第46話:再会、救出
だんだんと俺の意識ははっきりとしてきた。
狂化の効果が、一時的に敵から離れたことと、強い痛みを受けたことによって弱まったらしい。
回復薬は――低級のもの以外全て割れてしまっていたようだった。
俺は残ったその一つを飲んでから、さらに回復のスクロールを使って治療を行った。
「くっ……」
痛いが、まだ戦える。
しかし、どうやら俺は最後尻尾に吹き飛ばされたあと、結構遠くまで飛ばされたようだ。
ドラゴンが居た、大きな穴蔵の近くにあった、別の場所らしい。
辺りを見渡してみると、先程と同じ洞窟模様が見えるが、随分小さい道になっている。
後ろを見てみると、そこには先程の巨大穴蔵につながる道があった。
……今は、仲間も居ない上に、疲弊している。
一度引いてから、二人を探して、それからまたどうするか考えよう。
俺は、とにかくその穴蔵から逃げるために、痛む腹を抑えながら歩いた。
すぐそこにあった曲がり角を右に曲がって、とりあえずドラゴンの視界に入らない所まで来た。
「……ふぅ、それにしても、静かだな。あっちも休憩してるのか?」
俺たちを驚異と判断したから、回復しているのか、それともただの雑魚だと判断したから、一度放置しているだけなのか。
どちらにせよ、一度回復する時間がありそうだ。
自分の体を見下ろしてみると、尻尾が当たった部分の服にいくつか穴が空いており、その下の肌にも痛々しい赤色の跡が残っている。
また、肩から腹の辺りに掛けて、肉がえぐれたような傷跡がある。
食らった爪での攻撃の跡だろう。
幸い、スクロールのおかげもあって血は出ていない。
「……外に繋がってるのか。なら、まだ少し危ないか」
辺りを見渡してみると、この場所は外に繋がっているのが見えた。
まるで、後から適当に崩したような、粗雑な道が繋がっていた。
ドラゴンの顔が一つ入りそうなくらい大きな道で、この小さな洞窟の道と比べるとかなり大きい。
――カランカラン。
「なんだ?」
鈴のような、ランタンが揺れる音のような、不思議な音が響いた。
同時、ろうそくの火が燃え上がるような音も聞こえた。
俺は不思議に思って、そちらの方へと歩いて行った。
見てみると、そこにあったのは、黒を基調としてところどころ淡い緑色をアクセントが入った扉だった。
中央には、同じく緑色のレリーフが入っているが、あまりにもかすれすぎていて、その詳細は分からない。
奥には、長く道が続いていた。
そして、左右には牢獄のようなものもいくつか存在していた。
「……遺跡?」
ダンジョンとは違う、かつて存在した人類の文明が作った、遺跡。
中には現代では再現不可能な技術も存在しており、それを目当てに探索する冒険者も少なくない。
「とりあえず、中に入らせてもらうか」
ここなら、安全だろう。
俺は、そう思って足を踏み入れた。
しかし、やけに入り口の方は明るいな。
どうやら、天井に魔道具で作られたらしき、丸いガラスの球体が吊り下げられており、それが光を発しているようだ。
「まあ、気分が良くはないが安全だろうから牢屋の中に――」
俺はそこで、絶句した。
なぜなら、その牢獄のうち一つに、俺も見知った顔の人間が入っていた。
ミレイル・セラフ。
「……デイスさん、だったんですね」
牢屋のベッドに座っていた彼女は、こちらを見ると立ち上がってから、酷く驚いた表情を浮かべた。
管理する人間も居ないのに、なぜ檻の中に、と問う前に色んな思考が俺の頭を駆け巡る。
「ミレイルさん……ここに居たのか」
言いたいことが沢山あったはずなのに、いざ相対すると何も思い浮かばない。
でも、一つだけしなくちゃいけないことがあったのは覚えていた。
「……今まですまん、ミレイルさん。俺のせいだった。俺はギフトだけで考えられる辛さを知っていたはずなのに、考えが及ばなかった。さらに君に沢山助けられたのに、その助けられたことすら忘れて、さらに傷つけてしまった。本当にすまない」
俺は深く頭を下げて、謝った。
「……今更、謝ってくださらなくても結構ですよ。私だって悪かったんですから」
顔を上げてみると、そこに居たのは笑顔でそう言うミレイルさん。
でも、俺はそれを見て悲しかった。
なぜなら、それは本当の笑顔じゃなかったから。
四人で笑いあった時のような笑顔じゃなくて、その奥底に悲しみが潜んだ笑み。
覚えている、今まで何度も見てきたのだから。
「……やめてくれよ」
「え?」
俺が言うと、彼女は半笑いでそう返した。
「どうして、何も言ってくれないんだ。全部溜め込んでしまうんだ。言いたいこと全部吐き出してくれ。今まで嫌だったこと全部。全部――受け止めるから」
彼女の居る檻の柵を掴んで、俺は訴えた。
「な、何言ってるんですか? 私がそんな溜めてることなんてないですよ――ない」
彼女は、俺に背を向けて、どこか震える声で言った。
ああ――多分、もう言葉じゃ無駄なんだろう。
俺は必死に考えた、どうすれば彼女を救える?
未だ彼女の弱みや悩み一つすら支えてやれない、クソみたいな俺が居るのが悔しくてしょうがなくて、許せなかった。
じゃあ――
「――下がっててくれ」
俺は足を開き、右足を一歩引いて、背中の戦斧を取り出して、構えた。
距離は十分空いている、危険はない。
「え? なんです――」
未だ背を向けた彼女が言い切る前に、俺は戦斧を振った。
引いた右足を一歩前に出し、その勢いのままに振り抜く。
その金属の檻を戦斧が切り裂いた。
しかし、まだ開いたわけではない。
俺は戦斧を切り返し、右足を引くと同時に右に薙いだ。
ガキン、と金属質な音が響き、一瞬の後にカランカラン、と檻の棒が床に転がる音が聞こえた。
「え? ――あ、ああ、出してくれたんですね。ありがとうございます。これで一緒に帰れますね!」
困惑しながらも、彼女はいつも通りの笑みで返した。
そう、いつも通りの。
俺は戦斧を床に捨てた。
体を守るのに必要な武具は、心を守るのには必要ない。
俺はその檻の中に入って――
「どうしまし――」
その華奢な体を抱きしめた。
「ごめん。何もできなくて。何もさせられなくて。これだけ辛いのに、泣き言の一つすら言わせてやれないなんて」
「……こんなに頼りがいのある人でしたっけ?」
俺の言葉に、彼女は震える声で返した。
「今まで頼りがいがなかった。すまない」
返す言葉もない。
今までは、彼女を頼っていたのだから。
確かに、事実としては俺が前線を張って守っていた。
だが、常に彼女の回復魔法を頼っていたし、彼女の魔法がなければ狂化だってまともに使う気はなかった。
精神的には、無意識のうちに彼女を頼っていたのだ。
「私が弱くてもいいんでしょうか。人を助ける私じゃなくていいんでしょうか――頼っても、いいんでしょうか」
声は震え、今にも泣きそうな声で彼女は訴えた。
肩の辺りを触られるような感覚が装備越しに伝わってくる。
顔は見えない。
「当たり前だろ。今まで助けてもらった分、俺が助ける番だ」
――返ってくる言葉はなく、大きな泣き声が、小さな牢獄の中に響き渡った。
嗚咽が混じり、今まで抑えてきたもの全てを吐き出すように涙が溢れ、俺の肩に染みる。
「わたしっ、もうわかんなくなって……わたしの見られてる部分も、価値も、全部わかんなくて、それであんなこと言って――」
体を預け、胸に顔を埋めて彼女は吐き出した。
価値がない、なんてあり得ない。
考えてみた。
もし、俺がミレイルさんと合うのではなく、ただの狂化を打ち消す魔道具を見つけていたら。
結局、俺は狂化で周りが裏切るのを怖がって、全部隠して、セイズから追放されたこともいつまでも引きずって、何もできなかっただろう。
それを、引っ張り上げてくれたのが彼女だった。
それは、道具にはできないことだ。
「俺が最初、ミレイルさんに助けられた時。あれは道具なんかじゃなく、君じゃないと駄目だった。絶望しか感じていなかった俺を、化け物でも受け入れて、助けてくれたからだった――だから、価値なんて溢れるくらいある」
返ってくる言葉はなく、代わりにもう一層泣き声だけが強く響いた。
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