第38話:選択
とりあえず、俺は先に帰った二人を見送ってから、人が少なくなってきた頃に掲示板を見て情報を確かめた。
英気を養うためか、それともどこか他の街に逃げたのか、いつものこの時間と比べて人の数も少なく、静かだった。
今はだいたい七時くらいで、少し日が傾いてきたくらいだ。
……そして、今居るその少数の人たちも、状況が状況だからかピリピリしていた。
それによると、防衛戦線は、陽光の森、つまりこの城塞都市ケンテルから北側に張ることになるらしい。
当然とも言えるが騎士団との協力も確定しているらしく、騎士団が冒険者を動かしていく形になるらしい。
そうと知って悪態を吐いている冒険者も居たが……個人的には騎士団の指揮以上の指揮なんて滅多にないだろうし、ありがたいことだと思う。
さて、加えて俺は少し受付の人に聞きたいことがあったのだ。
「ドラゴンが居たっていうのは本当なのか? 誰からの情報なんだ?」
俺はカウンターに向かって、受付さんに質問した。
「またですか……情報はただの一介の冒険者からですよ。ですが他にも目撃情報がありました。さらに、今まであった他の情報と照らし合わせると、ドラゴンによるスタンピードが起きていると考えれば辻褄が合うので、ほぼ確定の情報ということです」
すると、受付さんが深くため息を吐いてから、そう言った。
……恐らく、今日だけでも何回も聞かれたのだろう。
だから、もう嫌になっているといったところか。少し申し訳ないな。
「そ、そうか……すまんな。気になってしまって」
「……いえ、スタンピードのこともありますし、今日は何度も訊かれたので少し気が立っていました。すいません」
俺が謝ると、受付さんもそっけないながらに謝罪の言葉を口にした。
「そうか。とりあえず、教えてくれてありがとう」
「いえ、仕事ですから――それと、これは要る情報なのかは分かりませんが、ドラゴンに人が連れ去られたという情報もありますね」
俺が感謝を述べると、受付さんはそう教えてくれた。
「へぇ、そうなのか……それは大変だな」
その場で殺されずに連れ去られる、というのはよく分からないが、とにかくその人物は――助からないだろう。
奥地に居るドラゴン、そんな人間の救助なんて――
「確か、聖職者のような恰好をした方だと聞きました。落ちていた杖もこちら側で保管しています」
俺は耳を疑った。
聖職者だって?
聖職者、というと真っ先に彼女の顔が思い浮かんでしまう。
もし、彼女が連れ去られたとするなら――
「聖職者? 杖? ……その杖、俺に見せてくれないか?」
俺は、それが勘違いであることを切に望みながら、質問した。
「え? どうしたんですか?」
「俺のメンバーかもしれないんだ。頼む」
戸惑う受付さんに対し、俺は深々と頭を下げた。
「そ、そうですか……では、少し訊いてきますね」
受付さんはそう返してから、カウンターの奥へと消えていった。
◇
「こちらですね……どうですか?」
カウンターの上に置かれたのは、鈍く銀色に光る柄を持ち、先端に水色の魔石のついた杖。
持ち手側には、金色の留め具がついている。
――やはり、これはミレイルさんのものだ。
信じたくなかった。
が、事実としてここに証拠があるのだ。
信じざるを得ない。
「……間違いない、ミレイルさん――俺のパーティーメンバーのものだ」
「まさか……そうなんですね。それは痛み入ります。恐らく、もうすでに死んでいると仮定した方が良いと思いますし――」
受付さんの言葉に、俺は背筋が凍る。
「そんな、嘘だろ?」
喧嘩別れをしたと思ったら、もうこの世にはいない?
「い、いえ、一応生きている可能性もあります。ドラゴンが連れ去った、ということは今すぐ食べられることもないということかもしれませんから。とは言っても――いえ、なんでもないです」
受付さんは言いかけてから、微妙な表情を浮かべてすぐにやめた。
……助けに行くなんて無謀だ、と言いたいのだろう。
「――ありがとう。じゃあ行ってくる」
俺はそう言って、他の二人に報告すべく走り出した。
「え⁉ ちょっと待ってください――」
防衛線に参加できないことは申し訳ない。
だけど――そこを優先して、ミレイルさんが死んだら俺は一生後悔する。
それに、みんなには逃げるという選択肢がある。
逃げないということは、ある意味死を覚悟しているということだ。
なら、今はそちらよりミレイルさんを優先してもいいだろう。
俺は自分にそう言い聞かせ、宿屋の方へと走っていた。
◇
宿屋に言った後、自室に居た二人を呼んでから、
「おいおい……嘘だろ⁉ ドラゴンに連れ去られたってどういうことだよ……」
ライツは酷く驚いた様子で言った。
「俺も正直同じ思いだ……嘘だと思いたいが、今までの情報に加え、証拠がある以上確定しているだろう」
「ですよね……本当にマズいですね。生きてるかもしれないとなれば助けに行かなければなりませんが、相手はドラゴンですか……」
具体的に何種なのかは分からないが、ドラゴン、つまりワイバーンなどではない純粋な竜種と言えば、その全てが聖銀級に登る。
聖銀級以上の階級が存在しないために、魔物も冒険者もどちらもその強さはピンキリなのだが、聖銀である以上非常に強力なのは間違いない。
もしこの三人で戦うことになれば、恐らく一人や二人死んで、ギリギリ相打ちに持ち込めるかどうか、といったところだろう。
今はミレイルさんも居ないのだから。
「……救援は望めないだろうな。スタンピードの大元だから、倒してからしばらくすれば収まるが、それでもわざわざドラゴンに突っ込んでいく物好きはそうそう居ないだろう」
探せば居るかもしれないが、それに時間を掛けていられないし、見つかったとしてその人物が戦力になるかも定かではない。
行くとなれば――この三人でだろう。
「……まあ、この三人じゃ勝てないだろうな。ドラゴンには」
「じゃあ、諦めるのかよ……」
俺は歯を食いしばりながら言った。
情報があるのに、何もできないのが悔しかった。
「はぁ? んなわけねぇだろアホが。いいか? ここで仲間を見捨てちゃあ、最高の冒険者なんて夢のまた夢だろ」
すると、ライツは両手を広げそう言い放った。
まるで負けることなんて一切考えていないような、自信満々の表情。
俺はそれを見て、少し勇気を貰ったような気がした。
「冒険者なんだから、冒険してナンボだろ――命を懸けた冒険も含めてな」
ドン、と胸を叩いて、好戦的な表情で笑った。
「――本当に命知らずだな、お前は。流石にお前ほどの人間は中々居ないだろ」
俺はふっと笑って言った。
ああ、もう後戻りはできないだろう。
「先にくたばっちまった両親の背中を追っかけてるからな、そんなモンだ」
ライツもニヤリと笑いながら、皮肉っぽく言った。
「……縁起でもないこと言わないでください。ちゃんと生き残って、四人で戻らないと私は気が済みませんよ」
レイラルはまるで拗ねた子供のような物言いで言ってから、プイと顔を背けた。
「俺だって、
ライツはそう言ってニッと笑った。
「私は絶対死にたくないですよ。正直、助けに行くのも怖いです――が、私は
レイラルも、不敵に笑ってそう返した。
恐らく、本心なのだろう。
誰だってそうだ。人のために、命を懸けられるような人間は少ない。
だが、そんな中でも、レイラルは命を懸ける選択をしてくれると言っている。
感謝しなければ。
「おうよ」
「俺も、死ぬ気はない――まだ、ミレイルさんに謝れてない。やり残したことがある」
俺もレイラルの言葉に同意した。
もしもう縁が切れるとしても、一言謝らないと俺の気が済まない。
全部話して、向こうの罵倒も、苦しみも全部受け取って、それから考えよう。
「一旦、情報収集だ。そもそも、ドラゴンと戦う前にミレイルが見つかるかもしれねぇ。もしそこで一緒に戦えたなら、勝算だって出てくるだろ? まずミレイルを見つけるのが先決で、そこから戦闘だ」
「今すぐ行った方がいいだろ? ミレイルさんが危ない」
俺はライツの発言を聞いて、そう反論した。
いつ死ぬかもわからないほど危険な状況なんだ、今すぐにでも行った方がいいんじゃないだろうか。
「落ち着けデイス。もし助けに行ったとて、会えずに死んじまったら意味ねぇだろ? 命を懸けるのと、命を捨てるのは別だ。だから、先に情報収集して成功率を上げんだよ」
「……た、確かにそうだな。少し焦っていた、すまん」
言われて、俺は少し冷静になる。
考えてみれば、その通りだ。
準備せずに行って、全てが失敗してしまっては元も子もない。
「いいってことよ」
「まあ、この状況では仕方ありませんね。それと……情報収集や戦闘自体への準備も必要でしょうし、その分担はどうしますか?」
ライツは考え込みながら、ライツに訊いた。
確かに、分担したほうが効率が良いだろう。
準備に関しても、流石にドラゴンなんて強敵ともなると、必要だろう。
特にライツは小道具を使って戦うようだし。
「……あー、そうだな。どうする? デイス」
「なんで俺なんだよ……」
ライツは困ったように言いながら、俺に話を振った。
「いやぁ、そういうの考えるのは俺の本分じゃねぇからな!」
そう言って快活に笑った。
「何も誇れることじゃないですよー」
レイラルがライツを半目で睨みながら言った。
「じゃあ一旦、ライツは戦闘準備じゃないか? ライツが一番小道具とか使うだろうしな」
「お、確かにそうだな。分かった」
「じゃあ、私とデイスさんで情報収集ですかね?」
「そうだな。だけど情報収集って言っても――具体的にどういう情報なんだ?」
俺は少し考えてから、訊いた。
情報といっても、何を調べるか決めていないとうまく行かないだろう。
「そうですね、必要な情報としては、恐らくスタンピードの詳細とドラゴンの詳細の二つでしょう――では私はドラゴン、デイスさんはスタンピードで問題ありませんか? どちらでも正直いいのですが、役割は分けたほうが分かりやすいでしょう」
「なるほど、了解した。俺はスタンピードの詳細だな。調べてこよう」
「もう夜も更けてきています。自体は一刻を争いますし、あまり時間を掛けていられません――急ぎましょう。それでは、あとはそれぞれの作業をするということで、一度解散しましょう。しばらくしたら、済んだと思ったらここに集合でお願いします」
レイラルは、机に手を付き、真面目な表情でそう言った。
「ああ」
「おうよ」
レイラルの指示に、俺たちは同意した。
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