第42話:せめて勇者たらんとす

「セイズ?」


 俺はその名を呼んだ。


「……久しぶりだな。命を掛けるなんて、随分馬鹿をやってるな、狂戦士」


 前よりもボサついたように見える金色の髪の下から、あいも変わらず見下すような目線で俺を見た。

 剣も防具も、前よりも幾分か汚くなっているようにも見えた。


「……なんで来た」


 俺が訊くと、セイズが答えるよりも先にレイラルが口を開いた。


「ああ、あなたがデイスさんを追放したとかいう勇者ですか――この期に及んで、一体何をしにきたんですか?」


 セイズをキッと睨んで、レイラルは吐き捨てた。


「……ふん、そんなことは今どうでもいい。それよりも、あっちを見たらどうだ?」


 セイズは、俺たちが来た方角を指さした。

 そして、そこに居たのは無数の魔物。

 それらの一部はこちらへと向かっていた。


 この辺りはもう混沌としており、数分も同じ場所に居れば混乱した魔物の群れに飲まれてしまうほどだ。

 群れには、先程俺たちが倒したヴォーパルグリズリーも二、三体見える。


 ――あれと戦うのは、無理だろう。

 まして、目の前の何をするのか分からないセイズがいる状況では。


「魔物が居ますね。でも――とにかく、私達の邪魔をしないでください。それともなんですか? あなたが魔物を倒してくれるん――」

「そうだ」


 レイラルが警戒した表情で言うが、皆まで言う前にセイズが割り込んだ。


「え?」

「俺が魔物を倒す。俺が全て引き受ける。お前らは先に行ってると良い」


 セイズは、その赤い瞳に確かな意思を宿し、俺たちにそう言い放った。


「――なんのつもりだ? セイズ」


 俺はセイズを睨んで言った。

 一体何を考えているんだ?


「もう時間がない、早く行け――せめて言うなら、俺は勇者だ。恐怖に支配される、なんてことがあってはならなかった。勇者が臆病であってはならなかった」


 俺たちを背に、顔を見せずにセイズは言った。

 つまり、俺を怖がってしまったことを後悔しているということなのだろうか?


「……でも、そんなことしたらお前も死ぬだろ」


 俺はその言葉に、複雑な心境になりながらもそう返した。

 正直、これ以上関わり合いにはなりたくない。

 

 が、別にコイツの死や不幸を望んでいるわけじゃない。


「舐めるなよ、デイス。勇者であるこの俺が死ぬわけないだろう」


 セイズは、皮肉っぽく笑ってみせて、俺に言った。

 そして、そこで俺は気づいた。


 ――ああ、そうか、コイツはどこまで言っても傲慢なんだ。


 自分が最強だと思っていて、負ける可能性なんていつも微塵も考えていない。


 でも、だからこそ俺を怖がってしまったことでプライドを傷つけられた。

 それで、そんな自分を否定したくてコイツは今ここに居るんだ。


「ああ、そういうことかよ――じゃあ、行くぞ二人とも。ここはコイツに任せよう」


 俺はそう言って、セイズを背に走り出した。


「おいおい、いいのかよ? つか結局なんなんだよアイツ」


 ライツが追ってきて、俺に訊いた。


「あ、待ってください! 私も行きますよ!」


 レイラルも、後を追うようにして着いてきた。


「知るか――ただ、言えるのは、最高に傲慢で最強・・の勇者だってことだな」


 俺は痛む腹を抑えながら、皮肉っぽく笑った。


 ◇


 アイツを追放してから、俺はずっと後悔していた。

 勇者と言ってもてはやされ、酷い噂の絶えない狂戦士であろうと俺は舵を取られると思っていた。


 しかし、そんなことはなかった。


『……なんだよ、アイツ』

『ただの化け物よ、気にすることないわ』


 呟いた俺の言葉に、テイルは言った。


 あの姿が、恐ろしくてしょうがなかった。

 今まで温和で、俺の自慢話だって優しく聞いてくれていたアイツが、まさに化け物のように戦っているのが怖かった。


 俺は恐怖に支配され、アイツを追放した。

 テイルとケールも、同じだったらしく、それには賛成した。


 それから、しばらくはいい気持ちだった。


 当時はアイツが心底怖かったし、元々悪い噂の絶えないヤツだった。

 これで悪い噂が減ってせいせいするってな。


 でも、しばらくしてから綻びが出始めた。


『クソッ――おい、もうちょっと援護しろ!』

『やってるっての!』


 ダンジョン深部での戦闘中、俺は前線を張っていた。

 テイルは中衛、ケールは後衛だ。


 だが、テイルの援護はあまり俺には行き届かなかった。

 デイスは、ギフトもないのに俺たちの援護を的確にしていたのだ。


 俺はケールやテイルにあたっていた。

 勇者だともてはやされたのに、恐怖に支配されアイツを追放した俺がだんだんとみじめに思えてきてしまったのだ。


 どうにか、俺はやっぱり最強なんだと証明してやりたかった。

 追放されたデイスの方にも悪評はついて回ったようだが、それは俺も同じだった。


 周りから、こう言われた。


『自信満々に言っておいて、結局何もできないじゃないか』


 その言葉が嫌だった。


 俺は、いつだって周囲から褒められ、勇者だなんだともてはやされてきた。

 それなのに、今更手のひらを返すだと?


 それなら、俺はもう一度証明してやる。


 そう思って、とにかく高難易度の依頼を受けた。


『今日はこれをやるぞ』


 新しいメンバーを募集したら、アイツに負けてしまうような気がして俺はしなかった。


 アイツが居なくてもできる、そう証明したかった。


『はぁ⁉ なんでわざわざこんな高難易度のやつを……せめて、新しいメンバー見つかってからにしようよ』

『……それは駄目だ』

『なんでよ⁉』

『……新メンバーなんて募集しても、上手く行くかどうか分からんだろう。第一、俺たちほど高いレベルについていける人間は少ない』


 俺はとっさに言い訳をした。

 ただの取って付けた理由で、詭弁だ


『それは――そうけだけど』


 しかし、テイルは納得してくれたらしい。


『……一応、私はそれでもいいですよ。そのまま行きましょう』

『……じゃあ、しょうがないわね』


 ケールの言葉に、テイルはうなずいた。

 そういえば、昔からアイツらは仲が良かったな。


 それからというもの、何もかも上手く行かなかった。


 資金繰りだってダメダメになった。

 さらに、よく通っている鍛冶屋や、宿屋ともあまり上手く行かなくなった。

 アイツが、デイスがそういった雑務をしてくれていたのだ。


 でも、それを認めたくなかった。


 全て、俺のプライドが邪魔をした。


 そして、デイスが新しいメンバーを見つけたのも見た。

 しかも女だった。


 俺は嫉妬した。


 そして、すぐにそれが醜いことに気がついた。


 俺が最強なら、それは武力をもって証明しなければならない。

 そうして、俺の行動はまたエスカレートした。


 さらにメンバーを集め、楽しそうに冒険者を続けるデイス。

 俺も子供の頃はああだったか、と思いながらそれを眺めた。


 そして、俺たちのパーティーは破局した。


『……フン、馬鹿が。もう好きにしろ』


 最後まで、デイスへの感謝も、謝罪の気持ちも持たない彼女が嫌になった。


『あんたが馬鹿よ』


 いや、確かに俺も同じか。

 俺はその時、妙に納得した。


 そして、一人になった。

 俺の周りには誰一人残らず、孤独になった。


 でも、俺はまだ冒険者を続けた。


 勇者だともてはやされたあの日のことが忘れられなくて。


 だから――デイスがスタンピードの中に突っ込んでいった、と聞いたときは、最後の贖罪のチャンスだと思った。


 勇者は、最強。


 ならば、この目の前の魔物の大群だって大したことはない。


「――かかってこいよ、ザコども」

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