第29話:グラロックタートル、討伐

「さぁて、第二ラウンドか?」


 好戦的な笑みを浮かべたライツが剣を肩に乗せ、そう言った。


「少しは慎重という言葉を覚えてください……」


 呆れた様子のミレイルさんがライツに言った。


「それにしても、魔法の攻防が凄いですね……グラロックタートルってこんなに魔法が強いんですか」


 レイラルが顎に手を当て、そう言った。


「だな――それとレイラル、お前あの爆発瓶持ってたよな?」


 爆発瓶、というとライツは色々小道具を買っていたのだが、それのうちの一つだ。

 爆発する魔法の液体らしく、割りやすいようにガラスの容器に入れられている。


 ガラスが割れて、中身に強い衝撃が与えられると爆発するんだとか。

 危ないと思ったのだが、瓶が割れない限りは安全だそうだ。


 ライツがとある錬金術屋で買っていて、その時は正直何に使うか分からなかったのだが、今使うようだ。


「ええ、今はバッグの中ですが……何に使うんですか?」

「ちょっと試したいことがある。あの背中の水晶ぶち割ってもいいか?」


 ライツは、グラロックタートルの背中を指差してそう言った。


「背中の水晶、ですか? 確かに水晶がついている魔物は背中の水晶が弱点であることもありますが……確定ではありませんよ?」


 レイラルは少し考え込んでから、心配そうな表情で返す。


「試してみねぇと分かんねぇだろ? それに、アイツが魔法を発動してる時に、水晶が光ってる。つまり、あそこには魔力を溜めてんじゃねぇのか? 少なくとも、弱体化はするだろ」


 と、ライツはそう返した。

 なるほど、俺は注視していなかったが、記憶を掘り返してみると、確かに魔法発動の際に光っていたような気もする。

 ライツはそこに目を付けたのだろう。


「水晶が光って……? なるほど、光っていたんですね。私は気づけませんでしたが、それは多分私は魔力が少し見えるので、それに隠れてしまっていたんでしょう。であれば、確かに良いかもしれません」


 レイラルは冷静に分析しながら、そう言った。


「だろ?」

「それじゃあ今瓶を持ってきます」

「あいつは俺が見ておく。幸い今は相手も仕掛ける気はないようだし、いいだろう」


 俺は未だ立ち尽くしているグラロックタートルを視界の中心に捉えながら言った。

 俺が斬りつけた足からは依然として血が流れており、回復といったところだろうか。


 まあ、こっちにはヒーラーが居るのだからその行動は悪手なのだがな。


「分かりました」


 レイラルは後ろに戻って瓶を取りに行った。


「――そうだデイスさん、その傷も治療しておきますね。聖なる力で癒やし給え『キュア』」


 すると、ミレイルさんが俺にそう声を掛けると、俺の腕を緑の光が傷を包み、瞬く間に癒える。


「助かる」

「止血はできますが、なくなった血は元に戻らないので、注意してください。今回は出血量が少し多いように見えますから。怪我をしすぎると大変です」

「そうだったのか。分かった」


 俺たちがそんな会話をしている間にレイラルは瓶を取って来て、それをライツに渡した。


「どうせ亀野郎の脳ミソじゃ俺らが何企んでるかも分からんだろ。それじゃあ――行くぜっ!」


 ライツはそう言うと、一人で駆け出してしまった。


「っておい! また一人で――ああもう、分かった。レイラル、特大の魔法をアイツの別の足の方に頼む。俺はライツの援護に向かってから、魔法と同時に攻撃を仕掛ける。頼んだぞ」


 どうにかこの短い時間で考えた作戦をレイラルに伝えた。


「りょ、了解です! 大地を焦がさんと燃え盛る、蒼く輝く聖炎よ――」


 俺はそれを確認した後、駆け出したライツの方に向かう。


「もう一本!」


 ライツは相手から少し離れた位置に立っていた。


 最初にも投げていた縄らしきものを、そう叫びながら相手の足元に巻きつける。

 相手はそれに気づいて振り払おうとするが、既に縄は巻き付いて剥がれないようだ。


 それを見て、俺は縄のない方の足に向かう。


「炎よ、我が呼びかけに応じて対象を燃やし尽くせ! ――」

「食らえっ!」


 ライツの詠唱を聞きながら、俺は目の前にある相手の足を斬りつけた。


「『フレアアップ!』」


 それとほぼ同時、ライツの魔法も発動する。


「グゥオオオォ!」


 勢いよく叫び、少しのけぞるグラロックタートル。


「これでも食っとくんだなっ!」


 その背中の水晶に向かって、ライツは爆発瓶を投げつけた。


 さらに同時、炎の光線が後方から放たれた。


 少しの青い光を纏った熱戦は、空気を焼きながら突き進んだ。

 そして、グラロックタートルの足元に命中し、貫通した。


「グオオォォ⁉」


 驚きの混じった、より一層強い咆哮が響く。


 一瞬外れてしまうかとも思ったが、ライツが投げた爆発瓶は、背中の水晶にしっかりと命中した。


 瓶は砕け、爆発が起こる。

 一瞬経ってから、こちらに風が到達し、吹き荒れる。


「グオォ!」


 水晶が砕けただけのはずだが、相手は驚き、苦痛の声を上げた。

 どうやら、効果はあったようだ。


「おっしゃ、やっぱ効果あんじゃねぇか!」


 そう言ってガッツポーズをするライツ。


「――デイス! アイツの背中に飛び乗って、そこの水晶全部砕けるか!?」


 すると、ライツはこちら側に向かってそう叫んだ。

 随分無茶な注文をするな。

 しかし――


「しょうがないな、やってやるよ!」


 狂化状態の俺なら、できないことではない。


「頼んだぜ!」

「それと! 俺はしっかり連携してるんだ、ライツも頼むぜ!」


 俺はライツにそう言って釘を刺した。


「――おうよ!」


 ライツは一瞬経ってから、ニッと笑ってそう返事をした。

 全く、分かってるんだかないんだか。


 ともかく、俺はその返事を聞いてから空に跳んだ。

 未だのけぞっているグラロックタートルの背中、その甲羅の上に飛び乗る。


 少しグラつくが、甲羅に手をついてどうにか姿勢を制御する。


「グゥォォ!」


 咆哮が響き、甲羅越しに岩の柱が放たれているのが見える。

 それらは、レイラルとミレイルさんの方にも向けられているようだ。


「レイラル!」


 俺は叫ぶが、おそらくその声は届いていないだろう。


 しかし、レイラルは何の魔法を発動したか、二人のもとに飛翔した無数の柱は、少しすると速度を失い、全て地面に落ちていった。

 風の魔法だろうか?


「――心配無用か」


 俺は呟いてから、水晶に向き直る。

 これを壊したら、どうなるか?


 やってみないと分からないだろう。

 

 ――とりあえず、斧をまた欠けさせることをオグルスに謝りながら、俺は戦斧せんぷを振り抜いた。


 パリン、と小気味良い音を立てて水晶が割れる。

 割れた水晶の上部分が、ゴトリと甲羅の上に落ちる。


 割れた破片が俺の肌を撫で、若干痛みが走るが、狂化のおかげもあって大した問題にはならない。


「グゥオォォ!」


 同時、甲羅が大きく揺れた。


 さらに、周りの水晶が光り、甲羅から次々と岩の柱が突きあがってくる。


「うぉっと! ――でも、効いてるみたいだな!」


 俺は揺れる甲羅の上で姿勢制御をしながら、岩の柱がこちらに来る前に水晶に飛び乗った。


 水晶にしがみつき、岩の柱を避けてから、さらに移動して安全な場所まで戻る。

 さらにそのまま目の前にある水晶を割り、反撃が来る前に三つ四つと割っていく。


「グゥゥオォォ‼」


 相手はさらに苦悶の声を上げ、甲羅の揺れも酷くなってくる。


 攻撃も段々と激しくなってきているが、俺の姿が見えていないからなのか、依然として甲羅から岩の柱を出すという単調な攻撃を繰り返していた。

 と言っても、揺れる甲羅の上で姿勢を制御しながら水晶に飛び乗るのは難しく、岩の柱の攻撃が掠ってしまう。

 ただ、狂化のおかげもあって大したダメージではない。


「くっ……!」


 俺はどうにか水晶にしがみつく。


 それと同時、レイラルの居る方角から魔力が膨れ上がった。

 洞窟内に光がもたらされ、水晶によってそれが反射される。


 それを甲羅越しに見ると、まるで炎の塊のようだった。

 黒と白、オレンジと赤の混ざった炎の塊。


 グラロックタートルの方に飛来し――その開いた口の中に勢いよく入り込んだ。


 一瞬経って、爆音。


 同時に、振動が俺の体の奥底に響き、洞窟内を揺らす。


「うおぉっ!」

「ぐ、グゥオォ……」


 それと同時に、弱ったようなグラロックタートルの声が聞こえた。

 しばらくすると、その体は制御を失い、地面にズドンと倒れ込んだ。


 さらにそれと同時に俺の体にも衝撃が走り、若干姿勢を崩し、座り込んでしまう。


「――倒した、みたいだな」


 俺は立ち上がってから、しばらくしても動き出さないことを確認してから、そう呟いた。


「よっと」


 そうしてから、甲羅の上から降りる。

 グラロックタートルの足は完全に地面にへたり込んでおり、甲羅と地面がかなり近くなっていたため、簡単に降りることができた。


 周りをキョロキョロと見渡すと、少し遠くの方でちらに向かって親指を立てているライツと、遠くから俺たち二人に向かって手を振っているミレイルさんとレイラルが居た。


 そんな三人に対して、俺も笑って親指を立てた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る