第22話:孤児院

 起きて、朝の支度をしてから外に出る。

 ……昨日は安宿だったせいか、肩が痛いな。

 ただまあ、馬小屋に寝泊まりしてた頃と比べればマシだ。


 本来なら、全員で同じ宿を取るのが望ましいのだが、俺は節約で別の安宿を取っていた。

 他の三人は冒険者がよく通う、普通の宿だった。


 なんだかハブられているような気分になったが、まあしょうがない。

 ……次の稼ぎ次第で俺も向こうに泊まろう。


 それで、今は孤児院に向かっている。

 ちょっとお金が浮いたし、寄付だ。


 孤児院の子どもたちからはあまり好かれないし、俺も子供の扱いは得意ではない。

 それが理由で、孤児院の方にはよく行くが教会にはほとんど入ったことがない。


 だが、ここの孤児院には俺を育ててくれた神父がいる。

 だから、その感謝と恩返しだ。


 フェタールは別に信仰していないが、そこはまた別の話だ。


 両開きのドアを開けると、火の消えた暖炉が真正面に見える。

 横の方を見てみると、十ほどの難しそうなタイトルが書かれた本が入った本棚の前に、一人の神父が立っているのが見えた。


「ベルスさん、今日は寄付に来たよ」

「デイスか」


 振り向いたその人物は、老齢の男性だ。

 しわの入ったその顔は、聖職者らしい威厳が滲み出ている。


 白に金の刺繍が入ったローブを着ており、胸にはフェタールなのであろう人形のものが掘られた金色のブローチを付けている。


「別にやらなくても良いと言っているのだがな」

「いや、やっぱり恩は返さないと。俺が満足できない」


 ベルスさんは、俺の育ての親とも呼べる人物だ。

 といっても、ここの孤児院出身の人間からすれば誰もがそうなのだが。


「……そうか、それなら構わん。こちらとしても、寄付は助かる」


 俺は、少し辺りを見渡してから、小さなテーブルの上に置かれていた貨幣一枚ほどの穴が上部に空いた木箱の中に金貨一枚を入れた。

 手渡しでもいいのだが前に「手渡しだと賄賂のような気がしてくるから箱に入れてくれ」と言われてからはこれだ。


 賄賂って……とは思うが、まあ聖職者も楽ではないのだろう。


「多いな、今回は」


 すると、それが見えていたのかベルスさんはそう言った。


「ちょっと稼ぎが出たんだ。ちょうどいいだろ?」

「そうか……しかし、自分の生活を第一に考えるんだぞ。他人を幸せにするということは、まず自分が幸せでなければ成し得ないことなのだから」


 俺が言うと、ベルスさんは説教臭く言った。


「分かってるって」


 ……まあ、宿費を削ってるので半分嘘になるのだが。


「じゃあ、また――」


 俺がそう言ってそこを去ろうとした時、奥から声と共にドタドタと音がした。


「ベルスさん! ちょっと緊急事態です! 私と話をしていたら、一人の子がずっと泣いちゃって――ってあれ? デイスさん? どうしてここにいるんですか?」


 そこから出てきたのは、ミレイルさんだった。


「こっちこそ、なんでミレイルさんがここに居るんだ?」


 俺もたまにこっちの孤児院には来ていたが――あったことはない。


「なんだ、二人は知り合いだったのか」


 ベルスさんがふっと優しげな笑みを浮かべてそう言う。

 昔から俺のこともミレイルさんのことも知っているような物言いだ。


 それなら会ってもおかしくはない気もするが……俺はたまにしか来ていなかったから、たまたま会わなかったのだろうか。


「まあ、一度話は後にしよう。ミレイル、その子がどうしたと?」

「あ、そうですね。それが――」


 ◇


 その後、なんだかんだで俺もついて行くことになってしまった。

 普段は、子供からの評判があまりよくないし、俺が孤児院に入って何か問題が起きてしまったら嫌だから、近づかないようにしているのだが。


 それで、ベルスさんのギフト『慈悲』によって、泣き止まない子の件は事なきを得た。

 ギフトの効果は、発動すると『その者の精神状態を回復させるための手法が分かる』というもの。


 どうやら、その子はとあるおもちゃをなくしてしまってずっと泣いていたらしい。

 まだ幼児と言って差し支えない年齢の子だった。


 ちなみに、その後ベルスさんは自分の部屋の方に戻った。

 書類仕事だろう。


「はい、じゃあこれ大事にしてくださいね?」

「わかっら!」


 その子は若干呂律の回っていない口調で、泣き腫らした瞳でミレイルさんを見返した。


「それにしてもびっくりですね、デイスさんが孤児院に来るようなタイプだったなんて」

「……それ失礼じゃないか?」

「あっ、すいません」


 そう言って慌てるミレイルさん。


「まあ別に構わないがな。そう見えるのは分かってるからな。と言っても、そもそも俺は大体寄付しにしか来ていないが」


 俺はふっと笑ってから、絨毯の敷かれた大部屋の上にあぐらをかいて座った。


「そうなんですね。どうして寄付をしようと思ったんですか?」

「俺はここの孤児院出身でな。だからさ。同じ境遇の子には、やっぱり苦労してほしくない」

「えっ、ここの孤児院出身だったんですか? 知りませんでした」


 ミレイルさんは驚いた様子でそう返す。


「ああ、道端に捨てられてたとこを拾われたんだ。名前だけは付けられていたらしいがな」

「なるほど、だから孤児院出身なのに名字があったんですね……」


 大抵、孤児院出身なら名字はない。

 だが、俺は捨て子かつ名前が付けられていたから、名字があったのだ。


「ああ、ちょっと特殊でな」

「なるほど……そういえば寄付だけと言っていましたが、中の方には入らないんですか?」

「まあな。怖がられることも多いし、迷惑もかけたくない……あとは、俺自身が子供への接し方が分からん」


 周りで走り回ってはしゃいでいる子供を見ながら言った。

 タメ口で話すのが最適なのか? とか、やっぱり立ったまま話しかけるのはよくないのか? とか。


 俺自身、子供が好きなわけではない。

 ただ、俺と同じような境遇の子に、苦労はしてほしくなかった。


 金で援助できるだけで俺は十分だ。


「そうですか? 別に簡単ですよ――ほら、ベル。抱っこしてあげましょう」

「わーい!」


 ミレイルさんは、一人の子供の方に手を伸ばすと、子供の方から走ってくる。

 彼女はその子を抱きかかえ、自分の目線のところまで持ってきた。


「子供というのは、単純で純粋です。優しい気持ちで目線を合わせて、笑って話しかければみんな良い子ですよ」


 ミレイルさんは、そうしてから俺の方に笑いかけた。


「……そうか。まあ、やっぱり俺はそういうタイプじゃないかもな。それに、俺は資金援助ができるだけで十分だ」

「そうですか? もったいないですねぇ」


 ミレイルさんは膝の上に乗った子供の頭をぽんぽんと叩きながらそう言った。


「ミレイルさんは、どうしてここに来てるんだ?」


 ふと、俺は気になって訊いてみた。


 ~あとがき~


 P.S.ミレイルさんかわヨ、天使かよ

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