第18話:決着と報告
「じゃあ――なっ!」
俺は、構えた戦斧をそのまま横に振り、その首を叩き斬った。
同時に、その体は力なく地面へと落下していき――それを追うように、俺の体も落下していく。
「うぐっ!」
なるべく着地時の衝撃を減らせるように受け身を取るが、跳びすぎたせいで少し体が痛い。
悪くはない戦法だったが、慣れる必要があるな。
「すげぇじゃねぇか! 流石にあの高さを飛ぶのはびっくりだぜ……おっと、足は大丈夫か? 折れてないよな?」
ライツさんは、すぐに駆け寄ってきてそう言った。
「ああ、少し痛かったが、別に大丈夫そうだ。ギフトのおかげだな――」
思えば、今まではギフトに助けられたことはあまりなかった。
いや、正確に言えば命は助けられている。
だが、それ以上に嫌なことが起こる方が多かった。
むしろ、死んだ方がマシだと思ったこともあったくらいだ。
でも、呪いとも言えたそれが今は他の人のそれと同じ、祝福になっているのかもしれない。
「いやー、流石にびっくりですよ。まさかいきなり跳ぶとは思いもしませんでした。あんな戦い方をする人を見たのは初めてですね!」
少し興奮した様子でレイラルが駆け寄ってきた。
「まあな、俺もあんな戦い方をしたのは初めてだ」
俺が跳ぶ前に居た場所は、その地面が少しえぐれていた。
少しとはいえ、地面がえぐれるとは、ちゃんと体を扱える状態の狂化は本当に強いんだな、と実感する。
「それにしても、かなり余裕でしたね! 危険度白金のワイバーンですが、全然大丈夫そうでした!」
ミレイルさんがパチンと手を合わせてみんなにそう言った。
「まあそうですね。私も一応凄腕の魔法使いでしたから」
レイラルが帽子のつばを持ち、その下から青い瞳をキラリと輝かせながら言った。
「いや、確かに魔法は凄かったけどよ……でももうちょい自分のやる行動くらいは話そうぜ?」
ライツさんは、若干呆れた様子でレイラルに言う。
「うっ……な、なんですか? そんなこと言ったら、あなただって自分勝手だったでしょうに」
レイラルは、痛いところを突かれたといった様子で一瞬のけぞるが、すぐに反論した。
「い、いや、俺は前に出過ぎてるだけで、ちゃんと連携はしてただろ? お前は何考えてるのか分からんし、後衛だからちゃんと言わなきゃ危ないんだよ」
「よ、よく言いますね! というか、今回あなたは活躍してなかったでしょう!」
「はぁ? そりゃ別に――」
「はいはい、二人とも喧嘩はよしてください……はぁ、どうして会って間もないのにそんな喧嘩ばかりしてるんですか」
ミレイルさんは段々とヒートアップしてきた二人の間に入って、呆れた様子で仲裁をした。
「……しょうがねぇ、ここは大人を見せてやるか」
「……私も引いてあげますよ」
「お前ら……」
俺は思わず呟く。
どう見ても一番大人なのはミレイルさんである。
個々の戦闘能力は確かに一級品だが……俺は本当に上手くやっていけるのか?
さらに不安になってきた。
「とりあえず、魔物の処理をしないと話が進みませんよ? 長々と話していたらまたさらに魔物が寄ってくるかもしれません」
次に、ミレイルさんが続けてみんなにそう提案した。
「だな。よし、始めるぞ。量が多すぎるから、運ぶのは協会サービスでいいだろ」
「ですね。あ、私魔法で水出せるので血抜きに使ってください」
「お、そりゃ助かるな」
「じゃあ俺は必要ねぇか?? それなら周辺警戒でもしてるぜ」
俺たちがそんな会話をしていると、ライツさんはそう言って森の奥に向かおうとした。
「……手伝ってくれないのか?」
「いや、俺が食うわけじゃねぇから任せてもいっかなって思ってな……」
ライツさんは困ったように頬を掻きながらそう返した。
「そういう理由かよ……まあ、それならやっとくぞ」
「すまんねー、頼んだぜ」
ライツさんは、手をひらひらさせながら森の奥の方に消えていった。
◇
その後、特に魔物に襲われるでもなく、帰還した。
……何事もない、と言っても、ライツさんが勝手に一人で兎の魔物と戦っていたという珍事はあったワケだが。
本当に何がしたいのだかよく分からないな。
ただ、戦闘自体はやや前に出すぎなものの、かなり良かったとは言える。
そして、俺たちはそれから報告に来ていた。
ミレイルさんは一足先にどこかへ行ってしまったが、他三人で報告に来ていた。
「――ホーンボア討伐の依頼を受けたパーティーだ。倒してきたが、数が多いから運び屋サービスも頼む」
「分かりました。それではこちらで運び屋の方を出しておきます」
「それと、今回依頼を受けた場所、陽光の森でワイバーンを見た」
「ワイバ……⁉ い、いえ、失礼しました。具体的な情報はどうですか?」
受付さんは驚愕の表情を浮かべて身を乗り出したが、すぐに冷静になってそう訊き返した。
「大体入ってから少し歩いたところに出現した。見たのは一体だけで、他にいるかどうかは分からない」
「陽光の森にワイバーンですか……困りましたね。討伐依頼を出して、優秀なパーティーに討伐してもらいましょうか」
「ああいや、見たワイバーンは俺たちで討伐しておいたから大丈夫だ」
「討伐したんですか……? それは凄いですね。ありがとうございます」
「もちろんです、私はエリートな魔法使いですから!」
後ろでだんまりだったレイラルが、急に身を乗り出し、決め顔で言った。
「あ、レイラルさんですか……まあ、そうですね、はい」
受付の人は凄い微妙そうな表情でそう返した。
反応からするに、レイラルのことは知っていたらしい。
……その悪名についても。
「……なんですか。何か文句でも?」
「いえ別に」
詰め寄るレイラルに、受付さんは酷く冷めた表情でそう言った。
「……レイラル、頼むから一旦下がってくれ」
「しょうがないですねぇ」
『しょうがないのはお前だ』という言葉はぐっとこらえて、話を続ける。
「それで、運び屋サービスの方ではそっちも回収して欲しい。頼めるか?」
「もちろんです。そちらの報酬も後々精算しますね――もしかしたら、食堂のメニューにワイバーン料理が乗るかもしれませんね」
そう言って受付さんは笑った。
「おっ、ワイバーン食えんのか。割引も入るし最高だな!」
同時に、俺の肩越しにライツさんが言った。
確か、こういった臨時の料理は、素材を収集したパーティーには割引が入るんだったか。
今回の依頼の報酬も合わせたら、ワイバーン料理くらいなら食べられるだろう。
「そうですね。討伐した方には割引が入るシステムになっていますから。それではご報告ありがとうございました。ワイバーンに関しては、ご存知かと思いますが、本来陽光の森まで降りてくることはありえません。ですので、後日調査依頼を出して原因究明に当たろうと思っています」
「了解だ。じゃ、助かった」
「また来てください」
受付さんはぺこりと頭を下げた。
俺はそれに手を振って、そこを去った。
「そういえば、協会の運び屋って、時間を停止させて物を収納できる人が居るらしいんですよ」
すると、レイラルがいきなりそんなトリビアを話し始めた。
「そうなのか?」
「ええ、何やらそういうギフト持ちらしいです――時間停止収納とは、流石に魅力を感じざるを得ませんね。荷物が減るのもそうですし、冒険中でももっと良い食事が食べられるということでしょう?」
「荷物が減るのは便利だが――食料なんて現地調達で良くねぇか? あと干し肉やらでなんとかなるだろ」
ライツさんは、不思議そうな表情でそう訊いた。
ダンジョン以外での冒険や、旅先では現地調達をすることもある。
特に魔物の肉に関しては、その場で焼いて食うだけで満腹になれるからな。
山菜に関しては、一部を除いて植物に精通している人間がいない限りは難しくなってくる。
やはり毒は危険だからな。
「それじゃあ美味しいもの食べられないじゃないですか。魔物肉は単純な調理でしか食べられませんし。山菜も、美味しいのは美味しいですが、毒があるので難しいものは難しいですし。やはり事前に美味しいものを作って運べるのが最高でしょう」
まあ確かに冒険中でも美味しいものが食べられるに越したことはないな。
ただ、俺は別にそこまででなくてもいいと思うが。
美味いものを食べるのは、街の中に居る時だけでいいだろう。
冒険中に贅沢は難しいしな。
「そうか?」
ライツさんは困ったような様子で頭をかきながら、そう返した。
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