第41話:窮地に助け

「……あとどんくらいで着くんだ――よっ!」


 ライツは言いながら、目の前のレイジウルフを両断した。


「知らないですよ! 神が風よ、我が敵を切り裂け『ウィンドカッター』!」


 レイラルとライツが、悪態を吐きながらも魔物を倒していく。

 俺も、同時に目の前に居た狼の攻撃を戦斧で受け止め、そのままよろけた相手を断絶する。


 レイラルの光魔法で照らされた魔物が、両断されていく様子が見られる。


「少し道が空いた! 行くぞ!」

「分かった!」

「了解です!」


 俺の号令に、二人は了解してそのまま空いた道の方へと走っていく。

 方角は俺が覚えている、そのまま走り抜けた先に――また魔物。


 ずっとこんな調子だ。

 しかし、こんなの状態ではらちが明かない。


 今度は、ゴブリンの集団。

 何やら、木製の粗末な杖を持っている個体がおり、シャーマンまで居るらしい。


「構えろ!」


 俺は、言うと同時にその集団の奥を注視した。

 松明を持ったゴブリンの近くに居る弓兵の動きを見て、余裕を持ってその放たれた矢を躱した。


 同時に、ちらりと二人に目を向け、互いに連携できる位置にいることを確認する。


 さらに、ライツが投げナイフを投げた。


「そらよっ! 『ショックウェーブ』!」


 同時に、魔法を発動しさらにそれの速度を高める。

 その分、軌道はズレてしまった――が、それは後ろに居た別のゴブリンへと飛んでいき、その腹部に命中。

 高速で飛来したナイフに、ゴブリンはなすすべもなく倒れた。


 それにゴブリンはちらりと目を向けるも、同時に声を上げてこちらに飛び掛かってきた。


「グギャウ!」


 ゴブリンは俺に袈裟斬りを放ってきた。

 俺はそれをひょいと左に避けてから、がら空きの腹部に上から戦斧を叩きつける。


「援護します! 『ウィンドカッター』!」


 同時、レイラルの声が聞こえて、横に居たゴブリンに命中。

 詠唱を省いているからか、致命傷にはなっていないが、十分な隙ができた。

 そこに、ライツが斬りかかった。


「おらぁっ!」


 同時に、俺の目の前にゴブリンが二匹迫ってきていた。

 それを戦斧で防御してから、二匹同時に両断。


「光球の光量を上げます! それと同時に逃げましょう!」

「おう! じゃあ俺はちょっと雷出して脅かしてやるぜ!」


 レイラルの指示に、ライツも協力するようだ。


「了解だ!」


 俺が言ってから、数秒もしないうちに宙に浮かんでいた光球の光が増す。

 直前に俺は目を瞑って、その光に目を焼かれないようにした。


「雷霆よ、鎖となりて敵を滅せよッ! 『チェインライトニング』!」


 さらに、ライツの詠唱が響いた。

 目を開けると、そこにはゴブリンの集団へ飛んでいき、連鎖していく雷があった。


「あっちに行くぞ!」


 ライツの号令に、俺とレイラルは走り出す。

 指差した方角は、倒れ朽ちた木の下だった。

 ライツは素早い身のこなしでその下をスライディングで潜り抜け、向こうに消えていった。


 後ろをちらりと見てみると、ゴブリンは未だ光と雷の魔法による混乱に見舞われているらしい。


 そして、俺もその木のもとへ向かい、上の方を飛び越した。


「よっと――ちょ、ちょっと皆さん早いですよ!」


 レイラルが同じように上を飛び越そうとしたが、少しつまずいて速度が落ちる。


「ほら、早く行くぞ!」


 俺は少し戻ってから、手を差し伸べてそう言った。


「大丈夫です。ちょっとつまずいただけですから」


 レイラルはそう言うとパッパとほこりを払ってからすぐに走り出した。


「あとどんくらいだ⁉」


 前を走っていたライツが、速度を落としてレイラルに訊いた。

 どことなく聞き覚えのある質問だ。


「さっきも聞きましたよね⁉ それ!」

「ああー、すまん!」


 ライツはこんな状況にも関わらず、快活に笑った。


「俺の勘だが、あと少し走れば着くだろう――気合い入れるぞ!」


 俺が言うのとほぼ同時――横から、殺気を感じた。

 背筋が凍るような悪寒おかんが走り、俺の身体は思考よりも先に、その悪寒から逃げるようにして横に動いた。


「うぉっ! デイス、どうし――」


 跳んだ俺を避けたライツは言いかけてから、言葉が止まった。

 俺は跳んだ勢いのまま受け身を取って、ゴロゴロと少し転がってから、起き上がって敵を見据える。


 立ち上がった人のような、黒く大きなシルエット。

 夜闇の中に溶け込むその毛並みからは、薄っすらと紫の色が見える。


 巨大な爪を持ったそれは、ゆっくりと体を降ろす。


 そう、熊だ。


 だが、ただの熊ではない。

 熊の魔物、それも強力な。


「ヴォーパルグリズリーですか……!」


 レイラルが苦虫を噛み潰したような顔で言った。

 危険度白金、一般的にはそれの下位だと言われている。

 様々な森の奥深くに住む、熊型の魔物。


 最初の一撃は確実に獲物を仕留めるべくゆっくりと近づき、攻撃を放つ。

 それからは、純粋な暴力を持ってして冒険者を滅する魔物だ。


 勝てないことはない、勝てないことはないが――


「……コイツにかまけてられないぞ!」


 俺は言った。


 同時、相手は四足歩行のまま、走って俺の方に向かってくる。


「『ウィンドカッター』!」


 その時、レイラルの詠唱と共に淡い緑色の刃が飛翔した。


 ――しかし、それが当たっても相手は止まる様子がなく、俺の方へと向かってくる。

 俺は攻撃を見極め、右手で左袈裟に放たれたそれをかがんで避け、立ち上がると同時に思いっきり膝蹴りを入れた。


「グル――ウァ!」


 同時、相手は全く怯むことなく、真横を薙ぐように左手の爪で攻撃をしてきた。

 俺はそれを避けきれず、脇腹に攻撃を受ける。


 しまった、普段狂化を使い慣れていたせいで、もっと怯むと思っていた――


「くっ――!」


 痛みが走り、俺の血が舞う。


 俺は急いでバックステップで引いて、体勢を整えた。


「……大丈夫か?」


 ライツが警戒しながら、そう言った。


 俺は軽く脇腹を触る。

 かなり痛むし、血も垂れているが、一応戦闘には問題ない範囲だ。


 こういう時、ミレイルさんが居ればすぐに治って戦闘開始なのだがな。


 ――回復役が居ないというのは、ここまで大変なものか。


 ……俺は、ミレイルさんの恩寵しか見られていなかったどころか、それすらも軽視していたのかもしれない。


 そんな思考を振り払ってから、目の前の敵を見据える。


「ああ、大丈夫だ」

「……どうしましょう。また逃げますか?」


 俺たちと、ヴォーパルグリズリーは睨み合う。


「できればいいが……結構な工夫が必要だろう」

「じゃあ――」


 と、レイラルが言いかけたところで、唐突に相手が動いた。

 警戒はしていたが、偶然か必然か、考え込んだ一瞬の隙を突かれてしまった。


 一気にステップを踏み、こちらに駆けてくる。


 俺はその攻撃を避けるために身を引いた瞬間、目の前に白い閃光が走った。

 夜闇を切り裂くように走ったそれは、ヴォーパルグリズリーの首を捉えていた。


 否、それは閃光などではなく、剣の一閃だ。


「グル……ウァ?」


 何が起きたか分からないといった表情を浮かべるヴォーパルグリズリー。


 その首が落ちた後に、俺はその剣閃を繰り出した人間が居るであろう方角に目を向けた。


 そこに居たのは――


「セイズ?」

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