第37話:暴走の予感

「手紙……こんな内容が送られていたのか」


 あれから一日後、俺は申し訳なく思いながらも、勝手にミレイルさんが借りていた部屋の中を探索していた。

 そして、中には手紙が四つもあった。


 革の封筒が四つあって、その中には羊皮紙で書かれた手紙があった。

 羊皮紙は作るのに手間があるから、聖職者や一部の貴族しか使わないんだったか?

 それにしても、手紙に使うような物ではない気がするが……


 差出人は『ヴェラ・セラフ』――おそらく、ミレイルさんが言っていた両親のこと

だろう。


 内容はその全てが『こちらの教会の上層部が上がお前の有用性を知ったから、王都に帰ってきてくれ』というものだった。


 ……憶測だが、おそらくミレイルさんのギフトは有用だから、それを上に自分の娘だと報告することで、自身の功績にしようという話じゃないだろうか。

 つまり、昇進が目当てだ。


 孤児院の時に聞いた話と、この手紙の内容から推測するに、こういうことな気がする。


 ……でも、今は別にそこは重要じゃない。


 おそらく、この手紙が彼女の悩みのきっかけではあるのだろう。

 だが、もしそうだったとしても、もともと俺が彼女を傷つけていたことには変わりない


 ――なら、俺にその悩みに首を突っ込む権利はあるのか?


 無意識であろうと、俺は傷つけてしまったのだ。

 そんな俺に、もう関わる権利なんてないのかもしれない。


「……ふぅー、一度、みんなにも相談しよう」


 昨日、二人には起きたことを話した。

 だが、それ以外は何もできていないから、二人はこれのことは当然知らないだろう。


 二人は今冒険者協会の方に行っているはずだ。

 これを持って、合流することにしよう。


 ◇


 協会の方に入ると、なんだかガヤガヤと騒がしくなってきていた。

 まだそういう時間ではないはずだが、何かあったのだろうか?


「――おい、聞いたか? あれ」

「――あれって?」

「それはだな――」

「はぁ⁉ お前それ――」

「うるせぇ! 一回落ち着けって――」


 どこか、ピリピリしているようにも感じる。


 しばらく辺りを見渡してみると――居た。

 ライツとレイラルは同じテーブルに座っているようだ。


 俺もそっちの方に行って、軽く挨拶した。


「おはよう、レイラル、ライツ」

「おっ、おはようさん」

「おはようございます。今朝ぶりですね」


 俺が挨拶すると、二人からもそう返ってきた。


「そうだな」


 俺は言ってから、椅子に座った。


「……どうですか? 何か進展は?」

「一応あったぞ。この手紙なんだが――」


 俺は、発見した手紙の詳細と憶測を二人に話した。


「なるほどねぇ……」

「何か分かったのか?」


 顎に手を当て考え込むライツに、俺は訊いた。


「いや、何も。俺はそういうの分かんねぇって行っただろ? 考えても答えは出ねぇわな!」


 そう言うと、ライツは声を上げて笑った。

 ……ライツは、こんな時でも変わりないんだな。

 少し羨ましく思う。


 きっとライツは、芯が強いヤツなのだろう。


「……困りましたね。ミレイルさんが居ないことには、依頼も難しいですし――それに、あの人だからこそ、このパーティーにも居られたんだと思います。ここの四人は全員変なので忘れがちですが、普通の人ならこんな異色パーティー耐えられませんからね。それは皆さんの今までの人生が証明してるでしょう?」


 言われて、気がついた。

 そうだった。


 彼女だからこそ、俺がギフトを使っても耐えられたし、こんな自分勝手な人間しか居ないパーティーでも活動できていた。


 それに、思い返してみれば、彼女の言い分は別に俺たちへの怒りを吐露したものではなく、ただ単に自身の不安に押し潰されていただけのようにも感じた。


 当然だが、彼女の心情を完璧に理解できているわけではないから、これが合っているのかどうかは定かではないが……


「それは――そうだな、確かにそうだ」

「それで、結局どうしますか? ミレイルさんを探して、どうにか説得するんですか?」


 レイラルが困ったような表情を浮かべながら訊いた。


「……俺にその資格があるのか、分からない」


 俯いて、俺は言った。


「資格……か。んなもん考えるだけ無駄じゃねぇか? 結局、お互いのことなんて完全には分かりゃしねぇんだ」

「そうだけど……だって俺は、もう彼女を傷つけたくないんだ」


 俺は強く拳を握った。


「じゃあ、このまんまにするのかよ?」


 ライツは、ふんと鼻を鳴らしてそう言った。


「それは……」


 俺は思わず返答に詰まる。

 どうしたいのか、上手く答えが出ない。


「互いのことなんて分かんねぇから、傷つけちまう。こりゃ当然のことだ。避けられねぇ――だけどよ、それからもっかい直して繋いでいくのが人間関係だろ。だから、今回もそうさ。行って、謝って、直してく。もっかい傷つけちまったなら、それをさらに修復しようと努力する。まず自分で何かやらねぇと、何も始まらねぇ――少なくとも、俺はそうしてきた」


 その言葉に、俺は考え直す。

 お互い傷つけ合って、それから直す。


 傷つけることを恐れずにかかわりあって、もし傷つけてしまったのなら、それを直す。謝る。

 確かに、今の俺もそうすべきかもしれない。


「そうか……まあそうだよな。考えるだけ無駄だな。お互い全部吐き出しきって、それから考えるのがいいのかもしれない」


 俺はギィと軋む木の椅子に体を預け、天を仰いだ。

 ああ、難しいな。


 昔はある意味、人のせいにできた。

 向こうが俺を怖がっているから、俺は悪くない。

 ギフトのせいだと。


 でも、今は完全に俺の言動と思考が問題だった。

 だから、責任は全て俺にのしかかる。


 ――と、そんなことを考えていると、協会の中に大きな声が響いた。


「えー、冒険者の皆さん、注目!」


 そちらの方を見てみると、そこには顔に切り傷の付いた、一見冒険者のように見える人物が声を張り上げていた。

 冒険者協会のスタッフが付けているバッチが胸にあるため、恐らく引退した冒険者なのだろう。


「もう聞いている人もいるかも知れませんが……魔物の暴走スタンピードが発生することがほぼ確定しました」


 騒がしかった協会の中が、さらにざわざわと人の声で埋め尽くされていく。


「――おい、本当に起こんのかよ」

「――スタンピード? 冗談じゃねぇな。俺は出てくぜ」


 ガヤガヤと騒ぐ冒険者の中、そんな声が微かに聞こえてくる。

 まあ、それも無理はないだろう。


「えー! 以前から、陽光の森に本来居ないはずのワイバーンが確認されていました。そしてそれらを調査したところ、森から奥の白竜山脈に掛けて、奇妙な魔物の動きが確認されました。何かから逃げるような動きです」

「ワイバーン……もしかして俺らが見つけたやつか?」


 俺は話を訊きながらも、そう呟いた。


「かもな、あの張り紙も、俺らが報告したワイバーンのヤツだったのか」


 ライツは腕を組み、神妙な顔で話を聞いていた。


「以前からスタンピードの可能性はあるとの告知は張り紙でしていましたが、今回陽光の森周辺でドラゴンを見たとの報告が上がりました」


 ……ドラゴン? まさかそれから逃げるためにあそこまで魔物が降りてきていたのか?

 しかも、陽光の森周辺というと、かなり近い位置にある。


 一気にどっと周りから声が上がる。


「おい! 一体どういうことだよ!」

「そーだ、ドラゴンなんて勝てるわけねぇだろ!」

「静粛に!」


 騒ぐ冒険者を、そのスタッフは一喝した。

 その強面も相まって、かなり辺りは静かになった。


「……今回、皆さんに依頼するのは防衛戦を張ることです。幸い、ドラゴンは一度そこまで来た後はもう飛び去ったようです。正確な位置は定かではありませんが、大体山脈の麓程度ではないかと言われています。とは言っても、一度降りてきたことの影響で、魔物は酷く恐慌しています。そのため、街に防衛戦を張る必要があります。竜種も一部居るため、厳しい戦いになるでしょう」


 その後、スタッフは一口にそう説明した。


「なんでドラゴンは戻ったんだ? そのまま街まで来て、滅ぼしに来ても向こうとしてはよかったと思うが……」

「いえ、そうでもありませんよ。まず人間は割と強いですから、死ぬリスクも十分にあります。それに、人間は後天的に高い魔力を持つことができます。なので他種と比べても、高魔力な生物は多い方です――さらに、そういった高い魔力を持つ人間が多くなってくる人間の都市は、彼らの食料庫として悪くないのでしょう」


 俺が呟くと、レイラルがそう教えてくれた。


「……おいおい、嫌な理由だな」


 思わず顔をしかめて、そう返す。

 街が食料庫扱いかよ……


 いやまあ、危険だからだという理由もあるのだろうが、依然として食料庫であるのには変わりないのだろう。


「まあ、人間だって柔らかくて魔力のあるドラゴン肉を好むので、似たようなものじゃないですか?」

「……そう言われたら何も言えんな」


 真顔で正論をかましてきてレイラルに、俺は腕を組んでそう返した。


「……防衛戦については、今日から三日以内に起こると予想されています。他の詳細については、張り紙を出しておきました。それを確認してください。尚、参加しなかったことでの罰則等はありませんが、期間中は他の依頼を受けることはできません。ご了承ください――それでは、皆さん健闘を祈ります」


 しばらく周囲を眺めていたスタッフは、最後にそう言ってからぺこりと軽く会釈をして、奥のカウンターへと去っていった。


 他の冒険者はまたざわめきだして、掲示板や受付の方へと殺到していた。


「アイツらすげぇ群がってるな。俺らは後から行くか――そんで、それから考えようぜ」

「ですね」

「だな」


 ライツの言葉に、俺たちは同意した。

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