第43話:竜の気配
「……ここが、白竜山脈ですか。この辺りにドラゴンが居る気配はありませんね」
レイラルは、目の前に連なる白色の山脈を眺めながら、そう言った。
よく見ると若干緑がかった色をしており、遠くにあるその頂上には、雪が降り積もっている。
ここの山の斜面は急で、ここから登ることはかなり難しいだろう。
とは言っても、今回の目当てはあくまで麓。登るわけではない。
ここから、ドラゴンの居る方に進み――そして、ミレイルさんを救い出す。
それが、今回の目的だ。
「だな……それと、一旦回復させてくれ」
俺はそう言ってから、腰のアイテムポーチに付けていた回復薬を飲んだ。
一瞬のうちに治る、というほどではないが、痛みはすぐに引いていき、ポタポタ垂れていた血も完全に止まった。
効果が高いのは、単純に高めのヤツを買ったからだろう。
「包帯要るか?」
どうやら、今回ライツは包帯も持ってきているらしい。
だが、この様子だと逆に枷になってしまうだろうし、要らないだろう。
「いや、この回復薬なら大丈夫だろ」
「おお、そうか。そりゃ高いのを買った甲斐があったってもんだ」
ライツが嬉しそうに言って笑った。
「ああ……じゃあ、行くとしたら右か左のどっちかだろうが、どっちにドラゴンが居るんだ?」
俺もそう返してから、レイラルに訊いた。
「ええと……ちょっと待ってください? まず陽光の森中心から、真北の部分の辺りにドラゴンが居るとされているわけです、それで私達は東側から来たわけで、東はあっちで、私達が進んできたのは――となると、左側に行くのがいいと思います」
レイラルはしばらく考え込むとそう言った。
「へぇ、そうなのか。じゃあ行こうぜ」
ライツはよく分かっていなさそうにしながらも、それにしたがって左に進んだ。
「じゃあ、そうしよう。ただ、警戒は怠らないようにするぞ。ドラゴンに先に見つけられたとしたら、たまったもんじゃない」
「ですね――ちょっと魔力消費が心配になってきますが、索敵魔法を随時発動して進んだ方がいいかもしれません。どうしますか?」
「そうだな……確か、魔力回復薬が数本と、魔法発動にも使える魔石があっただろ? それのことも考えると、安全さを取って索敵するほうがいいだろう」
「うぇ、あの薬不味いんですよね……まあ仕方ありませんね。そうしますか」
レイラルは嫌そうにしながらも、納得してそう言った。
そういえば、あれは不味いって聞いたことがあるな……
普通の回復魔法はそうでもないのだが。
「我が魔力よ、封印されし第六感を
サッと杖を前に突き出して、レイラルは静かに詠唱をした。
「……いつもより少しテンション低いか?」
俺は少し不思議に思って、訊いた。
「夜なんですから、叫んだら魔物が寄ってくるでしょう。ライツさんじゃあるまい
し、私はわきまえてるんです」
ふん、と腕を組んでレイラルは言った。
「なっ……俺がいつそんなに叫んだよ!」
「今叫んでるじゃないですか!」
大声で言い合う二人。
もう静かに詠唱なんて無駄じゃないか……
「やめてくれ二人とも。本当に魔物が寄ってくる」
俺は二人の間に入って、仲裁をした。
「ちぇ……」
「しょうがねぇな……」
「それで、結局魔物は大丈夫か?」
「ええ、大丈夫ですよ。歩きましょう」
俺が訊くと、レイラルはそう言って進行方向へと体を向けた。
しばらく、三人で黙って歩く。
特に話す話題もないし、なにより静かに警戒していたほうが安全だ。
……しかし、本当に静かだな。
俺たちの足音以外は物音一つしない。
「……静かだな。魔物もいねぇのか」
俺が思っていると、ライツも似たようなことを思っていたらしく、そう言った。
「俺が聞いた情報だと、魔物はドラゴンから逃げるから、よほど強い魔物ではない限り出没しないらしい――そして、陽光の森にそれほどの魔物は居ないしな」
「ですね。だからこの辺りは安全だと思います。と言っても、警戒はしておいた方がいいですがね」
「そか、分かった」
ライツが返事をすると、またしばらくの間静寂が訪れた。
「……なぁ、走らねぇか?」
またもライツが我慢できなくなったのか、俺たちに訊いた。
「体力は温存しましょう。いざドラゴンと会った時に、疲れていたら勝てませんよ」
「でも、間に合わなかったらいかんだろ」
「速度より、安全性を重視しようと言ったのは、ライツさんですよ?」
「あー、そうだったか? そういやそうかもな」
ライツはそう言ってへらへらと笑った。
「何言ってるんですか。自分で言ったことくらい覚えてください……」
レイラルは呆れ気味に返す。
「相変わらず緊張感がないな、お前ら……」
そしてまた、しばらく静かに三人で歩く。
「……そろそろ、もう一回魔法を発動しておきます。我が魔力よ、封印されし第六感を
「どうだ?」
ライツが少し経ってから訊いた。
「まだですって。ちょっとくらい待ってください――まだ居ませんね、大丈夫です」
「そうか……ならいいんだが」
ライツは、その返答にどことなく不満げだ。
……そういえば、いつもならこういうときはいつもミレイルさんが仲裁をしていた気がする。
少し雰囲気が悪くなったら、いつも切り替えてくれていたし、レイラルが前に言っていたとおり、本当に俺たちの潤滑剤だったのだろう。
レイラルとライツも、いつも楽しそうに喧嘩をしてはいるが、それだって笑ってくれる人が居なければ、ただ険悪になってしまうだけの部分もあるのかもしれない。
ミレイルさんがやってくれていたそういったことを、俺はあの時言えなかった。
忘れていたのか、分からなかったのか。
……こういうのがきっと、失って初めて分かる大切さ、というやつなのだろう。
「レイラル、一旦魔法発動した方がいいんじゃないか?」
「え? ああ、そうですね。じゃあやりますか――我が魔力よ、封印されし第六感を
……なんかだんだんとトーンが落ちてきている気がする。
まあ何もないところに魔法を打っているとそうもなってしまうのか。
「レイラル、その……助かる」
「なんですか? 急に畏まって」
「いや、索敵なんて本当にありがたいからな」
「……そうですか」
少し恥ずかしそうにしながら、レイラルは顔を背けてそう言った。
「――待ってください。反応があります」
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