天使は『仲間』の夢を見られない

第32話:疑念と神官

 風呂でさっぱりしてから、俺はオグルスのところへ向かった。

 髪を簡単に乾かせるような、熱風の出る魔道具なんて貴族か技術都市なんて言われる規模の都市じゃないと使えないので、髪に風が当たって少しばかり寒かったが、入らないと逆に気持ち悪いからしょうがない。


 鍛冶屋の扉を開け、中に入る。

 カウンターには一人受付のバイトが居るが、客も今は他に一人も居ないらしい。


 オグルスの店は、街の中でも少し人気の店だ。

 いつもは一人くらい客がいるが、今回は居ないらしい。


 先程まであくびをしていたバイトらしい男性が、俺に気づいたようだ。


「すまん、修理を頼みたいんだが、オグルスは居るか?」

「ああ、奥の方に居るよ。呼んでくるかい?」

「頼む」


 そうやって少しすると、奥の鍛冶場からオグルスが姿を現した。


「おうデイス、また来たのか?」


 オグルスは奥の鍛冶場ののれんを通って、片手を軽く上げて挨拶した。


「まあな」

「もう斧は壊さないんじゃないのか?」


 俺が返すと、オグルスは少し皮肉っぽく笑いながら俺に訊いた。


「あー、それがな、やむを得ず水晶を割ったせいで、ちょっと刃が欠けたんだ。少し研いでくれ」

「なんだ、至って普通の理由じゃねぇか。つまらんな」


 事情を説明すると、すぐに表情を戻してそう言った。


「壊す理由に面白さを求めないでくれ……」

「はっはっは、まあそうだな。欠けただけってぇことなら、すぐ終わるから待ってろ。それともいつも通り鍛冶場に居るか?」


 俺が呆れ気味に返すと、オグルスは快活に笑った。


「まあちょうど暇だし世間話ついでに行くよ」

「いっつもそうだな」


 オグルスはそう言って皮肉っぽく笑った。


「そっちだって今は暇だろ?」


 俺は意趣返しとしてそう返した。


「まあな」


 ◇


「そういや、結局パーティーとは上手くやれてんのか? 様子を見てると心配はなさそうだが」


 作業をしながらも、オグルスは俺に訊いた。


「いい感じだな――今までで、一番楽しいかもしれない」


 俺は素直な感想を話した。


「へぇ、そりゃよかった」


 オグルスはどこか嬉しそうにはん、と笑って言った。


「ただ……ちょっと気になるメンバーが居てなぁ。例の俺のギフトのデメリットを打ち消せるギフトを持ってる女性で……名前はミレイル・セラフっていう人なんだが」


 時々見せる、悲しそうな顔。


 別に、人なら誰しも悲しむことはある。

 それは普通なのだが……そのタイミングが、俺には少し奇妙に感じているのだ。


「ふん? もしかして惚気か?」

「ち、ちげぇよ!」


 オグルスの言葉に、あの屈託のない笑顔を浮かべるミレイルさんが俺の脳裏に浮かぶ。


 い、いやいや、そうじゃなくてだな。


「ま、まあ……なんというか、隠してることがあるように見えてな」


 俺は気を取り直してそう聞き返す。


「へぇ、そうなのか?」

「普段は明るくてよく笑うんだが……時々、変なんだよな。たまに悲しそうな顔を浮かべるというか」

「んなもん普通じゃねぇか。やっぱ惚れてるから変に見えんじゃねぇのか?」

「違うって言ってるだろ! 言われると意識するからやめろ!」


 俺は椅子から立ち上がって叫んだ。


 言われてみれば、めちゃくちゃいい人だし、俺はあの人のギフトに助けてもらってるし……


「くっくっく、なら面白いからもっと言ってやる」


 心底面白そうに笑いながら話すオグルスに、俺は何を言っても変な返答が帰ってくるだけだろうと考えて、嘆息してから椅子に座った。


 クソッ、オグルスのせいで余計な考え事が増えたじゃねぇか!

 いつか絶対仕返ししてやる……と心の中で決意を固めながらも、俺は話を進めることにした。


「……あれだよ、なんでもない言葉とか、本当は楽しむような時にそういう風になるんだ」

「ふぅん……」


 そう言ってオグルスは考え込んだ。


「何か分かるか?」

「いや、全然。つか、そもそも情報が少なすぎだな!」


 俺が訊くと、オグルスは『はっはっは』と快活に笑ってからそう返した。


「そ、そうか。まあそれはそうだな」


 俺はその正論に思わずそう言った。

 別に彼は俺と違ってミレイルさんと会ったこともないわけだし、よく考えてみれば当然だった。


「それに、俺はそういうのが分からんからずっと鍛冶場にこもってるんだ。俺に聞くな」


 続けて、オグルスはピシャリと言い放った。


「でも、あんただって気遣いもできるだろ?」

「俺の気遣いは、誰かの邪魔をしないことだけだ。それ以上でも以下でもない」


 オグルスはどこか自嘲気味に言った。

 過去に、何かあったのだろうか。


 そういった話は、あまり聞かない。

 少し気になるが……聞いてよいのかが分からないうちは、触れないのが一番良いだろう。

 その点で言うと、俺もオグルスとそう大差ないのかもしれない。


「……そうか、それはすまんな」


 俺は謝罪を述べた。


「いいさ。ほらよ、研ぐだけだからすぐ終わったぜ」

「助かる」


 オグルスは、今度は戦斧せんぷをしっかりと手渡して渡した。


「それじゃ、ありがとな」

「おうよ」


 ◇


 鍛冶屋から出ると、もう日が沈んでおり、空は暗い色に染まっていた。


 まだランタンや松明の光が家屋から覗く街の中を歩いていく。

 協会からの報酬は明日出るだろうし、今日はもう寝てしまっても良いだろうか?


 ガヤガヤと騒がしい街の中、俺の視界の端には教会が映りこんだ。

 俺の人生の分岐点とも言える場所は、やはり目に留まってしまう。


 しかし、少し奇妙なのが、中から騒がしい声が聞こえてきたことだ。

 教会の中が騒がしいことは少ない。


 俺は不思議に思って、中を覗いた。


「――言っているのだ? そんな――何度も――必要ない」


 ベルスさんらしき人物と、神官姿の人物が何かを言い合っていた。


「ですから! 私だって知りません! ――上がやれと――取ってください――」

「はぁ……そう――いいだろう」

「――ります」


 辛うじて聞き取れる言葉と、隙間から見える様子から、何か革製の封筒らしきものを受け渡しているのが見えた。

 何だろうか?


「それでは――」


 そう言って神官がこちらを見そうになったのを見て、俺は急いで帰路に戻った。


 ~あとがき~


 P.S.オグルスさん、状況リセットと説明に便利すぎる。ありがとうオグルス。フォーエバーオグルス。ついでにキャラも好きだしデイスとの掛け合いも尊すぎる。ありがと(ry


 P.S.S.ちなみに、数日ほど前に服の洗浄に関する話を有料近況ノートにて公開しています。有料な理由としては、人によっては冷めるような内容を書いているからですね……果たして、ギフトをくださるような聖人はいらっしゃるのでしょうか。ちなみに一応ちょっと情報を漏らしますと、大体みんな服は綺麗です。大丈夫ですよ。

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