第35話:決裂

 本来ならもっと狩る予定だったのだが、士気が良くなくなってしまった。

 そう判断して、そのまま切り上げて帰ることにした。


 ……帰り道でも、ミレイルさんは一度も発言することはなかった。


 それで、一度冒険者協会の方まで戻って、達成した一つの依頼を報告することにした。


「なあ、ミレイルさん――」

「すいません、今は、無理です……ごめんなさい」


 俺が声を掛けると、何かに怯えているような表情で、俺と目を合わせないまま後ずさると、走り出した。


「え? 待ってくれよ!」


 俺の引き留めも虚しく、ミレイルさんは冒険者協会の扉を乱暴に開け、そのまま出ていってしまった。


「……何があったんだよ。どうすりゃいいんだ?」


 俺は頭を掻きながらそう言った。


「私も――どうすればいいのかは分かりません。いかんせん何も検討が付きませんから……」


 不安げな表情を浮かべ、レイラルは自身の持つ杖をさらに強く握りしめた。


「……だろうな。俺も心当たりがないわけじゃないが、大体同じ感じだ」

「俺も当然分からん! ……はぁ、こういうのはよく分かんねぇから苦手なんだよ」


 ライツは困ったような表情をしていた。


「そうか……」

「ま、でもグダグダ言っててもしょうがねぇ。一応依頼は達成したし、報告してから考えようぜ」


 俺が考え込んでいると、ライツが俺の背をポンポンと叩いてそう提案した。


「……それもそうだな、分かった。ありがとう、ライツ」

「そう畏まんな。俺らは『仲間』だ。だろ?」


 ライツはひらひらと手を振りながらも、自信を持った表情で言った。


「ああ――そうだな」


 それが彼女にとっても、そうだといいのだが。


 ◇


「――なあ、ミレイルさん。その……何か嫌だったのか? なら、話して欲しい」


 宿の中、ミレイルさんが居るはずの扉を叩いて、そう言った。


 数秒後、扉が開いた。

 そこに居たのは、顔に笑みを貼り付けた・・・・・ミレイルさんだった。


「すいませんでした、昼間は。もう大丈夫です」

「いや……大丈夫じゃないだろう」

「……分かりますか」


 すると、ミレイルさんはふっと笑ってから、表情を崩した。

 いつも通りの笑みはなく、悲しみに包まれたような、憂いを感じる表情。


「俺だって、何が起きたのか気になる。やっぱり、しっかり話し合うべきだと思うんだ」

「いえ――私の問題ですから。私が勝手にそう・・思ってしまっただけです。皆さんにこれ以上迷惑を掛けるわけにはいきません」


 力なく笑いながら、ミレイルさんは言った。


「迷惑って……そんなことないだろ。色々助けて貰っているし、俺だって力になりたい。もし何かあって疲れてるなら、休んだっていい」


 俺はできるだけ微笑むようにしながら言った。


 しかし、彼女の表情はよくなるどころか、逆に悪くなった気さえした。


「私が何か、しているんでしょうか? 何もしてないですよ。私が・・助けになれている部分なんて、一つもありませんから」


 『私が』のところだけ彼女は強調しながら言った。

 その声は少し震えていて、こちらと目を合わせずに、視線は下を向いている。


 そして、その言葉に、俺は違和感を感じた。


 普段から、回復魔法もそうだし、俺の狂化のデメリットを消すのにも、ミレイルさんは必要な存在だ。 


「何もしてないなんてことはないだろ。普段から、回復魔法も、俺の狂化のデメリット打ち消しにだって、ミレイルさんは必要な存在だ」

「――それ以外に、何かありますか?」


 顔を上げて、彼女は言った。

 どこか妙な気迫のある表情を見て、俺は少したじろぐが、考えてみた。


「えっと……共用財産だって持ってもらってるし、それに最初だって俺を助けてくれたじゃないか」


 あとは、何かあるだろうか?

 俺は自分で言っていて、どこかもっとあるような気がしていた。

 言葉にはできないけど、もっと重要な何かを彼女から貰っていたような――


「そんなの、大したことではないじゃないですか。どれも私じゃなくてもできることです」


 目を伏せたまま、彼女は自嘲気味に笑いながら言った。


「そんなことないだろ? だって、俺を助けるのはミレイルさんじゃなきゃできなかっただろ。ミレイルさんのギフトがあってこそ――」

「やっぱり、ギフトなんですか?」


 俺と目を合わせて、何かを堪えるような笑いを浮かべながら彼女は俺に訊いた。


「え? そりゃあ、それは確かに大きな要素……だろ?」


 その違和感の正体がなんなのかわからないまま、俺は続ける。


「それって、私なんですか? 私じゃなきゃ駄目なんですか?」


 段々と声が震えてきていた。

 でも、俺はその言葉の意味がよく分からなかった。


「ギフトは個人にしかないものだろ? ……だから、ミレイルさんじゃなきゃ駄目だろう」

「――結局、ギフトなんじゃないですか」


 今にも泣き出しそうな声で、ミレイルさんが言った。


「――え?」

「恩寵なんて、所詮神から与えられただけの力じゃないですか! そんなの、そんなの――私の力じゃない。評価されているのは、私じゃなくてギフトだけじゃないですか!」


 普段は優しく、冷静な彼女が声を荒らげて俺に叫んだ。

 今にも泣き出しそうな瞳で、声で訴える。


 その言葉に衝撃を受けると同時に、俺は心臓が締め付けられるような息苦しさを覚えた。


 恩寵、ギフトとは、ただの与えられた力でしかなくて、自分自身のものじゃない。

 自分に付属するものではあっても、それはただの外付けの能力に過ぎない。


 評価されているのは、ギフトであって自分ではない。


 俺だって、昔はそうだった。

 ギフトだけ見られて、俺もそうだと思われて、でも所詮ギフトなんて神から与えられたものなんだから、俺自身を見てくれ、と何度も思った。


 俺は、もしかして今それを、彼女に――


 どうにかそれを否定したくて、必死に考える、でも一向に答えは出ない。


「そ、それは――」

「何もできなくて、嘘を吐くことでしか完璧になれない、無駄な付属品でしかないわたしなんて誰も欲しくないんじゃない。そんなの、わたしじゃなくて、もっと有益で、使いやすい――同じ能力を持ったただの魔道具だけで十分じゃないの!」


 彼女は、涙を流しながら、悲痛な表情でこちらを見つめる。

 普段の敬語すら外れ、叫んだ。


 道具で、十分。

 言われて、考えてしまった。


 もし、ミレイルさんじゃなくて、同じ力を持った道具を俺が拾っていたら?


 強い精神回復魔法が乗せられた、ただの道具。

 それで、十分じゃないか。


 俺のギフトを有効活用して、冒険者として成り上がるためには、それだけで十分だった。


 自分の力ではなくて、ただの付属品。


 ――いっそ自分と分離してしまえたら、最初からなかったら。

 そんなことは、俺だって幾度となく考えてきたことだ。


 吐き気とめまいが押し寄せてきて、俺は後ずさる。


 数秒の間、ただ見つめ合った。

 俺は冷や汗を流し、吐き気を催した。


 彼女は、涙を溜めた瞳でただこちらを見つめた。


「――ごめんなさい」


 彼女は強く拳を握ってから小さく言い捨て、そのまま逃げるように宿の下の方へと走っていった。


「おいおい、どうしたお前ら――っておい! どこ行くんだよ」


 様子を見に来たらしいライツが、ミレイルさんを引き留めるも、そのまま階段の下へと走って消えていった。


「何があったんだよ?」

「悪い……少し整理させてくれ」


 壁に片手をつき、同時にもう片方の手で顔を覆いながら俺は言った。


「お前もかよ……はぁー、じゃあもう今日は寝ようぜ。明日になってからミレイルの捜索やらなんやらしようぜ」

「ああ――」


 続く肯定の言葉は、出なかった。

 今追いかけて、俺はどんな言葉を言えばいいんだろう?

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