第33話:報酬、休み、そして依頼

「そうですね、報酬は――金貨三十枚になります。少し多いので袋でお渡ししますね」


 そう言って受付の女性が麻袋をカウンターの上に置いた。

 中からはジャラリと金貨の音がする。


「いいねぇ、結構あるじゃねぇか!」


 ライツがカウンターに身を乗り出して、嬉しそうに言う。


「ですね! しかもこの袋で渡される感じが……」

「分かった分かった、いいからどけろ。受付さんが困ってるだろ」


 カウンター前ではしゃぐ二人を押しのけて、俺は苦笑いを浮かべる受付さんからその袋を受け取った。


「そ、それとライツさんの昇格が決定しました。金級ですね」


 と、同時に受付さんはそう言った。

 ライツだけ今まで銀級だったが、今回の功績で金になったらしい。


 ランクの上昇度合いは、基本的にパーティー単位ではなく、個人個人で計算されるのだ。

 今回は、ライツだけの昇進らしい。


「おお、マジか! 今まで俺だけ銀級だったからな……」

「ようやく同じ土俵に立てたようですね」


 レイラルが上から目線でニヤリと笑って言った。


「なんで上から目線なんだよお前はっ!」


 それに対し、ライツは頭を軽く叩いた。


「あいてっ、何するんですか!」

「……そ、それではこちらのプレートをお渡ししますね。なくさないように気をつけてください。既存のものは回収しますので、今お渡しください」


 困惑気味の受付さんが、カウンターの上に『ライツ』と名前の彫られ、肩に掛けられるように紐の付いた金のプレートを乗せた。

 戦闘時などは邪魔になるから付けないが、高ランクである場合馬車に乗っている時に付けているといいことがあったりする……まあ悪いことも往々にして起こるのだが。


 そういえばこれは冒険者協会の秘匿技術とやらで作られているらしく、偽造は無理だと聞いたな。そこまで精巧にも見えないただのプレートにそんなのがあるのかは疑問なのだが……


「分かった」


 ライツはその金のプレートを受け取り、懐から似たような銀のプレートを取り出してカウンターに乗せた。


「はい、確かに受け取りました」

「よしっ、あんがとよ。それ以外は特にねぇか?」


 受け取ってから、ライツは訊いた。


「そうですね、以上となります」

「そうか、じゃあ帰ろうぜ」

「いえいえ、またのご利用をお待ちしております」


 ぺこりと頭を下げる受付さんをよそに、俺は二人に言った。


「報酬はちゃんと山分けするから安心しろ。えーっと、一人何枚でちょうどよくなる?」


 俺は指を使いながら計算して、答えを出した。

 人によっては、パッと暗算で計算してしまう人間――


「七余り二ですね。一人七枚で二枚の余りです」


 ……はここに居たらしい。


「おお、計算早いな」

「当然です。魔法使いですから」


 自慢げにレイラルは言った。

 確かに、魔法を使うのためには詠唱をするとしてもしないとしても、頭の中である程度計算が必要だと聞いていたが、そうなのだろうか?


「へぇ……そういうもんなのか? まあいいや、とりあえず今分けていいか?」


 確認を取ると、全員構わないとのことなので、その数に分けた。

 余りは前と同じくミレイルさんに渡そうと俺は金貨を差し出した。


「……そういえばこれ、本当に私が保管していていいんでしょうか?」


 ミレイルさんはなぜか苦笑いを浮かべながら、そう訊いた。


「ん? だって正直、他二人は私物化しかねないし……俺に関しては悪くはないと思うが、二人が言うにはミレイルさんの方が信頼できるらしいから、そうしてるから、別に悪いことなんて何もないぞ?」

「いえ……私はずっと後ろに居て、大して活躍できていませんから……私にこれを持つだけの価値があるのかな、と」


 ミレイルさんは憂うような笑いを浮かべながら、そう言った。


 また、この変な笑いだ。

 どこか背筋がむずがゆくなるような感覚に陥る。


 価値なんて、あるに決まっているし、別に今は価値があってもなくても、ミレイルさんが持つのが一番良いのだから、関係ないはずだ。

 でも、彼女の言葉の裏にある何か。


 俺にはそれが何なのか見当も付かなかった。


「……価値ならあると思うぞ。俺たちの信頼の価値とも言える」


 俺は分からないながらにどうにか考えて、そう答えた。


「そうですか? ……じゃあ、貰っておきますね」


 先ほどよりは少し安心したような表情でミレイルさんは返した。


 後ろを振り返ると、レイラルとライツは二人で話をしているようで、先ほどの会話は聞いていなかったらしい。


「じゃあ二人共、精算も終わったしまた依頼受けるぞ」


 そんな二人に、俺は声を掛けた。


「えー、またですか?」

「疲れてるのか? なら――」

「いえ、ピンピンですが。でも面倒くさいので休みたいです」

「……なあ、せめてもうちょっと言い訳しないか?」


 俺は呆れながら返した。

 休みたいならそれはそれで別にいいのだが……ストレートすぎるだろう。


「まあでも別に金も入ったし、一旦休憩でもいいんじゃね?」


 と、ライツがそんな提案をしてきた。

 確かに、今回は結構な収入が入った。


 といっても、遊んで暮らせばすぐになくなってしまうだろうから、あまり気を緩めるのも良くないがな。


「まあ、それは一理あるな――じゃ、今日は休みにするか!」


 ちなみに、俺は既にみんなと同じ宿に泊まっている。

 別の宿を使うのは、実用性で見ても、気持ち的にも良くはなかったからな……


「ですね、そうしましょう!」

「いいね!」


 レイラルとライツがそれに同意する。


「それと……資金的に考えて、もう一日くらいは休めると思うが、どうする?」

「休み!」

「休みだろ!」


 二人の声が重なった。

 相変わらず仲のいいことだ。


「息ぴったりだな……じゃ、まあそうするか」


 俺は半笑いでそう言った。


「というか、俺がいつの間にかリーダーみたいな立ち位置になってるが……別にいいのか?」


 俺は頬を掻きながら、みんなに質問した。

 考えてみれば、方針を決めるのはいつも俺だったような気がするのだ。


「俺はいいぜ。リーダーとかやりたくねぇし」

「まあ私もそういうタイプじゃないですからねぇ」

「私は……別にどっちでもいいですかね。でも、デイスさんがやってくれるというならそれで構いません」


 三人とも別に異論はないようだ。


 一応ミレイルさんに関しては、資金管理の部分はやってくれているから、リーダーがよくやるような仕事もやっていることにはなるが。

 副リーダー、みたいな感じになるのか?


「そうか、なら問題ないな。じゃあ――解散だな」


 俺がそういうと、各々好きな方向に散って行った。


 ◇


 それから、ライツは『酒場に行く』と言い、レイラルは『やりたいことがあります』と言って去っていき、ミレイルさんも『用事があるんです』と言って去っていった。


 そして、俺はと言うと――


「……休日なのはいいものの、正直暇だな」


 まあ、やることはない。


 セイズのパーティーに入る前は、資金がかなり厳しかったから毎日依頼三昧だった。

 戦闘系は命を賭けるものの、そうでない依頼も多い。それらは別に苦ではなかったし、飯を食べるのも、風呂も、寝るのも一応楽しさはあったし……それに武器選びやら、装備購入辺りは楽しいと言えば楽しかった。

 ダーツくらいならしたことはあるが、そこまで遊び呆ける日は少なかった。

 完全に無かったわけではないが、いつも適当に過ごしていた気がするな。


 セイズのパーティーに入った後は、かなり資金に余裕も出たが――それでも結局、セイズはずっと依頼ばかり受けていて、俺もそれについていっていた。

 今思えば、あれはセイズの承認欲求を満たすためだったのかもしれないが――今は関係ない、か。


 ……しょうがない、今回も適当にブラブラ遊んで過ごすか。

 幸い、資金はある。いつもより美味しい飯を食うとか、そういう羽目の外し方も良いだろう。


 ◇


 それから、少しばかり遊んだり、ちょっと金を使ったりしていた。

 名前も聞いたこともない料理を食べたり、街の中心の方に行ってみて散歩したり……と。

 その間に、ミレイルさんと会うったりもしたなぁ。


 中央の辺りには詳しいらしく、ちょっと案内してもらった。

 普段はそっちの方に行って、服レンタルでオシャレなんかもしてる、なんて言っていたな。


 あとは、魔道具店でレイラルと会ってうんちくを聞いたり、酒場でライツとダーツやらチェスやらをして騒いだりと……あれ? 気がついたら全員と会ってるな、凄い確率だ。

 まあともかく、そんなこんなで二日が過ぎた――


「あ、おはようございます。デイスさん」


 一階の食堂で軽く朝食を摂っていたレイラルが俺に気づいて挨拶した。


「ああ、おはよう」

「それで、今日で休み終わりですが……延長はありませんか?」

「そんなに休みたいのか……まあまだ余裕がないわけじゃないが、油断してるとすぐになくなるぞ?」


 俺は文句を言うレイラルをよそに、同じテーブルに座った。


「ちぇっ、じゃあいいですよ。それじゃあ二人を待ってから活動再開ですね」


 舌打ちをしながら不満そうにレイラルは言った。


「そうなるな。よろしく頼むぞ」

「なんですか急に畏まって」

「……ただの社交辞令みたいなもんだ、気にするな」


 俺は若干気恥ずかしくなって、そう返す。


「おお、社交辞令という言葉を知っているんですね」

「流石に舐め過ぎだ。それくらい知ってる」


 俺は呆れてため息を吐いた。


「冗談ですよ。よろしくお願いします」


 レイラルはくすりと笑ってそう言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る