第26話:魔水晶エリア

「――へぇ、これが魔水晶エリアか」


 先に曲がり角のところに居たライツがそう言った。


「お、ここが目的地なのか?」


 俺もそう言って、そちらの方へ目を向けた――


 そこにあったのは、輝く水晶の生える洞窟だった。

 天井は先ほどの通路よりは少し高くなっていて、横幅も部屋といっていい広さだ。


 道の脇には淡く紫色に光る水晶が生えていた。

 また、天井の方には少し青い色をした小さめの水晶が生えている。


 あれらが魔水晶だろう。


 しかし、先ほどの通路よりも明かりが少ない。

 この辺りには松明が設置されていないらしい。


 どれほど魔物がいるのかは定かではないが、新天地な以上警戒は必須だ。


 人工物は、あまり見えない。

 しかし、地面の脇には鉄製の鎖が置かれており、人工物もないわけではないらしい。

 ……ダンジョンが人間のそれを模倣して生成したものだろうから、人工物と言っていいのかは分からないが。


「おー、これは綺麗な洞窟ですね」


 ミレイルさんが物珍しそうに言った。


「……そうですねぇ、これほど多いものはあまり見ないでしょう」


 レイラルが周りを興味深そうに観察しながら言った。


「よし、じゃあ行くか。気を付けろよ、少し暗いからな」


 俺はそう号令し、戦斧を抜いてから歩み始めた。


「といっても、この辺は多分他のパーティーも通っただろうから――って何してんだ?」


 俺がそう言って後ろを振り返ると、魔水晶を眺めながら何かをブツブツ呟いているレイラルが居た。


「……大体濃度七十から八十パーセントくらいでしょうか。事前情報通り、そこそこ高濃度ですね。天井のは――」

「おーい?」

「はっ! な、なんでしょう?」


 俺が覗き込むと、ハッとした表情を浮かべてこちらを見た。


「いや、こっちが何か聞きたいが」

「いえ、少しこの魔水晶が気になりまして。色で大雑把な濃度が分かりますし、魔力自体の感知もなんかこう……感覚で分かるのである程度濃度が分かるんです」


 レイラルは難しそうに顔をしかめながら言った。

 感覚的なものだから、説明しにくいみたいな話なのだろう。


「感覚か……まあ分かった。でも、メインは探索だしほどほどにな」

「すいません、今行きます」


 俺が歩きだすと、レイラルも戻ってきた。


「本当に魔法が好きなんですねー」

「まあそうですね。昔から勉強は結構好きでした。こう……世界が解き明かされていくような感覚が最高なんです!」


 少し嬉しそうに笑いながら、レイラルはそう言った。


「それは私も少し分かりますね」


 ミレイルさんがふっと笑ってその言葉に同意した。


「レイラル、話すのもいいが、一応新天地だから気を付けろよ?」

「分かってますよ。ライツさんじゃあるまいし」

「なっ、何言いやがる!」

「だって、わざわざ死にに行くような真似をしているのはライツさんじゃないですか?」


 レイラルが皮肉っぽい笑みを浮かべながら言った。


「……まあ、確かにそれもそうだな」


 ライツはその返答に妙に納得したような様子で黙ってしまった。


「あ、あれ……?」


 レイラルはそれが予想外だったらしく、困惑している。

 それに、その返答は俺にとってもあまりらしくない返答にも聞こえた。


「……まあいいだろ、それじゃまず探知魔法できるか?」

「あ、それは無理ですね。探知魔法というのは、そのほとんどが生物の魔力を探知するタイプです。つまり、こういった魔力の塊である魔水晶だらけの場所では、ほぼ分かりません」

「そうだったのか……となると自分で索敵か」


 俺は少し考え込んでから言った。

 そういえば、随分昔にパーティーを組んでいた魔法使いも同じことを言っていた気がするな。


「そうです。気を付けてくださいね」

「分かってる」


 魔水晶で一部視界が遮られているし、警戒は強めよう。


「ツルハシでも持ってくりゃ良かったか? したら魔水晶もガンガン掘れただろ」

「今回はバッグが足りないでしょう? それに、現状勝手にそういうことをすると、協会の流通制御の目的が果たせません。つまり、協会から罰則がある可能性もあります」

「そうなのか、めんどくせぇな」


 二人がそう駄弁っているところ、俺は視界の隅に、奇妙な動く魔水晶を見つけた。


 ――いや、それは魔水晶ではない。


 俺は急いで戦斧を構える。

 構えたそれに向かって、水晶が跳び込んでくる。


「敵だ!」


 俺が叫ぶと、他の三人も構えを取る。


 敵の方に目を向けると、それは背中に水晶が生えた狼だった。

 ところどころグレーの斑点がついた赤色の毛並みに、赤色の瞳。


 そして、裏から二匹がゆっくりと出てくる。


「神の祝福をその身に宿し、力強き肉体を作り出さん『ホーリーオーラ』!」


 ミレイルさんが身体強化魔法を使った。


「冥界――いえ、手前の魔物に魔法を打ちます! 冥界の如く冷たき柱よ、貫け――『フロストランス』!」


 レイラルは一度詠唱をしようとするが、まずそう報告してから魔法を放った。

 同時に、氷の柱が一本飛んでいく。

 しかし、それはすんでのところで避けられてしまう。


「あーらよっと!」


 同時にライツが飛び出て、柱を避けた狼に斬りかかる。

 それは狼の体を捕らえ、致命傷を与えた。


「ウギャウ!」


 俺もそれを見て飛び出し、狼に戦斧を振り下ろす。

 避けられるが、そこまでは分かっている。


 横に斧を向け、もう一度振り抜く。

 狼の体は大きく裂けた。


「『フロストランス』!」


 俺が横に目を向けると同時、レイラルの無詠唱魔法が敵に向かって飛来した。

 それはライツの相対していた魔物に向かって飛翔し、狼はそれを避けようとするが、ライツに剣を叩きこまれた。


「そらっ!」

「ウギャッ!」


 致命傷を受けながらも、ライツを睨む狼。

 しかし、数秒もすると地面に倒れ込んで死んでしまった。


「よしゃ、終わりだな」

「ですね。それにしてもここには魔水晶を取り込んだクリスタルウルフがいるんですか……」


 レイラルが杖を下ろして言った。


「こいつらはクリスタルウルフって名前なのか」

「ええ、魔水晶に限らず、水晶の類がある場所に生息する生き物です。一応背中の水晶が弱点……だったような気がします」


 俺も似たような魔物は見たことがあるな。

 確か、その時は弱点は水晶だと言われたな。

 まあ同時に有用性があるからあまり割るなとも言われたが。

 ともかく、レイラルの情報は確かだろう。


 それにしても、凄い知識量だ。まるで歩く本棚だな。

 これで他パーティーから敬遠されているというのが――いや、普段の様子を見ると、パーティー内でめ事が起きてそうなってもおかしくはないか……


「へぇ……じゃあ、こいつらの水晶は貰ってくか。皮は……どうなんだ? 高いのか?」

「水晶以外の価値は……ちょっと分かりませんね」

「覚えてないか……まあしょうがないな。じゃあ置いてくか。今は探索だし、水晶だけにしよう」


 と、いうことで水晶はライツのナイフで肉ごとえぐり取って取ることにした。

 レイラルは『グロテスクだから私のバッグには入れないでくれると助かります……」なんて言っていたが。


 ともかく、それをバッグに入れても汚れないよう処理だけはして、持っていくことにした。

 魔物の死体は時間が経てばダンジョンに吸収されるから、残りは放置だ。


 ~あとがき~


 P.S.レイラルさん、色々と優秀すぎる。歩く図書館かよ。

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