第28話:巨大亀

「グゥオオオォォ」


 低く、唸るような声が俺たちの体の奥底に響くように聞こえてきた。


 その声の方向を見てみると、そこには先ほどまではいなかったはずの、巨大な亀が立ち上がろうとしていた。

 洞窟の壁の色と同じ甲羅に、一部魔水晶が引っ付いている。


 巨体でガリガリと洞窟の壁の一部を削りながら、その黒色の瞳をこちらに向けた。


「グゥオォォォォ!」


 咆哮が響く。


「おいおい……なんだあのデカい亀は!」


 向こうのパーティーの猫獣人が、顔を青ざめさせながら言った。


「あれ、多分グラロックタートル……?」


 エルフが幾分か冷静にも見える様子で呟いた。


「とりあえず、逃げよう!」


 同時に、他のメンバーに号令を掛けた。


「おうお前ら! ソイツ頼んだぜ!」


 最初に話していた狼獣人が笑いながら去っていった。


「はっ⁉ こんのクソ野郎……!」


 ライツが忌々し気に引き留めようとするが、当のグラロックタートルらしき魔物は既にこちらに狙いを定めている。

 逃げられるかもしれないが――その場合、ダンジョンがどうなるか分からない。

 ダンジョンの性質上、完全に洞窟が壊れることは考えにくいが、多少崩落する可能性は十分にある。それでもし通路が塞がれでもしたら本末転倒だ。


 ――それに、俺たちならやれるんじゃないか。そう思う俺も居た。


「聖なる心の安らぎを『ソウルセレニティ』。デイスさん、狂化を使ってください!」


 そんな思考をよそに、ミレイルさんがそう言った。


「分かった」


 俺も狂化を発動する。


 それと同時、相手の頭の周りに岩が生成され、浮かぶ。


「攻撃が来るぞ!」


 俺が叫ぶと、三人は相手を見て構える。


 数秒もすると、それらはこちらの方へと飛んできた。


 高速で飛翔するそれだが――見極められない速度ではない。


「全く、囮にしやがってよ!」


 ライツはそういいつつ、飛来する岩を見極めていた。


「しょうがない、戦うしかないだ――ろっ!」


 俺はそう言いながら、自分たちの近くに落ちそうな一つの岩を斬った。

 それは切断の勢いで左右に別れ、とりあえず仲間には当たらない軌道へと変化した。


 案外、狙いが良いわけではないらしい。


「おお、助かったぜ」


 ライツが軽く感謝の言葉を述べる。


 そう言うと同時に、ライツは素早く後方に下がってから、そっちの方に荷物を置いてきたようだ。


 ミレイルさんとレイラルの二人も、荷物は置いてきたらしい。


「――グラロックタートル、か。いいじゃねぇか、とっととやっちまおうぜ」


 ライツはもう一度グラロックタートルに向き直ると、いつもよりも真剣な表情を浮かべてそう言った。


「皆さん、先に身体強化もやりますね――神の祝福をその身に宿し、力強き肉体を作り出さん『ホーリーオーラ』」


 ミレイルさんはそう言って魔法を発動する。


「確かにグラロックタートルのはずです――そして、相手は白金級の魔物です。基本は先ほどのような岩魔法が主体だったはずです。ですが、今回のは普通の個体と背中に水晶が生えているのでそこがよく……ってライツさん⁉」


 レイラルが解説をしている間に、ライツがグラロックタートルの方へと突っ込んで言っていた。


「おいライツ! 一人で突っ込むのはやめろ!」

「亀野郎!」


 ライツが叫ぶと、グラロックタートルの黄色い目がぎょろりと動く。


 同時に、グラロックタートルの周囲から岩の柱が数本生え、ライツの周りに落ちていく。

 ライツはそれを見てしっかりと躱しながら、グラロックタートルの足元にスライディングで入り込んでいった。


 同時に足元に縄を投げると、それはまるで生きているかのようにグラロックタートルの足元に巻き付く。

 ライツはぐっとその縄を引くが、グラロックタートルの巨体が動く様子はなかった。


 しかし――


「炎よ、我が呼びかけに応じて対象を燃やし尽くせッ! 『フレアアァップ』!」


 声と共にボッと縄全体に一瞬で火が回り、ライツはそれを手放した。


「グォォォォ」


 低い唸り声が辺りに響き、縄が巻き付けられた足が宙に浮く。


 同時に、ライツは別の足へと攻撃に向かう。


「ど、どこに援護すれば……」


 レイラルはライツの動きに大して困惑しているようだ。


「他の足……いやそれで予想外の動きになったら……」

「おいライツ! ――ああもう!」


 俺は観念して、ライツの援護をすることにした。

 狂化を発動し、地を蹴る。


 瞬間、グラロックタートルの瞳がこちらに向いた。

 同時に浮いた足が振り下ろされ、大きな地響きが起こる。


 さらに、俺の周囲の地面から柱が生えていた。


 ――これは、俺の足元にも!


 そう考え、咄嗟に横に勢い良く飛ぶ。


 俺が居た場所には、何本もの岩の柱が生えていた。

 流石に、まともに当たったらただでは済まなかっただろう。


 同時に、ライツの方にも目を向ける。

 足の周りに張り付いて攻撃しているようだが、相手の体の周りには岩の柱が生成され、それらが上から降ってきており、悪戦苦闘しているようだった。


「ライツ!」


 俺は呼んで、そちらの方に一気に飛んでいく。


 ライツはちらりとこちらを見てから、もう一度攻撃を再開した。

 グラロックタートルの足は、一応少し動いてはいるものの、大きく動かす様子はなかった。


 俺はライツを囮にするような形で、思いっきりその足に斬りつけた。


「――ハァッ!」


 戦斧の重い一撃がほとばしり、赤い鮮血が迸る。

 流石に切断、とまではいかないが良い一撃が入った。


「グゥゥオオォォ!」

「痛そうだなっ!」


 同時、大きな咆哮が体の奥に響く。

 そして、足が動いた。


 宙に浮いたその足は、こちら側に迫って来ていた。


「危ねっ!」


 俺は急いで横に飛び、転がって避ける。


「ぐあっ!」


 しかし、ライツはよけ切れなかったようだった。


「ライツ!」


 ライツはレイラルとミレイルさんの二人が居る方向へと勢いよく飛ばされていく。

 何度か地面に当たり、地面を転がっていく。


 幸い、飛ばされた方向にはミレイルさんが居る、死なないように治療はできるだろうが――戦闘復帰はできるだろうか?


 しかし、俺はそんなことを考えている暇はない。

 再度グラロックタートルは足を振りかざし、こちらへと向けてくる。


 先ほどまでの慣性があるから、まだ避けられる。

 俺は横に跳んでそれを避けた。


 そして、目の前を通り過ぎていく足に追従するように、戦斧を横なぎに振る。


「グゥオォォ!」


 どこまで入ったか正確には分からないが、ダメージは入ったはずだ。

 斬った二か所からは、血がダラダラと垂れている。


 同時、俺の頭上から岩が振り、地面から岩の壁がせり立った。


「――まずいな!」


 俺はまず上から振る岩を避けながら、壁に穴が空いていないか探した。

 しかし、どこにも穴はなさそうだ。

 じゃあ上から飛んで逃げないと――

 

 ――と、その時。

 轟音と爆炎と共に、目の前の壁が砕け散った。

 風が吹き荒れるが、ともかく脱出口ができたようだ。


 炎と煙の残るその場所に向かう。


 俺の速度にはついてこれないのか、どうにかそこから抜け出すことに成功。

 一度体勢を整えるために、一度俺は退くことにした。


 ――途端、俺の腕がじんと熱くなる。

 いや、その熱さは俺の痛覚が生み出したものだった。


「――いつっ!」


 少し遅れて、痛みが出る。

 しかし、考えるよりも先に俺は走る。


 カツンカツン、と少し後方の地面に、何回か何かが落ちる音がした。

 チラリとそちらを見ると、それは小さな岩の釘のようなものだった。


 俺はそれを無視して、グラロックタートルに向き直る。

 少し距離を取った今、あちらはただこちらを見つめるだけで何もしてこなかった。

 様子見だろう。


 俺はグラロックタートルに向き直ったまま、一度仲間の方まで下がる。


 腕を見ると、そこには岩の釘が刺さっていた。

 他の落ちているそれを見る限り、返しがついている様子はない。

 そのままそれを持って勢いよく引っこ抜く。


「ぐっ……」


 ――さて、勝てるかも、なんて思っていたが、どうやら見通しが甘かったようだ。

 そう簡単には、行かせてもらえそうにない。


 後ろの方をちらりと見てみると、ライツの治療は終わっているようだった。

 口の端に血を垂らしながらも、余裕の表情だ。

 戦闘に戻れるかどうかの心配は必要なさそうだ。


「レイラル、助かった」


 俺はグラロックタートルの方を向きながらも、後ろをチラリと見てレイラルに礼を言った


「いえ、仲間ですから」


 レイラルは得意げにニヤリと笑ってそう返した。


「……でも、壁の裏にデイスさんが居たら危なかったですからね?」

「わ、分かってますって……」


 ……ま、まあ仲間が見えない状況で魔法を撃つのが危ないのは事実だが、助かったは助かったのだからいいだろう。


「さぁて、第二ラウンドか?」


 好戦的な笑みを浮かべたライツが剣を肩に乗せ、そう言った。

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