうしたんだ? 召集が掛かっていたと思うが……」

「あれは行かないことにしました。やっぱり、ここに居るほうが楽しいですから!」


 俺が訊くと、ミレイルさんはジョッキを掲げて嬉しそうに言った。


「――それに、多分向こうも一度手放した以上そこまでの強制力はないはずです。今のグレイシア教会では、無理やり私を連れ戻せるような真似もできないでしょうし、そもそも上層部はあまり私に興味がないんだと思います」


 目を伏せて、彼女はそう説明した。


 ……強制力がない、無理やりもできない、というのは分かるが興味がない、というのはどういうことだろうか?


「へぇ……興味がない、か。なんでそう思ったんだ?」

「だって、もしそうなら両親経由ではなく、直接コンタクトを取ると思うんです。それに、やるなら最初から無理やり連れて帰るでしょうしね――ぷはーっ!」


 普段あまり酒を飲まないミレイルさんだが、今日ばかりは結構な勢いで飲んでいた。


「確かにそれもそうか……そう考えると、まあ当分は大丈夫そうだな」

「はい! それに、なにかあったらぶっ飛ばせばいいんですよ! 向こうがぶっ飛ばそうとしてくるんですから向こうのせいですよ!」


 シュッシュッ、とシャドーボクシングを始めるミレイルさん。

 ……これ、多分酔ってるよな?


 まだそこまで数は飲んでないはずだが、酒にはあんまり強くないのか?


「その意気です! 無理を強いてくる連中なんてぶっ飛ばせばオッケーですよ!」


 こっちは……多分まだシラフだろ。


 いつもと変わらん。


「暴力は振るうにしても平和的解決が無理な時だ。それにむやみに振るうな」

「えー、めんどくさいですねー」


 俺の言葉にレイラルが心底面倒そうに返し、酒をあおった。


 ちらり、とライツの方を見ると一人ドラゴン料理を黙々と食べていた。

 実は、ドラゴンの体は一度国に預けられている。


 そこから、向こうに素材が持ってかれたり、肉が持ってかれたり、その他よく分からない事務処理もした後の残りものが協会やその他組織に分けられたらしい。


 ドラゴンの素材ともなれば、一国家の財産になる。

 全部協会でもらう、というわけにはいかないのだろう。


 だから、今回のメニューもステーキがいくつか出される程度で、あまり多くはないし、かなり高い。

 その代わりに味付けは豊富だが。


 そんなこんなで、なくならないうちにライツは沢山食べようとしているのだろう。

 相変わらずの食い意地だな、と思わず笑みがこぼれる。


「ごくごく……ぷはーっ、おいしー! 給仕さーん! ビールもう一杯お願いしまーす!」


 いつもとは全く違う様子で酒をあおりながら、ミレイルさんは追加でビールの注文をした。


「了解でーす!」

「ほらデイスさんも沢山飲んでください! いつもたくさん飲んでますよね?」


 返事を聞くと、ミレイルさんが笑顔で俺にジョッキを向けてくる。

 一瞬その顔に見惚みとれるが、俺は口を開いた。


「いや、まあそれなりには飲むがライツほどじゃないぞ?」

「えー? そうでしたっけー?」


 面白そうにけらけらと笑うミレイルさん。


「ですってよデイスさん。ほら、こっちはただのビールじゃなくて、魔女ワインってヤツですよ〜。禍々しい色をしてますが、案外おいしいですよ」


 すると、レイラルが俺の方に紫がかった液体の入ったジョッキを渡してきた。

 彼女の手元にはそれと同じ色をしたジョッキが既にあり、差し出してきた方はまだ口は付けていないらしい。


 ……本当にこの色で大丈夫なのか? とは思うが、案外おいしいというからには問題ないのだろう。


「……しょうがないな。じゃあ少し貰おう」


 俺は渋々受け取って、その酒に口を付けた。

 すると、それは結構冷えており、飲んだ瞬間に冷涼な感覚が喉を抜ける。


 少し甘酸っぱいような味がして、残るのはブドウのような独特の風味だった。


「へぇ、確かに悪くないな」


 言ってから、俺はもう一度口を付けた。


「なんでこんなに冷えてるんだ?」


 先ほどのビールしかり、協会やその他中級以上の酒場では氷魔法で飲み物が冷やされていることが多い。

 が、それでもこれほど冷たいのは中々ない。


「さぁ?」

「知らないのかよ……」

「お酒の冷たさなんて往々にして適当でしょう。たまにちゃんとした魔法使いがやってるのか、とても冷えたお酒がありますが……まあでも、これは何回か頼んでますが全部冷たいので、保存方法とか、お酒自体の特性が関係しているのかもしれません」


 俺が言うと、レイラルは答えてから俺と同じものらしい酒を飲んだ。


「いいですねぇ〜デイスさん! というかそれなんですか? 私にもください!」


 すると、横からミレイルさんが出てきて、俺の肩に寄りかかるようにしてそう言った。

 俺はその勢いで少し前のめりになる。


「おわっ、別にいいが――ってそれ飲むのかよ⁉」


 しかし、彼女が手に取ったのは俺が口を付けた魔女ワイン。


「んっ――あー、確かに美味しいですね! ほら返しますこれ!」


 間近で随分楽しそうに笑いながら彼女はジョッキを置いた。

 その笑顔に若干頬が熱くなるが、とりあえず俺はそんな普段と違う様子に対して言及することにした。


「……なあ、いつもと全然テンション違くないか? 大丈夫なのか?」


 俺が訊くと、ミレイルさんはうめき声を上げながら急に机に突っ伏しだした。


「――っておい、本当に大丈夫なのか?」

「もう知りませんそんなこと。大丈夫じゃなくて何が悪いんですか。今日のわたしはわたしじゃないんですー」


 俺の質問に、駄々をこねる子供のような言い方で彼女は言った。


「これは……お酒が入りまくってますね!」


 そんなミレイルさんに対して、同じく既に酒の入っているレイラルが顎に手をあてながら真顔で言い放った。


「鏡でも見てこい。お前もだ」

「鏡なんてどこに――あっ、そういえば協会にはありましたね」


 俺の言葉に、レイラルは一瞬辺りを見回してからそう言った。

 おいおい、大丈夫か?


「いぇーい! みんなでじゃんじゃん飲みましょー! かんぱーい!」


 すると、上体を起こしたミレイルさんが椅子に体を預けながらジョッキを高く掲げた。


「デイスさんもほらー!」


 そして、そう言いながら俺の頬にジョッキを押し当ててくる。


「お、おい! 流石に自分が飲んだヤツを押し付けるのはやめてくれ!」

「そんなことどうでもいいでしょ〜、たくさん飲んでハッピー!」


 言いながら笑顔で親指を立てるミレイルさん。


 普段も酒はたまに飲むが、ここまで酔ってるのは見たことないぞ⁉


「なんですか? 目の前で私に見せつけてきてるんですかイチャイチャを! よく考えれば、とライツさんが来る前から二人で冒険者をやっていたわけですから――アレやコレやの一つ二つあってもおかしくないですね⁉」


 その様子を見ていたレイラルが、急にジョッキをテーブルに叩きつけ、叫んだ。


「何勘ぐってるんだお前は! 何もない、断じてない! ミレイルさんも落ち着いてくれ!」

「落ち着くよりも飲めー! おりゃー!」


 これを言っているのがミレイルさんだという事実が俺には信じられない。


「俺はどうすればいい? 参加して騒げばいいか?」


 真顔でライツが訊いた。


「参加するな! これを止めてくれ!」


 俺の虚しい叫び声が騒がしい冒険者協会の中に響いた。

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