第20話:それぞれの話

「――それじゃ、パーティー結成を祝って、乾杯!」

「かんぱーい!」


 ライツさんが心底楽しそうに言ってから、レイラルも続いてそう言った。

 ちなみに、ライツさんは『乾杯』と言いながらも、一足先に少し飲んでいた。


「乾杯」


 そんな楽しそうな様子に、俺もどこか楽しくなって、ふっと笑ってそう言った。


「乾杯!」


 四人それぞれ言う。


 夜も更けてきた冒険者協会は、ワイバーン肉の登場も相まってかなり賑わっていた。

 ワイワイガヤガヤと騒々しい音がする。


 ところどころ物騒な音がしないでもないが……まあ冒険者の名物のようなものだろう。

 それに、協会の中ではあまり激しい騒動が起こると止められるから、特に問題はないだろう。


「うーん、やはり美味しいですね! 竜系統の魔物の肉は。話によると魔力増強もされるらしいですし、最高ですね!」


 レイラルがワイバーンシチューに口を付けてからそう言った。

 俺もステーキを一口食べる。


 確かに、これは美味しいな。

 前にも食べたことはあるが、やはり美味いものだ。


 ちなみに、ライツさんの前にあるローストワイバーンは、予想通り一部だけをローストにしたものらしい。

 串に刺さったワイバーン肉が二つ、木製食器の上に置かれている。


「魔力増強なんてされんのか?」


 ライツさんがレイラルに訊いた。


「まあ一説によれば、ですが。ちなみに、戦闘時硬い竜系統の魔物肉が柔らかくて美味しい理由は戦闘中、彼らは魔力を使って自身の肉体を強化しているのですが、その強化が死ぬとなくって――」

 レイラルはフォークをくるくる回しながらうんちくを語り始めた。


「分かった分かった、頭が痛くなってくるからやめてくれ! こーいうのは何も考えずに『美味い!』って言うのが最高なんだよ」


 それを聞いて、ライツさんはそう言ってレイラルを止めた。


「そ、そうですか……」


 レイラルはひどく残念そうに肩を落とす。


「……私は少し気になります。教えてくれますか?」


 ミレイルさんは、そんなレイラルさんを見て、肩をポンポンと叩きながらそう訊いた。

 気遣いだろうか。


「おっいいんですか? まあそれで強化が死ぬとなくなるわけですが、実際の肉がこれくらい柔いということですね。なぜなら、彼らは魔力強化に頼っているため、本来が普通の魔物のより柔らかくなってくるという話です」

「そうなんですね……勉強になります!」


 ミレイルさんは笑顔でレイラルにそう返した。


「レイラル、話長いな……」


 俺は、その様子を見てライツさんも思っているであろうことを言った。


「言わないでくださいよ! ……分かってますから。だって誰も聞いてくれないんですもーん。寂しいですよ」


 すると、レイラルは机に突っ伏しながら言った。

 いつもと少し違うその様子に俺は若干戸惑いを覚える。


 しかし、よく見ると少し顔が火照っている。

 どうやら酔っているらしい。


「……そうか、それはすまんな。まあ、俺も暇なら話くらい聞いてやるさ。俺もそういう勉強は嫌いではないしな」


 俺は少し考えてから、真面目に返答することにした。

 多分、今のは本心だろう。


 ここで茶化すのは、よくない気がする。


「そうですか? ありがとうございます!」


 すると今度はぱっと嬉しそうな表情を浮かべて、上体を起こした。


 その様子に俺は少したじろいでしまう。

 ……ちゃんと酔ってるな。


「しょうがねぇな、じゃあ俺も――」

「あ、ライツさんはいいです」


 それに便乗して、ライツさんも呆れたような表情でレイラルに言ったが、レイラルは全くの無表情でライツさんにそう言った。


「おい!」

「ははっ! ライツさんもレイラルも、ほんと仲いいな」


 俺は思わず笑ってしまった。


「うるさいですよー」

「全くだ」


 ライツさんはそう言ってステーキを一口頬張った。


「てかレイラルお前、そんな寂しがる性格だったか?」


 ライツさんは、レイラルに対して怪訝そうに訊いた。


「うるさいですね。そりゃそうですよ――だって、昔っから魔法が好きで、勉強だって沢山してきました。その過程で色んなことも学びましたが、少し深堀して話すとみんな離れていくんです。私の話がみんなにとって面白くないのは分かってます、分かってますが――それでも寂しいもんは寂しいです」


 レイラルはまるで子供がすねているような言い方で独白した。


 レイラルは、魔法が得意だし、喋り方も丁寧だ。

 本人に言ったら調子に乗るだろうが、大人っぽい部分はある。


 でも、相応に子供っぽい部分もあるのだろう。

 どんな人間だろうと、所詮は人間でしかない。


「それは、そうだな。まあでも、レイラルの話は面白くないことはないと思うけどな。ただ、人によるってだけじゃないか?」

「そうでしょうか……」


 不安げに俯くレイラル。


「というか、ギフトだって変ですよ。両親にだって怖がられるんです。神秘のせいで威力が強いですから。それに、詠唱を考えるのは楽しいですが、詠唱が違うのでいつも変に見られますもん」


その言葉に、俺とライツさんも含む三人は少し考え込む。


 ……俺は前、レイラルは何も気にしていなくて羨ましいと言った。

 だが、もしかすると彼女だって別の悩みがあるのかもしれない。


 俺とは違う悩みだが、根本は同じだ。


 仲間が欲しい。


「……そうか、そうだな。まあでも俺も似たようなもんさ。ギフトのせいで、怖がられた。疎まれて、みんなから腫れ物扱いさ。人と合っても、またギフトで怖がられるんじゃないかっていっつも思ってたからな」


 俺は自嘲気味に笑いながら言った。


「――そういえば、そうかもしれませんね。じゃあ、ギフトに悩みを抱えている同士ですね」


 レイラルは顔だけを上げて、ちょっと嬉しそうに笑いながら言った。


「おうおう、んなこと言ったら俺もだぞ? 剣士で修行してたのに、魔法使いだぜ?」

「まあ確かに、それも大変ですね。私たちに比べたら大したことないですが」


 ライツさんの言葉に、レイラルは鼻を鳴らして答えた。


「おい! デイス、お前はそうは思わねぇよな?」


 急に俺に振られてきたその言葉に戸惑いつつも、俺は必死に言葉を探る。


「い、いや……どうだろうな。どっちも大変だろ」

「んあー、つまんねぇな!」


 俺の言葉に、ライツさんは頭を掻きながらそう答えた。


「知るか!」


 俺はそんな理不尽な返答に思わずそう返す。


「まあでも、実際みんな恩寵に問題は抱えてますよね。そういう腫れ物パーティーみたいなものです」


 ミレイルさんがくすくすと笑いながら言った。


「ミレイルさんもですか? でも結構いいギフト持ってたんじゃないでしたっけ?」

「えっ? ……確かに、そうですね。どうでしょう。確かに強い恩寵ですし、私はみんなからその恩寵を望まれてます。ですから、多分幸福なんだと思います」


 一瞬驚いたような表情を浮かべ、次に悲しそうに笑いながらミレイルさんは自分に言い聞かせるようにして言った。


「……そうですか?」


 レイラルは、その違和感を感じ取ったのか、不思議そうな表情で訊いた。


 俺も何か言おうと思ったが、何を言えばいいのか分からなかった。

 言っていることだけ見れば、その通りだ。だけど、本当にそれだけなのろうか?


 思えば、俺は彼女のことを何も知らないのだろう。

 その言葉の裏にある真意も、俺には分からなかった。


「どう、ですかね。私にも、分かりません」


 レイラルの返答に、ミレイルさんは少し俯いてそう返す。


「……ま、いいだろ! 多分みんな大変なんだよ。それがどんな形であれ、な」


 ライツはみんなを見渡してから、そう言った。


「……そうですよね! すいません、変なことを言って」

「しょうがねぇさ。俺にゃよく分かんねぇけどよ、よく分かんねぇことは考えたってしょうがねぇ、今は飯食え飯! ほらよ!」


 ライツはそう言ってローストワイバーンのうちの一本をミレイルさんに差し出した。


「えっいや……そんなに貰っていいんですか?」

「いんだって、ほらよ」


 ライツさんは有無は言わせぬといった様子でミレイルさんのパンが置かれていた木製食器の上に、ローストワイバーンを乗せた。


「そうですか……ありがとうございます」


 ミレイルさんはそう言って少し嬉しそうに笑ってから、ローストワイバーンに口を付けた。


「おうよ」


 そう言ってライツさんはニカッと笑った。


「ライツさん、最初渋ってたのに普通に渡すんだな」

「そりゃ、飯なんて楽しく食えなきゃ意味がねぇ。楽しく食うためなら他人にだって渡すさ」


 俺が皮肉気味に笑って詰め寄ると、ライツさんは思ったよりもちゃんとした理由を述べた。


「あ、あとさん付けはいらねぇぞ。そういうのは面倒だからな。俺だって付けてねぇしな。こっちがやってないのに、お前がやる義理はない、だろ?」


 すると、彼はそう提案してきた。


 俺は、敬語はあまり使わない――というか上手く使えないのだが、さん付けはいつも意識している。


 あまり距離感が近すぎてもよくないと思っているからそうしているのだが……しなくてもいいと言われたからには、別にわざわざ付ける必要もないだろうか?


「そ、そうか? じゃあ……えっと、ライツ。よろしく」


 俺は少し戸惑いながらも、言われた通り呼び捨てにした。


「おうよ、これから同じパーティーなんだしな!」


 ライツはそう言って快活に笑った。

 俺も少しそれに釣られてふっと笑う。


「そうだな」

「あと別にミレイルもなくてもいいぞ?」

「そうですか? いやぁ、でも私は癖になっちゃってますからね。好きでやってるようなものですから、気にしなくていいですよ」


 ミレイルさんは少し困ったような笑いを浮かべながら、そう言った。


「そうか? じゃあまあそれでもいいか!」


 ライツはそう言って快活に笑った。

 本人としては、さん付けなんてあろうがなかろうがどっちでもいいのかもしれない。


「じゃあ私もなくていいですかー?」


 と、レイラルがライツの言葉に便乗してそう訊いた。


「お前は駄目だ」


 ピシャリと言い放つライツ。


「なんでですか!」

「日頃の行いってヤツだ。お前はなんかこう……敬意がないから駄目だ」

「なっ……そんなこと言う人に敬意なんかあるわけないじゃないですか!」


 レイラルはぶーぶー言いながら親指を下に立てた。

 そう言いながらも、ちゃんとさん付けしているところが面白いな。


「……そういえば俺達のパーティー名って、まだ決まってなかったよな?」

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