第23話:ミレイル・セラフ

「ミレイルさんは、どうしてここに来てるんだ?」


 ふと、俺は気になって訊いてみた。


「そうですねぇ……子供が好きだから、というのは一つ理由としてありますね。未来を担う子供達を見るのも楽しいですし、やっぱり健やかに育って欲しいです」


 ミレイルさんは膝の上に座っている子供に優しげな瞳を向け、そう言った。


「凄いな。そんな理由を持ってるなんてな」

「大したことありませんよ。それに、デイスさんも似たようなことは思っているんでしょう?」

「俺は――どうだろうな、そうかもしれない。みんなに辛い思いはして欲しくないと思って、寄付している」


 少し考えてから、俺は自身でそう結論付けた。

 そこまで考えてはいなかったが、確かにそうかもしれない。


「やっぱりそうなんですね。私と同じようなものです」


 ミレイルさんはそう言って優し気な笑みを浮かべる。


「あとの理由は――少しでも教会に関わりたいのかもしれません」


 ミレイルさんは、抱えた子供を上に上げ、微笑みながら言った。


「……どういうことだ?」


 俺は少し意味が分からなくて、訊き返した。


「これが上手く答えになるかは分からないのですが――元々、私は両親が聖職者だったんです。それで、両親は遠い王都に居るんです」


 ミレイルさんは、その子供を床に降ろしてから、そう言った。

 子供の方は、他の子に呼ばれたようで、そちらの方へと走っていった。


「……そうなのか? かなり聖職者っぽいギフトをしているし、それっぽい活動もしているのに、両親とは遠くに居るんだな。両親に言われてやっているんじゃないのか?」


 ここ城塞都市ケンテルと、王都はそれなりの距離がある。

 一応、行こうと思えば行ける距離だがな。


「両親の宗派とこの教会の宗派は違いますからね。親から言われてやっているわけではありません」

「宗派?」

「フェタール教の中で分裂した宗教の派閥のことです。ここはリベルタス教会、両親はグレイシア教会です」


 なんだか宗教のことはよく分からないが、そういうことらしい。


「そうなのか、それなのに聖職者業をやってるのはなんというか……勤勉? だな」


 俺はどうにか言葉を探して、そう言った。


「くすっ、言われてみれば、確かにそうかもしれませんね。でも別に、信仰心があってやっているわけではないと思うんです」


 ミレイルさんは少し面白そうに笑ってから、そう続けた。


「別の理由があるのか?」

「はい。遠い場所に居る両親に、どうにか近づきたくていつもこんなことをしているんだと思います」


 どこか自嘲気味で、悲しそうな笑みを浮かべながら言った。


「……そうなのか。というか、そんなに色々やっているのに、なんで両親と離れることになったんだ?」


 俺が訊くと、一瞬ミレイルさんは言葉に詰まり、困ったような表情を浮かべた。


「それは――私の恩寵のせい、なんですかね。私は、貰った恩寵が『天使』なんて大層な名前のものでした。それで両親は何が嫌だったのか、その時から私を教会と自分たちから遠ざけたんです」


 すると、ミレイルさんはそう語り出した。

 俺は疑問に思った。


 なぜなら、普通そういう回復効果や、精神面に影響するギフトを手にした人物は、聖職者として最適だからだ。

 ましてや、ミレイルさんはそのどちらの要素もあると言えるギフトだ。


「……ん? どうしてだ? 普通なら、教会側からすればかなり良い人材になるんじゃないのか?」


 俺は不思議に思って、そう訊いた。


「私もそう思いました。普通ならそうだと思ったんです。これで両親に評価してもらえるって――ですが、現実はそうではありませんでした。逆に、ギフトを貰った日から、少しずつ嫌われるようになりました」


 どこか悲しげに笑いながら、ミレイルさんは言った。


 評価してもらえると思った、つまりそれまでは評価されていなかったということなのだろうか?

 流石に、今までの様子から親との関係がよくないのだろうということは分かった。


「もしかしたら、両親は私が羨ましかったのかもしれません。凄い恩寵ですから――本当のところは分かりませんけどね」

「……そりゃ、大変だな。正直、ミレイルさんのギフトは良いもので、苦労なんてないと思ってた」


 俺はあぐらの上で頬杖をついた。


 ミレイルさんが何か言う前に、俺は続けた。


「だけど――そうでもないみたいだな。レイラルも同じように思ってたけど、すぐに違うことが分かった。ギフトなんて、正直あってないようなものなのかもな」


 ミレイルさんの境遇は、正直分かってやれない。

 俺には親に相当する人間が居なかった。

 強いて言うなら、孤児院そのものとベルスさんだが、関係は良好だったし、本当の両親ほど深い関係ではない。


 人から拒絶される苦しみは分かるが、両親から受けるそれがどのくらいなのかは俺にはわからない。


「……そうですね、そうかもしれません」


 ミレイルさんは、一瞬ハッとしたような表情を浮かべ、そう言った。


「それじゃあ、私はそろそろ帰ります。色々ありがとうございました」


 ミレイルさんは、立ち上がると丁寧にお辞儀をしてからそう言った。


「そうか? 俺は何もしてないけどな――」


 と、俺がそう言いかけた時、この部屋の扉がバンと大きな音を立てて開けた。


「ミレイルさん! ――と、デイスさんも居たんですね。ともかく、ビジネスチュアァーンスですよ! さあ依頼行きましょう! 指名依頼なんて滅多にないんですから!」


 レイラルは独特なイントネーションでそう言いながら入ってきた。


 それにしても、指名依頼?

 指名依頼は、協会か一般の依頼者が、特定の個人またはパーティーに指名して依頼をすることだ。信頼できる個人やパーティーに協会が依頼を託す際や、依頼者と冒険者個人やパーティーが親しい関係にある時なんかによく使われる。


 今回はどちらなのかは分からないが、とりあえず高価な報酬が待っていることが多い。

 レイラルの言い分から察するに、実際報酬は高いのだろう。


 と言っても、後者は稀に悪意のある依頼者からの依頼であることもあるから、注意しなければならないが。

 前者に関しては、よほどのことがなければ安全だ。


「びぇえーん!」


 ――と、その扉の横の方から、大きな泣き声が聞こえた。

 一瞬扉が顔に当たったのかと心配になったが、そうではなく目の前にいきなり扉が来たことで驚いただけらしい。


「……レイラルさーん? その前に、子供たちを泣かせるのはやめましょうねー?」


 ミレイルさんが顔を見なくても分かるくらい恐ろしい雰囲気を纏いながらレイラルに詰め寄った。


「ひっ……す、すいません……」


 瞬く間に青ざめていくレイラル。


「ほ、ほら、大魔法使いですよ! 魔法を見せてあげちゃいます!」


 レイラルは少し辺りを見渡し、泣いている子供を見つけると、そう言ってキラキラとした小さな光る、ヒレと牙のついた長い魚型の生物と、キノコの傘がついたようなよく分からない生物を水の魔法で生成しながら、それらをふよふよと自身の周りに飛び回らせた。


「ふぇ……」

「ほっ」


 と、どうやら子供は泣き止んで――


「びぇえーん!」

「なんでぇ⁉」


 なかったらしい。


「全く……ベルスさんを呼んできます。レイラルさんは待っててください! もう、急に扉開けたら危ないですから、やめてくださいね?」

「ほ、本当に反省しております……」


 レイラルは、地面に手をついて深々と頭を下げた。

 あれは――確か東洋の国の謝罪だったか? どこかで見たような記憶がある。

 博識な謝罪だな……


 〜あとがき〜


 ちなみに、レイラルが浮かばせてた水の生物は、サメとクラゲでした。

 デイスくんは海を見たことがないので、知らないのも当然ですが、レイラルは結構博識なので知っています。

 といっても、実際に見たことはありませんが。


 加えて補足になりますが、イントネーションやらビジネスチャンスやらは、異世界語を翻訳する過程で適切な語を探した時にそうなっているだけで、実際は彼らの言語を喋っている……という設定です。


 一応、獣人語とエルフ語、人間+ドワーフの扱う共通語の三つが主流の言語となっており、それらの言語の混ざりあいの結果に、日本語におけるカタカナ語のようなものができている、という裏設定があったりなかったりもします。

 ちなみに、一番広い人間圏では基本は大抵はみんな共通語を使っています。


 ともかく、最後までお読みいただきありがとうございました!

 次回もお楽しみにしていただけると幸いです。

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