第24話:準備と"手紙"

「レイラルと言ったか? 急ぐのは構わないが、ここは子供の多い孤児院だ。もっと気をつけるんだぞ」


 遊び場からは離れて、玄関前の部屋に俺たちは戻ってきていた。

 と、まあそこでベルスさんがレイラルを問い詰めているわけだ。


「す、すいませんでした……」


 申し訳なさげに何度も頭を下げるレイラル。


「……まあ、初めてだろうししょうがないところはあるだろう。以後気をつけてくれればいい」


 すると、ベルスさんは、威厳のある表情を崩して、ふっと笑った。

 彼も、あまり本気で怒ることは少ないタイプだ。


 ……といっても、何度もやれば当然怒るが。


「ありがとうございます……」

「それでは、私は仕事があるので失礼する。またな」


 そのまま、彼は向こうの道へと消えていった。

 多分、書類整理でもしているのだろう。奥には俺もあまりいったことがないから分からないが。


「それで、結局『指名依頼』ってなんのことなんですか?」

「あ、それがですね――」


 ◇


「――と、いうわけです」


 レイラルの話をまとめると、こうだった。


 まず、俺とミレイルさんが発見したダンジョンの新エリア、そこに一般の依頼者が、ダンジョンアイテムを求めて依頼を貼り、さらに様々な冒険者がそれを受けたり、または単純に度胸試しやアイテムの換金目当てでなだれ込んだ。


 ここまでは、新エリア発見から数週間のうちにはよく見る光景だ。


 そこで、問題なのが魔水晶エリアが発見されたことだった。

 魔水晶エリアは、ダンジョンに稀に存在する魔水晶が群生しているエリアだ。

 それが、今回のそれはかなり広いらしい。


 魔水晶とは、魔石の原材料となるものだ。それを採取し、加工すると魔石になる。

 魔石は、魔力を持った石の塊。

 魔道具と呼ばれる、魔法を用いた道具に使われたり、レイラルやミレイルさんが持っているような杖にも使われる素材だ。


 で、魔水晶は品質にも差異がある。

 今回見つかった魔水晶エリアのそれは、品質が高いらしい。


 だから、新エリアは一度封鎖し、さらに発見した俺たちを含めた信頼できるパーティーに依頼した、というわけらしい。

 理由はよく知らないが、レイラルは『協会は魔石の流通を管理したいのでしょう』なんて言っていた。


 報酬は金貨五枚が目安だ。

 調査依頼だから、出た成果によってその報酬はある程度変動する。

 他の依頼と比べると確かに高い。


「なるほど、確かにそれはビジネスチャンスなんて言ってもいいかもしれないな」

「でしょう? というわけで、早速受けに行こうというわけです」

「ライツさんはそこで待ってます。合流して行きましょう」

「……なんで外でですか?」


 後ろの扉を指さしながら言うレイラルに、ミレイルさんが訊いた。


「それは……非常に言いにくいのですが、ライツさんは子供に怖がられそうだなぁ、と思いまして……」


 ミレイルさんが訊くと、レイラルは非常に言いづらそうにしながらもそう答えた。


「……なあ、レイラルも子供泣かせたよな?」

「ですから言いにくかったんですよ! 全く、それじゃあ一緒に行きますよ」

「おうお前ら、話入ってもいいのか?」


 すると、ドアが開いてライツが顔を見せた。

 俺たちの話声を聞いて様子を見に来たのだろう。


「あ、ちょうど良いところに。ええ、入ってもいいですよ」

「おう、じゃあ結局どうすることになった?」


 ライツは、そう言ってみんなに訊いた。


「そうだな……一旦日帰り目標で、ちらっと見て帰ってくるのが一番安全マージンが取れるんじゃないか?」

「そうですね。長期滞在……は未探索地ですし、荷物のことも考慮するとやめておいた方がいいでしょうしね」

「じゃ、大体いつも通りの装備か」

「少し食料とか水の相談はあるけどな」

「ではそれらは――」


 と、いうことで大体食料、水、その他備品のすり合わせをした。

 そして、一旦宿に戻って荷物整理、必要なものは買って、冒険者協会に集合となった――


 ◇


 ――

 ――――


「おはようございます、ベルスさん」


 私は軽く会釈をして、ベルスさんに挨拶する。


「おはよう、ミレイル。今日もここに来てくれたのか、嬉しいよ」


 彼はその威厳のある顔を崩して笑った。


「いえいえ、私が好きでやってますからね」


 私は微笑んでそう言う。


「ああ、そうだ。君に渡さなければならないものがある」

「なんですか?」

「手紙だ――封蝋を見てみたが、どうやらここベレテル王国の王都グレイシア教会から送られてきたようだ」


 ベルスさんはそういって、革製の封筒を渡してきた。

 それには、見覚えのある赤い封蝋が成されている。


 確かに、王都のグレイシア教会が使っているものだ。


「――えっ? まさか、私の両親が?」


 私は思わず驚愕の声を上げる。

 ――まさか? あの両親が?


「そういえば、君の両親は王都のグレイシア教会に居たのだったか。中身は見ていないから分からないが、そうかもしれないな」

「……そうですか、分かりました」


 何が描かれているのか分からないという恐怖と、両親がわざわざ私に手紙を届けたなら、何か吉報があるのではないかという期待。

 私の心はその二つが入り混じった感情に翻弄される。


「まあ、あまり気に負いすぎるな」


 ベルスさんは、そう言って奥の方へと去っていった。


 ――気にしなければ、どれだけ楽だったかな。

 いや、と否定する。


 ベルスさんは、私のために言ってくれた。

 そこは、否定しちゃ駄目。


「……後で読も」


 ◇


 デイスさんと会う前、そうして手紙を貰った。


 後で読む。


 そう思ったのだが、未だに手がつかない。

 何が書いてあるのか見るのが怖かった。


 見慣れた封蝋を撫でる。

 ペリ、と少し剥がしてみるが、すぐにそれを貼りなおす。


「……依頼から帰ってきたら、また」


 私はそう言ってから、手紙から目を離す。

 依頼のために、荷物整理をしなくちゃ。


 ――でも、荷物を弄りながらもどこか思考の片隅には手紙のことがあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る