第47話:激突
その後は、何も言うこともなく、ずっと泣き続けていた。
しかし、しばらくすると彼女も泣き止んだ。
その後は、嗚咽を漏らしながらも彼女は色んなことを話してくれた。
それで、どういった心境で彼女が出ていって、なぜこんなことになったのか、それが分かった。
基本的には、両親のことが原因だ。
それが、俺たちの言動がトリガーとなってしまった。
いつもギフトと自分の価値について悩んでいて、だけどそれは言えなかった。
他の人には言っても理解してもらえないし、俺たちに対しては酷いことを考えていたから、傷つけるのが怖くて言えなかった。
だけど人は助けなきゃいけなくて、そんな中で我慢してしまっていたのが、爆発してしまったのだ。
聞いているとき、ずっと心が痛かった。
俺は、本当に何もできていなかったんだなと。
悔しくて、途中からは俺の方まで少し泣いていた気がする。
そんな中、時間も経つと段々と落ち着いていき、泣きやんできた。
……のだが、それからもしばらくは全く動かなかった。
「……そろそろ大丈夫か?」
俺は一度声を掛けてみることにした。
ああうん、よく考えれば、俺と同年代の女性がずっと俺に泣きついているわけだ。
こう言ってはとても失礼だと分かっているのだが……可愛いとは思わざるを得ない。
向こうとしてもアレな気がするし、俺としてもさっきから心臓の音が凄いので離れて欲しい。
「まって」
服をギュッと掴んで、彼女は短く言った。
……いや、離れてくれないと俺が死ぬ。
クソ、あれもこれも全部オグルスのせいだからな。
覚えてろよアイツ。
「……はい、もう大丈夫です。本当にすいません――それと、ありがとうございます」
俺が現実逃避をしていると、数秒の後に彼女はそう言って体を離した。
目尻にはまだ涙が残っており、周りは赤くなっているけど、その顔に確かな笑顔を浮かべて。
最初の偽りではない、本当の笑顔。
俺はそれに対して思わず目を逸らした。
「どうしました? ……顔真っ赤ですよ?」
いつもは察しのいいミレイルさんだが、今は状況が状況なこともあってか、少し鈍感になっているらしい。
助かった……
「いや、それよりも今は大事なことがある。ドラゴンが目の前に居るし、そもそも二人とまだ合流できていない」
不思議そうな表情を浮かべるミレイルさんに対して、俺は咳払いをしてから、話題を変えた。
まずは二人の安否を確かめなければ。
「あっ、そういえば居ませんね……どうしたんですか?」
「ミレイルさんを助けるためにみんなで来たんだが、途中でドラゴンに見つかってな……そこから、一度散り散りになってしまった。とりあえず、ミレイルさんは今助けられたから、二人を見つけてそのまま帰ろう」
「私を助けるために――ですか。本当に、皆さんいい人ですね」
彼女はどこか感慨深そうに言った。
「ミレイルさんも負けず劣らずだけどな」
俺はふっと笑った。
「――そう言ってくださるとありがたいですね」
彼女もくすりと笑ってそう返した。
「そうだ、杖も持ってきてたんだ。ないと困るだろ? ミレイルさんが持っててくれ」
「わざわざ持ってくてくれたんですね……ありがとうございます。なくても発動自体はできますが、あった方が効果が上がるのでありがたいです」
俺が背中の杖を渡すと、ミレイルさんはそういって受け取った。
「よし、それじゃあこっから出て――いてっ」
俺は振り返ってから、脇腹に痛みを感じて手で抑えた。
そういえば、まだ傷は完治していなかったな。
「あっ、まだ傷が残ってるんですね。今治します――神の息吹よ、我が手に宿りて彼の者の生命を癒やし給え『ライフブレス』」
ミレイルさんが詠唱をすると、淡い緑の光と共に俺の傷はすぐに完治した。
「おお、助かる。やっぱり、回復はありがたいな――ああいや、別にそれだけがありがたいって意味ではなくてだな……」
俺は言ってから、今までそれが彼女にとって嬉しい言葉ではなかったことを思い出して、そう付け足した。
「分かってますよ。これからもずっとそれに悩むことはない、なんてことはないと思いますが――それでも、十分励ましてもらいましたから。しばらくは大丈夫です!」
しかし、ミレイルさんは笑ってから胸を張って言い放った。
「そうか、まあ余計なお世話だったみたいだな」
俺は笑って返す。
「そういえば、ランタンみたいな音がしたが、あれはミレイルさんのか?」
ふと、最初のことを思い出したので俺は訊いてみることにした。
「ええ、少し周りから音がしたので、光を付けたんです。牢屋の中からでも操作できる範囲に制御装置があったので、起動しました」
「なるほどな……そういえば、なんでわざわざ牢屋に?」
俺は言ってから、不思議に思って訊いた。
ドラゴンがあの小さな場所に入れるとは思えないしな。
「牢屋もドラゴンが利用していたらしく、外から監視されながら無理やり入れられました。幸い、鍵は手に入ったので出れたと言えば出れたのですが、出れば何をされるか分かりませんでしたからね……」
ミレイルさんが若干引きつった表情をしながら言った。
ドラゴンに監視されながら、というと相当の恐怖だったのだろう。
「それは大変だったな……」
「いえ――むしろ、私が皆さんに大変な思いをさせてしまいましたから。これくらいは大したことありません!」
俺が言うと、ミレイルさんは自信満々にそう返した。
さっきのといい、今のこれは強がりと言えば強がりなのかもしれない。
が、そこに偽りはないように感じる。
だからといって、これからも同じで良いわけではないが、余計に心配しすぎるのも良くないだろう。
俺は考えて、とりあえずレイラルとライツと合流しようと言うことにした。
「――じゃあ、まず二人を探さないとな」
俺がそう言った瞬間、洞窟の外から爆音が響いた。
「今のは――もしかして、二人が戦っているんでしょうか?」
額に冷や汗を浮かばせながら、ミレイルさんが言った。
「そうかもしれない。急ごう」
一度二人とはぐれてしまったが、向こうも俺たちを探していたはずだ。
その過程でドラゴンとまた鉢合わせても――おかしくはない。
俺はその音の方角へと向かった。
◇
音が聞こえたのは、森の方角だった。
洞窟から外に出ると、そこには空を飛んでいるドラゴンが無造作に森に向かって火球を吐いていた。
「あれは――二人を追ってるのか?」
「そうかもしれません……がどうすればいいんでしょうか? 早くしないと危ないですよ!」
少し焦った様子でミレイルさんが言った。
どうする、か。
俺はさっき、もう一度狂化を使って分かったことがある。
狂化の本来の力は、もっと強い。
普段は無意識にリミッターを掛けていたが、理性が吹き飛んでリミッターも外れた状態では、普段よりも何十倍もの身体能力だった。
狂化中でもいつも記憶の一部は残っているし、今回はいつもような焦りがなかったおかげか比較的意識が明瞭だったから、しっかりと覚えている。
なら、二人を救出して――その後は、ワイバーンのときと同じことをやるだけだ。
「ミレイルさん、一回精神回復魔法をくれ。そしたら、俺が走ってそのまま二人を助ける」
「なるほど――分かりました。聖なる心の安らぎを『ソウルセレニティ』」
それと同時、俺は狂化を発動した。
「じゃあ、行ってくる」
俺は一言放ってから、返事を聞く前に飛び出した。
火の粉が舞い、熱い炎が巻き上がる森の中へと飛び込んでいく。
俺の体は早いスピードでその中に突っ込んでいき、一瞬体が熱くなるが、この速度では問題ないほど短い時間だ。
熱さで視界が歪んでいるが、周りに二人は居ない。
「レイラル! デイス!」
炎の音が響く中、俺は声を張り上げて二人の名を呼んだ。
が、数秒経っても返事が来る様子はない。
それどころか、次の爆音が響いた。
地が揺れ、また炎が強くなる。
「あっちに居るのか?」
炎の中だが、狂化状態ならまだ居ても問題はない。
無理をしてでも、二人を探そう。
戦斧を振り回し、炎を払いながら俺はそちらの方角へと跳んだ。
服の裾が燃えるが、ピッと体を払い、その勢いで火を消した。
「レイラル! デイス!」
もう一度俺は名を呼んだ。
「――デイスか⁉」
「デイスさん!」
すると、今度は数秒のうちに答えが帰ってきた。
今のは――どっちだ?
炎の音と、ドラゴンの翼の音。
さらに視界が遮られているのも相まって、位置が上手く把握できない。
「もう一度返事してくれ!」
「こっちだ!」
俺は耳を澄ました。
――あっちか!
右に視界を向けて、俺はそちらの方角へと跳んだ。
体を丸くして、炎が当たる場所を最小限に抑える。
そして、俺は二人の姿を見据えた。
額に汗を浮かべながら、安堵したような表情でこちらを見ていた。
服はところどころ破け、火の跡が付いているが、まだ健在のようだ。
「生きてたか! ――だが、御託は後だ! 戻るぞ!」
俺は二人にそう言ってから、二人の裏に回った。
「は? 戻るってどこにだよ? それよりもこっから出るのが大事で――え?」
「ふぉあぁ! 何するです――」
そして、俺は二人を担ぎ上げた。
……少し熱いかもしれないが、ライツの言う通りここから出るのがまずは大事だ。
「武器はしっかり持ってろ! それと熱いけど我慢しろよ――!」
俺は、なるべく炎の少ない部分を駆け抜けた。
「うぉぉぉ!」
「きゃあああ!」
二人の悲鳴が耳元で鳴り響くが、今は気にしている暇はない。
ミレイルさんが居るであろう方角に俺はタッタッと炎の少ない道を走っていく。
しばらくすると、炎の地帯から抜けられたようだ。
「よっ――と。よし、出れたぞ」
二人を降ろすと、その後しばらくふらふらとしていた。
「はっっっえぇなおい……つか、お前狂化使ってるよな?」
ライツが顔をしかめながら頭を抑え、俺に訊いた。
「ああ――ミレイルさんは見つけて、救出した」
「えぇ⁉ 本当ですか?」
俺の言葉に、レイラルは驚愕の声を上げる。
「そうだ――だが、説明の余裕はない。今はそれよりもアイツをどうにかしないと駄目だろう」
俺は空を指差してそう言った。
ドラゴンは、異変を感じたのか辺りをキョロキョロと見回していた。
恐らく、単純に視界だけで索敵しているわけではないのだろう。
見つかるのも時間の問題のはずだ。
「――はぁっ、はぁっ、皆さん。ここに居たんですね……」
と、しばらくするとミレイルさんがこちらに走ってきた。
「おお! ミレイル、ようやっと会えたじゃねぇか! 心配掛けやがってこの野郎!」
ライツが心底嬉しそうにミレイルさんの肩をバンバンと叩いた。
「い、痛いですよ……すいません、本当に。でももう戻ってきたの大丈夫です!」
ミレイルさんが頭を下げてから、笑ってそう返した。
「そうですか――まあ訊きたいことは沢山ありますが。デイスさんの言う通り今はそれどころじゃありませんからね」
レイラルも冷たく言うが、その顔にはニヤリとした笑みが張り付いており、嬉しいのが見て取れる。
「はい、後で私からも説明させてください――ですが、それよりもまずお二人の傷を治しますね。神の息吹よ、我が手に宿りて彼の者の生命を癒やし給え『ライフブレス』」
頷いてから、ミレイルさんが詠唱をした。
同時、二人の体が輝き、その傷が治療されていく。
「それと、再生魔法も使っておきますね。神聖たる力よ、我が手に宿りて彼の者の生命力を再び取り戻さん『ライフリジェネレーション』」
さらに、ミレイルさんは言ってから別の魔法も使った。
再生魔法、というのはミレイルさんがたまに使ってくれていた、血液や疲れもある程度取れる代わりに遅効性かつ治療効果は低い魔法のことだ。
魔力消費も比較的大きいらしく、あまり頻繁には使っていない。
「おお! サンキュだぜ」
「ありがとうございます。これでまだ戦えますね」
レイラルはドラゴンを見据え、笑った。
「傷は治しましたし、再生魔法も使いましたが、溜まった疲労の一部は残ってます。それに失われた血も戻らないので、気をつけてくださいね」
「おう、分かってるぜ」
ライツがあいも変わらず好戦的な笑みを浮かべ、返事をした。
「戦いの前に身体強化をしておきます! 神の祝福をその身に宿し、力強き肉体を作り出さん『ホーリーオーラ』」
「第三ラウンドですかね? ――私たちが逃げれば、街まで行ってしまうでしょう。誠に
言葉とは相反して、その顔には笑みが浮かんでいる。
「……いかん、ってなんだ?」
その言葉に、ライツが不思議そうな顔をして訊いた。
「……今説明しなきゃ駄目ですか?」
レイラルが半目でライツを睨んだ。
「……し、しなくてもいいんじゃないですかね?」
問答する二人に、ミレイルさんが困り顔でそう言った。
――と、どうやらドラゴンがこちらに気づいたらしい。
その黄色い瞳でこちらを睨んでいる。
「で、世間話をしている間に向こうもこっちに気づいたみたいだぞ」
「みてぇだな。さて、竜討伐戦第三ラウンドってとこか?」
俺の言葉にライツがニヤリ、と笑って言うと同時、竜の咆哮が響いた。
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