第30話:ちょっとだけキャンプ
「さてと――じゃあこれ、どうする?」
俺は目の前の大きな亀の死体を眺めながら、そう言った。
「一旦、水晶は持ってけるだけ持ってこうぜ。もったいねぇ」
確かに、これだけの量を放置するのは勿体ないだろう。
どういう基準なのかは定かではないが、魔物の死体は無機物だろうとなんだろうと、時間が経てば吸収される。
もちろん、これだけ巨大であればその分時間は掛かるらしいが、一週間も経てばなくなってしまうだろう。
「ですね。デイスさんが砕いたヤツも少しありますし、それを持っていきましょう」
次にレイラルがそう提案した。
あれを入れられるだけ入れるのは、確かに悪くないな。
そうしよう、と俺が言おうとしたとき、ライツが発言した。
「あとは――肉も食ってこうぜ!」
「えぇ? 今ここでですか?」
その言葉に、レイラルが疑問を呈した。
「そうだが? ま、コイツが美味いのか不味いのかも分からんけどな! でも、食べてみないと分からんだろ?」
「まあそうですけど……というかライツさん。今回の戦い方は流石に酷すぎです。どうしてあんなに突っ込んでいくんですか?」
面白そうに笑いながら言うライツに、レイラルが詰め寄った。
「……そうだな、確かコイツは、死んだ両親が勝てなかったかもしれない魔物だったんだ。だから、俺なら倒せるって証明したかっただけだ」
ライツは、それにそっぽを向いてそう答えた。
「あ、あれ? そうですか……」
少し予想外の返答だったのか、たじろぐレイラル。
「……そうですね、それじゃあその辺りのお話も気になりますし、話すついでに食べちゃいましょうか! 味も気になりますしね!」
少し気まずくなった雰囲気を吹き飛ばすように、ミレイルさんが笑顔でみんなにそう提案した。
「それもそうだな。そうしよう」
◇
少し探したらちょうどいい石があったので、それを落ちていた水晶で少し削ってから小さな水晶の台の上に乗せ、レイラルが火を起こした。
魔法の火はすぐに消えるイメージがあったのだが、魔法によっては長く残るし、近くで制御していればさらに寿命を伸ばすこともできるらしい。
まあこういう出先で料理する予定があるなら、火を出せる魔道具を持ってくるのが一番賢いのだが、今回は突発的だったしな。
「じゃあとっとと焼いちまうか」
ライツが言って、ステーキ状に切り取ったグラロックタートルの肉を布で持って、いくつか石の上に乗せた。
ちなみに、この肉は多少血を抜いたりレイラルが作った水で洗ったり……と他にも軽い処理をしていた。
一応、安全は確認しているようだ。
まあ、魔物には寄生虫が比較的少ないから安全ではあるのだが、もちろん警戒は大事だ。
ジュー、と良い音と匂いを出しながら、肉が焼ける。
「……なんだか、案外美味しそうな匂いがしますね」
ミレイルさんがゴクリと喉を鳴らした。
俺も同じ感想だ。
あの見た目よりは随分おいしそうな匂いがする
それに、やっぱり自分で狩った魔物を食べるのは、いつもよりも美味しく感じるものだ。
「案外いけそうだな。ついでに塩も持ってきてるし、これ振って食おうぜ。まあ大した味付けじゃないが、不味くないだろ」
ライツは木製の何かの容器の蓋を開け、それを肉の上で揺らした。
塩らしきそれは、肉の上に振りかかっていく。
――そうしてしばらくしていると、どうやら肉が焼けたらしい。
ライツは裏表と確認して『よし』と小さく言った。
「じゃ、誰か食べるか? つかフォーク持ってないよな? 俺の使ってくれ」
ライツは自前のものらしい木製のフォークを取り出して言った。
「用意周到だな……」
「あ、じゃあ私食べたいです!」
と、レイラルが名乗りを上げた。
「ほら」
「ありがとうございます……あむ――んー、硬ひですね」
レイラルはフォークを受け取って、それの端っこを噛みちぎって食べた。
「やっぱり硬いでふが、割と美味ひいですね――んぐっ、亀肉って不味そうなイメージでしたが、案外行けます」
レイラルが肉を頬張りながら言っていた。
「食べてから喋れよ……」
俺は呆れてそう言った。
「……まあでも、確かに美味そうとは思わなかったな。それにしても匂いの通りやっぱ美味いか、次俺いいか?」
「おうよ、二枚目も焼けてるぜ。フォークは二本ある」
俺が訊くと、ライツが近くに置いたバッグの中からフォークを取り出して答えた。
「本当に用意周到だな……まあでも、助かる」
俺は言ってから、フォークを受け取って食べる。
しかし、噛んでいるうちに柔らかい部分が当たった。プルンとした食感のするその部分は、硬い肉の部分と混ざってちょうど良いバランスになっているような気がする。
硬い肉の部分は、どこか鶏肉のような味がする。
うん、確かに美味いな。
「美味しそうに食べますね……私の分ありますか?」
「おうよ。でもレイラルがフォーク使ってるからな。待て」
「ひょっと待ってくらはい」
レイラルは肉を頬張りながらも特に表情を変えないまま、ミレイルさんにそう言った。
「ゆ、ゆっくり食べてくださいね?」
そんなレイラルの様子に、ミレイルさんは困惑気味で返した。
しばらくすると、レイラルも食べ終わり、ミレイルさんにフォークが回った。
「もぐもぐ……うん、確かに美味しいですね! みんなで倒したから、それで味に補正が掛かっているのもあるかもしれませんが、美味しいです」
ミレイルさんは楽しそうに笑ってそう言った。
「そりゃ何よりだ。あとは――もうちょい焼くか」
ライツはそう言って既に切り取っていたステーキ状の肉を石に乗せた。
「というか、ミレイルさんの回復はやっぱり凄いですね。今までちょっとした回復しかしませんでしたが、その場で骨折まで治せてしまうとは……」
すると、レイラルが先ほどの戦闘の話を始めた。
「骨折してたのか?」
「まあ、体感あばら一、二本くらいだがな。我慢すれば問題なく戦える範囲だった」
「それが一瞬で治るのか」
俺は顎に手を当て、そう呟いた。
「まあそうですね。恩寵のおかげですが、回復魔法は得意ですから」
「いやいや、あのレベルはギフトだけじゃあたどり着けんだろうに。すげぇぜ?」
謙遜するミレイルさんに、ライツが言った。
「……そうでしょうか」
少しふっとどこか悲しそうな笑みを浮かべ、ミレイルさんは言った。
「――そういえば、ライツさんはグラロックタートルが両親の倒せなかった魔物だって言ってましたが、その個体も水晶が生えていたんですか?」
と、ミレイルさんは表情を戻して、切り替えるようにして話を切り出した。
そういえば、ミレイルさんは両親がどうこうみたいな部分も気になるなんて言っていたな。
「いや、別に。ただグラロックタートル自体、両親が倒せなかったかもしれない魔物だってのは事実だ。あくまで『かもしれない』だがな」
「そうなんですね……それじゃあ、倒せてよかったですね」
「おうよ、死んだ両親の
「――えっ両親死んでるんですか? 初耳なんですが?」
それを聞いたレイラルが、酷く驚いた様子で詰め寄る。
俺も少し驚いたな。
……しかし、確かに思い返してみればそんな言い振りだったかもしれない。
ミレイルさんは、特に表情を変えた様子もなく、予想通りだったらしい。
もしかすると、分かっていたから話をしようとしていたのだろうか?
「ああ、そういや言ってなかったな。俺の両親は冒険者で、冒険に行ったまま死んじまったんだよ」
「そ、そんな過去が……すいません、聞いてしまって」
レイラルは少したじろいでそう言った。
「いいってことよ。俺も別に気にしてるわけじゃねぇからよ。まあ俺を一人にして行き倒れさせた親父みたいにはならないって誓ってるけどな!」
ライツはそう言って笑った。
「……それが原因で、普段の無鉄砲な行動と今回の特攻が起きてしまったんですか? ――ああいえ、責める気はないんです。ただ、少し気になりまして。やっぱり、実害が出てしまうことに関しては、しっかり話しておいた方がいいんじゃないかと思いまして」
ミレイルさんはジュージューと音を立てる肉を眺めながら、静かにそう訊いた。
「……どうだろうな。俺は考えたことがねぇ。考えられねぇし、考えるのも面倒くせぇ。だから俺は、俺が思うままに動いてるだけだ」
ライツは、少し自嘲気味に笑いながら言った。
「――そうなんですね。それじゃあしょうがないですね。結局みんな問題を抱えてるわけです。なら、お互いにそこをフォローしあって、仲間として戦えるのが一番いいでしょうから」
ミレイルさんは、真剣な表情を崩して、ふっと笑ってそう言った。
「……そうか、まあそうだな。いつも無鉄砲な俺だが、まあよろしくやってくれると助かるぜ」
ライツは少し表情を緩めて、みんなに言った。
「もちろんだ。ミレイルさんの言う通り、みんな問題児ばっかだ。結局、ここじゃないと生きられないんじゃないか?」
俺は少し自嘲気味に笑って言った。
「ですです。仲良くしましょう、問題児同士」
レイラルが皮肉っぽく笑いながら俺に続いた。
「――そうか、そりゃ助かるぜ」
ライツはいつものように笑ってそう言った。
「それじゃあ、両親の倒せなかった魔物を見つけた時は、ちゃんと協力して倒しましょう! ライツさんの目標なんですよね?」
ミレイルさんがふんす、と気合を入れる。
「ああいや、正確には違ってな――俺の目標は、最高の冒険者になる、だ。両親は叶えられなかった。それどころか、俺を置いておっちんじまった――だから、俺が最高の冒険者になる。それが俺の夢で、目標だ」
「あ、違うんですね……すいません」
そう返すライツに、ミレイルさんは少し慌てた様子で謝った。
それに対し、ライツは気にすることはないと言った様子で手をひらひらさせた。
「……なんだか、陳腐ですね」
そして、レイラルがライツのその夢に対して冷静に感想を述べた。
「うるせぇ、ガキのテメェが言うな」
ライツもちょっと恥ずかしくなってきたのか、ムキになってそう返した。
「ガキとはなんですか!」
「……まあでも、最高の冒険者ってのも悪くないかもな。『最強』じゃなくて『最高』。今まで最底辺、は言い過ぎかもしれないが、悪い扱いを受けてきた。そこからの成り上がり逆転劇、みたいなよ」
反論するレイラルをよそに、俺はそう言った。
陳腐でよくある夢、と言ったら悪いが、陳腐であれなんであれ、それがライツの立派な夢なのだろう。
それに『最強』ではなく『最高』だ。
そういうのは、嫌いじゃない。
「――言うじゃねぇか。それじゃ、やってくれるか?」
「まあ、やってやるさ。一度パーティーを組んじまって、さらにここまで来たんだ。行くとこまで行こうぜ」
「そうだな」
ライツは二ッと笑って拳を突き出してきた。
俺も、それに拳を合わせてグータッチをした。
「……なんだか男同士の熱い友情的なアレやってますよ、ミレイルさん」
それを見ていたレイラルが、俺たち側に手でガードを作りながら、ミレイルさんに小声で言った。
全部聞こえてるぞ。
「そ、そうですね……?」
その様子に、困惑気味で返すミレイルさん。
「おい、別にいいだろ⁉」
「いやぁ、なんだか面白いなぁと」
少し恥ずかしそうに叫ぶライツに、レイラルはニヤニヤと笑って詰め寄った。
「何も面白くねぇよ!」
「ちゃんと面白いですよ」
「……ふふっ、なんだか二人はいつも通りですね」
「ああ、俺もそう思う。やっぱ仲いいよな?」
面白そうに笑うミレイルさんに俺は同意する。
二人を見ていると、俺は少し茶化しても面白いかと思ってしまったのだ。
「ですね、間違いありません」
ミレイルさんも確信を持ってそう返した。
「仲は良くないです!」
「仲は良くねぇ!」
二人の声が重なった。
「ほらやっぱり」
その様子を見て、ミレイルさんはくすくすと面白そうに笑った。
~あとがき~
肉を頬張る、レイラル(激ウマ韻踏み)
……あーっ! 石を投げるのはおやめくださいお客様!
ちなみに、洞窟内でたき火は危ないだろ、という話があるのですが、当然まだ二酸化炭素の概念が浸透していないので、冒険者は基本「洞窟内で長い間たき火はなんか知らんがマズい」ぐらいの認識で、少しならエエやろという精神です。
実際、ダンジョン内の換気機能も存在するので、天井が高めの部屋で少し肉を焼いて食べるくらいなら全く問題ない範囲内です。
ところで、蒼天の四翼メンバーの会話がてぇてぇ&面白すぎて作者が一番困ってます。
……え? 別に大して面白くないって?
頑張ります……
P.S.投稿遅くなって申し訳ないです。ちなみに今回は本当に追記してます。(執筆日5/11、追記日5/14)
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