第44話:望まぬ邂逅
「――待ってください。反応があります」
レイラルが急に真面目くさった表情をして、俺たちを制止した。
「――もしかして、ドラゴンか?」
俺はその異変を感じ取って、レイラルに質問した。
「ええ……恐らくそうです。凄い反応ですね」
レイラルは道の奥、山脈の中辺りに目を向けながら、そう呟いた。
そちらの方に居るのだろうか。
魔力を感知して敵を探知しているようだから、魔力量の多いドラゴンはそれほど大きい反応になるのだろう。
「へぇ、じゃあどこに居るんだ? 避けられるなら、なるべく避けてまずミレイルを探してぇとこだが」
「ずっと探知魔法を使っていたおかげで、まだ結構な距離がある状態で感知できました――ここからしばらく進んだところの、山の中に反応があります」
ライツの質問に、レイラルはそう答えた。
やはり先程向いていた方角がそうらしい。
「山の中……というと、穴倉に住み着いているということか?」
「恐らくそうですね。どうしましょうか……」
俺が訊くと、レイラルはそう言って考え込んだ。
恐らく、このまま山脈の麓を歩くのは良くないだろう。
先にドラゴンに見つかってしまっては危ない。
「そうだな……一度森の中に戻って、そこから視察してみて、それから決めるのがいいんじゃないか? そもそも、ミレイルさんがどこに居るのかすらまだ分からないわけだしな」
「まあ、居るのかすら分かりませんね」
俺が提案に対し、レイラルは天を仰いでからそう呟いた。
「……縁起でもないこと言わないでくれ」
「す、すみません。でも、実際分からないですからね」
俺が返すと、レイラルは何かに気がついたような表情をしてから軽く頭を下げた。
実際分からない、か。
確かにそれはそうなんだがな。
「……まあ、そうだな」
俺は小さく息を吐いてから、呟いた。
◇
森の中からの視察は、特に問題なく行えた。
結論、ドラゴン自体は見えなかったが、その住処らしき部分は発見できた。
予想通り、山にある大穴だった。
そして、その周囲にもいくつか小さめの穴があったことも確認できた。
もしかすると、そこのどこかにミレイルさんが居るかもしれない、ということになって、まずそこから探索してみることになった。
安全のため、一度視察した場所からは離れて、そこから山脈に張り付くようにして俺たちは穴倉の中に入った。
「アイツに見つからないですかね……?」
辺りをキョロキョロと見回しながら、随分と警戒した様子だ。
「多分、奥の方に居るだろうし大声を出さない限りは大丈夫だろ。それに、この穴倉はあっちと繋がってないみたいだし」
俺は穴倉の中、声を潜めて会話をしていた。
中には、驚くぐらい何もなかった。
まあ、ドラゴンの穴倉だし当然といえば当然なのだが。
人が使えるようなものがあったらそれこそ驚きだ。
「なんもねぇな……次行くか」
「……パッパと行った方がいいですね、これは」
レイラルが考え込んでから、そう言った。
「だな」
◇
「くっせぇな……魔物の死骸か?」
次に入った穴倉の中には、腐り落ちた魔物の死骸らしき何かがあった。
暗い洞窟の中、レイラルがかざした杖の先端にある光がそのぐちゃぐちゃの死体と、それに群がるハエと虫の数々を照らし出す。
すでに原型をとどめていないそれからは、鼻が曲がりそうな異臭が漂っていた。
「ここは食糧庫だったのかなんなのか……あの巨体でここには入れそうもないけどな」
「単純に他の魔物がここで死んだだけって可能性もあるぜ。ドラゴンともあろう魔物がわざわざ魔物を保管するかって話だしな」
ライツが臭そうにしながらもそれの近くに言って観察しながら、俺の疑問に答えた。
「それもそうか……ともかく、ここに意味はなさそうだな。他をあたろう」
……ミレイルさんはまだ無事なんだろうか。
これを見ていると、不安がこみ上げてくる。
「うぅ……気持ち悪いですね。こんなもの見せないで欲しいです。二人は平気なんですか?」
レイラルが心底嫌そうにそれから目を逸らしていた。
「んあ? まあ俺は慣れてるからな」
「俺も――まあ、慣れてる」
自分がやったあとの
という言葉は飲み込んだ。
それに、俺は前衛だから魔物を斬るのにも慣れてるし、そういうのも普通に冒険者をしている中で見たことがないわけじゃない。
「つか、お前そんなタマだったのかよ」
すると、ライツが腕を組んで不思議そうに訊いた。
「近接職と違って、遠距離から倒すだけなのでこういうのは慣れてないんですよ……それに、お二人と違って冒険者歴もまだまだですし」
未だ嫌そうな表情を浮かべながら、レイラルは返した。
「へぇ……大したことねぇな!」
ニヤニヤと笑いながら詰め寄るライツ。
「普段から蛮行を繰り返すライツさんと同じにしないでください」
それに対し、レイラルは真顔でそう返した。
「そもそも冒険者をやること自体蛮行だろ」
ライツはそのままの表情で返した。
「やーめーろ。今はそんな状況じゃない。本当に危ないんだからよ」
「……まあ、それもそうだな」
俺が言うと、ライツは若干不満げながらもそう返した。
「す、すいませんでした」
レイラルは我に返ったような様子で、俺に謝った。
「……こっちも悪い。やっぱり今は危険な状況だからな」
俺も少し本気になってしまったことを謝りつつそう返した。
「お、デイス。なんかこっちに道があるみてぇだぜ?」
すると、奥を探索していたライツが奥の方を覗き込んで俺たちに報告した。
「他の穴に繋がってるのか?」
「うーん……方角的に考えてもそうじゃねぇか? 行ってみようぜ」
「おい、待てって」
一人歩いていくライツに、俺たちは着いていった。
「うぇ……なんでここを歩かなきゃいけないんでしょうか」
穴倉の中は表面と同じ緑がかった白色をしており、特に整備のされていないゴツゴツとした道があるだけだ。
「ドラゴンがこの穴を開けたのか?」
「うーん……大きさを考えると、自然に空いた穴か、もしくはまた別の魔物が開けたと考えるのが妥当ではないでしょうか」
「まあそうだよな」
しばらく歩いていると、道にはだんだんと人工物が地面にいくつか無造作に転がっているのが見えた。
横には、小さなくぼみがいくつかあり、やはりそこにも人工物が置かれていた。
原型のない布や、錆びた剣。
人間なら檻を用意するところだが、いくら知能の高いドラゴンといえど、檻を手作りするだけの器用さはないだろうしな。
「……人工物か? 捕まえた人間がここらに居るってぇことでいいのか?」
「! ……その可能性は高いな。急ごう」
俺はそう言って歩みを早めた。
「ですね。この辺りを重点的に探索しましょう」
レイラルがそう言うのとほぼ同時、左奥から金属音のような音が響いた。
少なくとも、魔物のものではないだろう。
「今のは――人が出した音だよな?」
「かもな。ミレイルもどうやら、まだ生きてるかもしれねぇ――ここまで来た甲斐があったってもんだ」
ニヤリ、と嬉しそうにライツが笑った。
「急ぐぞ」
俺ははやる気持ちを抑えつつ、その音が聞こえた方角へ向かうことにした。
「あ、まだここは危険地帯ですから、気を付けて――」
レイラルが引き留めるのとほぼ同時。
左の方からドン、と大きな地響きがした。
「なっ――」
俺はその方角へと目を向けた。
そこにあったのは、巨大な黄色く、細い瞳。
レイラルの杖の光に照らされたその巨体には、赤色の鱗が並んでいた。
顔だけを低く降ろし、こちらを見つめていた。
まさか、ここの穴に中央に繋がる道が――
考えている間に、ドラゴンの体が動いた。
洞窟の穴の隙間から見えるその影は、スッともとに戻った。
退いた――のではない、攻撃の準備をしているのだ。
「逃げろ!」
俺は必死で叫んだ。
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