第45話:守るべきもの

「逃げろ!」


 俺は必死で叫んだ。


 すぐに来るだろう攻撃から避けるようにして、転がりながら回避する。


 直後、その穴の部分からドラゴンの巨大な腕が洞窟をガリガリと削りながら入り込んできた。


 砂埃が巻き上げられ、一瞬視界が阻害される。

 ドラゴンの腕はまたも洞窟を削りながら、しばらく動いていたが、数秒もすると引いていった。


 洞窟の上部を見ているが、崩れる様子はない。

 流石ドラゴンの住む山脈、頑丈で助かる。


 ――それよりも、二人は無事だろうか?


「レイラル! ライツ!」


 俺はまだ砂埃が舞う洞窟の中、二人の名を呼んだ。


「生きてます!」

「生きてる!」


 二人の声が聞こえた。

 その二つは大体同じ方角、俺から大穴に繋がる道を挟んで反対の位置に居るようだ。


「グルォォォ!」


 瞬間、大地を揺るがすような咆哮が響いた。


 しばらくすると砂埃は消え、二人の姿が見えた。

 俺はまず二人の方へ走り、合流した。


「これは――一旦逃げた方がいいよな⁉」

「ええ、一度退きましょう!」


 俺が言うと、レイラルは肯定の言葉を述べた。


 そして、俺たちは今まで歩いてきた道の方を走り出す。

 この道もそこまで長い道ではなく、少し走っているとすぐに出口が見えてきた。


「一旦、外に出てから体勢を立て直そう! それから、穴から出てくるドラゴンを迎え撃つぞ!」


 俺は、前を見据えながら叫んだ。


「――二人とも、横に飛んでください!」


 同時、何かに気づいたレイラルが、そう叫んだ。


「え? ――いや、分かった!」


 俺は一瞬考えるが、そんな時間はないかもしれない。

 指示に従い、すぐさま俺は左に飛んだ。


 ――直後、炎の柱が俺たちの居た洞穴の中から燃え上がった。


 空気を焼きながら進んだそれによって、奥にある木々までもが焼き尽くされ、灰塵かいじんへと帰した。


「ドラゴンブレスか……!」


 俺はその火柱の熱さと光から、手で顔を守るようにしながら呟いた。

 竜種、特にドラゴンが好む攻撃方法。


 一説によるとドラゴンの体内構造に加え、魔法も使っているという炎の息吹。


 しばらくすると、その炎も収まり、俺とは反対側に飛んだらしい二人が見えた。


「ひゃー、こいつぁすげぇブレスだな」


 ひきつった笑みを浮かべながらいうライツ。

 流石にヒヤリとしたのだろう。


「――ドラゴンが来るはずだ。二人とも、構えろ!」

「でも……ミレイルさんがまだ居ないですよ⁉」


 言われて、一瞬ミレイルさんがブレスに焼かれてしまったかと背筋が凍るが、あの音の源はあの大きな穴蔵の反対側から聞こえたようにも感じた。

 多分大丈夫だろう。


 しかし――だとしても、今は助けに行っている時間がない。


「……今はしょうがないだろう! 逃げられるならそれがいいが、ドラゴン相手じゃそうもいかない!」

「それもそうですね――!」


 全員が、穴倉の方へと構えた。


「――それと、今回は狂化を使う。多分、俺はまともな戦い方をしなくなると思うから、俺のことは気にせずドラゴンに攻撃してくれ」


 俺は意を決してそう言った。

 まだ、狂化を使う抵抗はある。


 だが、こんな状況では四の五の言ってられない。


「気にせずって――当ててもいいってことですか?」

「今はしのごの言ってられない。それと、もし退けそうなら退いて、まずミレイルさんを助に行こう」

「そうだな。俺たちだけじゃ絶対勝てねぇ。戦いつつ、逃げれんなら逃げるぞ」


 ――その時、俺も逃げられるだろうか。

 そんな思考がよぎるが、それは言わずに俺は構えた。


 未だ、ドスンドスンと重厚なドラゴンの足音が響いている。


 数秒もすると、ドラゴンが顔を出した。


「グルォォォ!」


 もう一度、咆哮が響いた。


「――覚悟は決めてる。なんでわざわざ人を監禁してるのかは知らないが。俺のメンバーなんだ。返してもらうぞ」


 構え、言った。


「ひゅーっ! カッコいいねぇ! ――さて、俺もちゃんと戦わねぇと死んじまうな」

「トカゲ野郎は早くぶっ倒して、助けに行きましょうか」


 各々、決意を固めた。


 同時、ドラゴンの口が開き、その周囲に炎が集まるのが見えた。


 ブレスか。


「ギフトで狂うのが俺だとして――それでも守るべきものを見失ったことはない」


 言い聞かせるように呟いてから、俺は発動した。


 俺は狂戦士。


 狂い、それでも戦い、守り抜く。


 さぁ、その無駄にデカい口を叩き壊してやるよ。


 それを壊せば、守れるんだ。

 ――そうさ、簡単だ。


 ◇


 初めて、デイスさんがミレイルさんの精神回復魔法なしに『狂化』を使った姿を見た。


 普段は使ってからも冷静な戦闘をするが、今回は使ったとたんに相手に突っ込んだ。

 目にも止まらぬ早さで走り、そのまま消えたと思ったら、ドラゴンの目の前に出現。

 驚くドラゴンの顔、頬の部分に戦斧を叩きこんだ。


 普段の狂化でも、あそこまで素早くはならなかったと思う。

 彼自身が自分の実力を誤認しているのか、それとも体に負荷を掛けて、本来以上の実力を発揮しているのか……


 しかし、その攻撃でも鱗はその一部が砕け、破片が飛ぶだけだった。


「グルォォ!」


 同時に、ドラゴンはのけぞり、叫んだ。

 顔に攻撃された以上、ダメージは十分あるだろう。


「ライツさん、あれの援護はできますか?」


 私はそれを見て、ライツさんに訊いた。


「……厳しいな。まあ接近しつつ、適当に色々やるぜ」


 苦い顔をしながら彼は言った。


「じゃあ、私は後ろから魔法の援護をします。まず炎の光線を打ちます。どうにか気を引いてください」

「はっ、気を引くのはデイスのあれで十分じゃねぇか? ――まあ、やってやるぜ」


 ライツさんは好戦的な笑みを浮かべると、ドラゴンの方へ走っていった。


 そして、私はドラゴンを滅するための詠唱を開始した。


「大地を焦がさんと燃え盛る、蒼く輝く聖炎よ。その力を天を衝きて我が敵の破滅を欲す! 雷鳴と共にその力を解き放て! 『ファイアレイ』!」


 詠唱をして、その首に狙いを定める。

 しかし、ドラゴンはそれを察知して避け、熱線はただ空気を焦がすだけにとどまった。


「ハハッ、どっち見てんだよクソトカゲェ!」


 普段の様子とは全く違うデイスさんの声が響き、足元に思いっきり攻撃をした。

 鱗を砕き、今度は少量の血が噴き出す。


「ついでにこっちもくれてやるぜクソトカゲ! 雷霆よ、敵の身を焦がせッ! 『ライトニング』!」


 普段の様子と変わらないライツさんが、デイスさんが戦斧を叩きつけた部分に、剣で斬りつけてから、さらに詠唱をする。

 剣を伝って、ドラゴンの体に電撃が走る。


「グルォォォ!」


 ドラゴンが叫び――そして、その尻尾を体の周囲に振り回した。


 ライツさんは、攻撃を予期し既に下がっていたが、あまりにもリーチの長いその尻尾に巻き込まれる。

 デイスさんは勢いよく上空に跳び、それを避けたようだ。


「ライツさん!」


 どうやら、すんでのところで剣で防御したらしく、ズザザと後方に下がりながら、アイテムポーチに入っていた紙――回復のスクロールを取り出し、それを使った。

 体が淡く緑に光り、その紙をライツさんは投げ捨てた。


 ドラゴンの方に目を戻すと、今度はこちらを見定めていた。


「グルォォォ!」


 咆哮と同時、こちらに向かって走ってくる。


「やばっ――」


 流石ドラゴンと言うべきか、後衛を先に攻撃するくらいの知能があるらしい。


「炎よ、敵を焦がせ! 『ファイアレイ』!」


 私は短縮詠唱でファイアレイを打つが、それはひらりとかわされてしまう。


「クラウド――」


 体の真横に急いで魔法を放って避けようとしたが、デイスさんの援護が入った。


「別のヤツ狙ってんじゃねぇよぉ!」


 宙に跳び、その頭へ戦斧を振り下ろさんとする。

 しかし、ドラゴンはさっと首を傾けて避けると、振り向きざまにデイスさんを地面へと叩き落とした。


「神が風よ、我が敵を切り裂け! 『ウィンドカッター』!」


 私は、デイスさんの無事を祈りながら、ドラゴンの目に向けて三つの風刃を放った。


「グルォォ」


 一瞬、目を閉じ鳴き声を上げた。


 そして、ドラゴンは――その巨体で宙に跳んだ。


 さらに、一瞬の後に体は地面へと叩きつけられる。


 後に来るのは、衝撃。

 地面が揺れ、私の体はバランスを崩す。


「グルルルゥォ!」


 咆哮を上げ、ドラゴンはそのを動かした。


「やばっ――」


 私は逃げようとするが、その特大のリーチからは逃れられない。

 目の前に赤く大きな尻尾が現れ、体に強い衝撃が走る。


 さらに、数秒もすると視界はぐるぐると周り、体に強い衝撃が走る。


「かはっ……」


 肺の中に溜めた息を吐きながら、痛みに耐える。

 お腹と腕、足の全てに猛烈な痛みが走る。


 同時に、頭からツーと血が垂れてきて、私の視界を遮った。


 私は魔法職だから、防御力は低いんだけどなぁ、なんて他人事のように考えていた。


「――煙よ、命に従い我が姿を隠せ『スモーク』」


 まだ上手く回らない頭の中、ライツさんの詠唱が響いた。


 かろうじて見える目で周りを確認すると、辺りには煙幕が貼られていた。


「すまん、しくじった――まずは撤退だ! レイラル、逃げるぞ」


 しばらくすると、煙幕の中からライツさんが出てきて、私のそばにまで来た。


「ら、ライツさん……」

「薬飲め。したらすぐ逃げるぞ!」


 私は言われて、ハッとした。

 腰に手を当てると、運良くまだ割れていなかった回復薬があった。


 私はそれをどうにか胃の中に押し込む。


 数秒もすると、歩けるぐらいには痛みが引いた。


 流石、高い回復薬だ。


「グルォォォ……」


 少し遠くから、ドラゴンの鳴き声が響いた。


「回復なのか知らねぇが、まだアイツも来ねぇみたいだ。早く行くぞ」

「で、でもデイスさんは――」


 あの尻尾をデイスさんは避けられただろうか。


「分からん……が、一回逃げないとどうにもならん」

「それもそうですね……分かりました」


 私は渋々納得し、ライツさんに肩を持ってもらって立ち上がった。


「ライツさんは大丈夫なんですか?」

「ああ、ギリギリ避けられた。一回見ていたから、予測もできた」


 言いながら、私達はそこから去った。

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