第34話:亀裂

 魔晶石エリアの探索依頼を達成し、宿屋に帰ってきた時。

 私は――あの手紙を読んだ。


 内容は、要するに『上がお前の凄さを認知した。帰って来て欲しい』ということだった。

 両親に必要とされていたことが、ちょっと嬉しかった。


 でも、同時に悲しかった。


「……結局私の恩寵が目当て、なのかな」


 独り、呟く。


 私を必要としてるのか、それとも私の恩寵を必要としてるのか。

 昔は気づかなかったけど、ずっと考えてきてそれくらいは分かった。


 両親は、私を見ていない。

 見てるのは私の恩寵でしかない。

 価値のない私なんて・・・・・・・・・見られていないんだ。


 そう考えれば考えるほど、嫌になった。


「――どわーっ! レイラルてめぇ、何しやがる!」


 そんな思考の最中、ライツさんの声が聞こえた。


「何を言うのですか! ライツさんがわざわざ挑発してくるのが悪いんですよ⁉」


 もう日が沈んでいる頃合いだが、未だ下の部屋からは騒がしい私のパーティーメンバーの声が聞こえた。

 同時に、他の人間の笑い声も聞こえてくる。


 また喧嘩でもしているんだろう。

 少し面白くなって、口の端に笑みが浮かぶ。


 ガチャリ、と扉を開けて階段を降りる。


 大丈夫、今の私にどこも居場所がないわけじゃない。


 返事はしなくてもいいかな。

 帰りたいのか、帰りたくないのか自分でもわからない。


 今すぐ答えを出す必要はないはず。

 大丈夫。


「二人とも、何か騒ぎでも起こしてるんですか?」


 私は顔に笑顔を貼り付けて言った。

 いつもそうしているわけではない。


 でも、こういう時に自室で考え込むより、嘘でも笑顔を浮かべて、こうやってみんなと話してる方が楽になる。


 ◇


「さて、じゃあ今日から依頼だな」

「そうですねぇ……何にしますか?」


 レイラルの言葉を聞いて、俺は依頼掲示板を眺める。

 特にいつもと変わらず、戦闘依頼や雑用など様々な依頼がある。


 と、その中に一つ奇妙な張り紙があった。

 特に他と変わりない茶色の紙が、同じく他と同じ粗雑な釘で留められている。


 しかし、見出しには『魔物の暴走スタンピードの可能性』と書かれていた。

 協会公認の赤いスタンプが押されており、告知の紙のようだ。

 本文には、綺麗な文字でこう書かれていた。


 ――魔物の暴走スタンピードの可能性。独自の調査結果によると、陽光の森から白竜山脈にかけて、魔物の奇妙な動きが確認されました。冒険者の皆さんは警戒をしてください


暴走スタンピード……?」

「んお、なんかあるのか?」


 呟くと、後ろからライツが身を乗り出して掲示板を確認した。


「これ、見てくれ」

「……へぇ、ちょっと警戒したほうが良さそうだな」


 紙を指差すと、ライツは顎に手を当てて神妙な顔で言った。


「えー、どうしますか? 街でも出ます?」


 ちょっと面倒そうにしながら、レイラルは訊いた。


「いや、そう警戒することもないだろう。こういうのは外れることもあるし、騎士団だって動くはずだ。頼り切りもよくないが、よほど大規模じゃない限りは止まるだろう」

「まあそれもそうですね」


 それを聞くと、レイラルも納得した様子で引き下がったようだ。


「さて、じゃあまあみんな集まってるし、いつも通り適当な戦闘依頼でいいだろ」


 レイラルとミレイルさんは、雑用関連もできるが、俺とライツは力仕事以外では上手く活躍できない。

 そういうのは、パーティー単位ではなく、個人個人でやることの方が多いのだ。


 それに、稼ぎだって命を掛ける戦闘依頼や採取依頼の方が圧倒的だ。


「何にする?」


 俺はそう言って、後ろを振り向く。


 いつも通りの表情を浮かべるライツとレイラル。

 しかし、その後ろに居るミレイルさんの表情はあまり良いものとは言えなかった。


 少し俯いていて、どこか放心しているような、まるでこの場所に居ないような雰囲気を醸し出していた。


「……ミレイルさん?」

「――えっ、あっはい、なんでしょう?」


 俺が訊くと、ミレイルさんは焦ったような声でそう言ってから、どこか困ったような苦笑を浮かべながらこちらを見ていた。


「どうしたんだ?」

「……いえ、少し考え事をしていただけです。大丈夫ですよ!」


 ミレイルさんは一瞬悲しむような、絶望するような表情を浮かべた後に、すぐにいつもの笑顔を浮かべた。

 いや、それは浮かべるというよりも、貼り付けると言ったほうが正しいような――


「依頼でしょう? 何にするんですか?」


 露骨に話題を逸らしながら、ミレイルさんは背伸びをしながら掲示板を覗き込んだ。


 ◇


 そんな違和感があったのが数日前。

 しかし、その後は特段何もなく依頼を受け、過ごしていた。

 たまに休みが入っていたりもしたが――まあ楽しく過ごせるなら休みだって必要だろう。

 俺も寄付をしたり、ちょっとだけいいものを食べてみたり、そんな風に過ごした。


 こんな快適に冒険者として過ごせているのはいつぶりだろう。


 ――しかし、そんなことを考えていたのも束の間、俺の望んだような冒険者生活にも亀裂が入ることになってしまった。


「やめてください!」


 普段は滅多に声を荒らげないミレイルさんが、その大きな声を森の中に響かせた。


 至って普通の、魔物の素材採取の依頼。

 『緑生の道』と呼ばれる街道に沿った、森の奥。


「え――」


 俺は思わず疑問の声を漏らす、レイラルとライツも、同じような表情を浮かべていた。

 別に、何か変なことを言ったわけではない。


 ただ、俺が腕に受けた傷の治療をお願いしただけだった。


 一瞬してから、ミレイルさんはハッとした表情でこちらを見返した。


「あ――いえ、そ、そんなつもりじゃ――」


 酷く焦燥した表情を浮かべ、狼狽する彼女を見て、俺も思わず思考が止まる。


「デイス!」


 しかし、その叫びと同時に俺の頬に掛かった敵の返り血によって俺の意識は引き戻される。

 そちらの方へ目を向けると、先程まで対峙していた、胴体の左右にポケットのような青白い布が生えている猪――サックボアに斬りかかるライツが見えた。


「なんだか知らんが――まだ戦闘中だ! 一回終わってから考えな!」


 ライツもまだ納得の行っていなさそうな表情を浮かべながら、敵に対峙してそう言った。


「そ、そうだな――了解だ!」


 敵は残り二匹、大した数ではない。

 が、危険度金級だけあって動きが素早い。


 およそ猪のそれとは思えないステップを踏みながら、最後にこちらへと突進してくるサックボア。

 素早い突進だが、俺に捉えられない範疇の動きではない。


「ふっ!」


 当たるギリギリのところで、半身を引いて突進を避ける。

 同時に、俺の横を通り過ぎようとするサックボアの胴体を両断する。


「神が風よ、我が敵を切り裂け――『ウィンドカッター』!」


 後ろからレイラルの声がして、余裕を持って俺の横を通り過ぎ、サックボアに当たる。


「ブモォ!」


 叫び声を上げ、仰け反るサックボアだったが、ライツが手を出すまでもなくそのまま地面に倒れ込み、討伐が完了した。


 ちら、と後方に居るミレイルさんを見ているが、俯いており表情はよく分からない。

 ただ、普通の状態と言えないことは確かだった。


「……さて、依頼された魔物はコイツだ。肉は固くて食えないそうだが、横の布に意味がある。取って帰るぞ」

「おうよ」


 ライツは何がなんだか分からないとこまったような表情で返事をした。


「え、ええ……了解です」


 レイラルは、ミレイルさんの方を気にしながらも、返事をした。


「――はい」


 彼女の表情は、俯いたままで分からなかったが、とにかくよい表情ではないことは分かった。


 どこか沈んだ空気のまま、四人は無言でそれらの魔物の素材を剥ぎ取って、レイラルが持ってきていた小さめのバッグの中に入れた。

 ミレイルさんも同じものを背負っていたが――今干渉するべきではない、ような気がする。

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