第17話:ワイバーン

「ギュアオォォォ!」


 耳をつんざくような魔物の鳴き声が響いた。

 そして、それがこの場ではありえない魔物の声であることは、俺でも分かった。


 急いで後ろを振り向くと――そこに居たのは、緑がかった白の鱗に、蛇のような体と顔。

 加えて、顔の少し下の方には、一対の翼が生えていた。


 そう、ワイバーンだ。

 それはしばらくキョロキョロとしていたが、数秒もするとこちらを発見したようだった。

 最初の咆哮は、俺たちの戦闘音を聞いて発した、ただの威嚇だったのだろう。


「おいおい……嘘だろ⁉」


 ライツさんは、同じく空を見上げて驚愕の声を上げた。


「う、嘘です! こんなところまで降りてくるのはありえません!」


 レイラルは、それを見てそう叫んだ。

 その通りだ、本来奥の山脈にしかいないワイバーン。


 それがここまで降りてくることは、滅多に無い。

 あるとすれば、何かから逃げてきたか、あるいは山の食料がなくなってしまったか。


「――まさか、さっきの索敵に映っていた空の魔力はワイバーンの……?」


 すると、レイラルがそう呟いた。

 そういえば、確かにそんなことを言っていたような気がする。


 しかし――


「御託は後だ! ワイバーンは早いから逃げるのは無理だろう。戦うぞ!」


 俺は斧を構え、叫んだ。


 ワイバーンの危険度は白金級。白金級の中では下位の魔物だとは言われているが、それでも白金だ。

 ある程度飛ぶ相手に慣れている金級パーティーなら、問題なく勝てる相手だろうが、俺たちは結成直後な上、俺は飛行系を相手したことはほとんどない。

 さっきの俺たちの戦闘から考えると、勝てる可能性も十分にあるが――未知数だ。


「おうよ! 空飛ぶ蛇野郎なんざ、簡単に落としてやるよ!」


 好戦的な表情を浮かべながら、ライツが言った。


 それとほぼ同時、ワイバーンはその体を喰らわんと突っ込んでくる。


「吹き荒れろ――『クラウドバースト』!」


 レイラルが魔法を放つと、ワイバーンの狙いは少し逸れ、剣で防御の構えを取っていたライツさんの右辺りを空振った。


「おっ――と!」


 ライツさんは瞬時にそれを理解すると、剣を構え、今横を通り過ぎようとしていたワイバーンの尾の辺りを斬りつけた。


 今のはレイラルの急な魔法だったのに、よく対応したな。

 思わず関心する。


「ギュアッ!」


 悲鳴のような声を上げ、ワイバーンは再び上空に舞い戻る。

 尻尾には斬られた跡は確かにあるのだが、傷は浅く、血すら出ていないようだった。


「上手く斬れなかったか……」


 悔しげに呟くライツさんを、ワイバーンは睨んでいる。


「燃え盛り地を焦がし、蒼く輝く聖なる炎よ――」


 さらに、後ろの方ではレイラルが詠唱を開始していた。


 何も言ってくれていないので、一体なんの魔法かは分からないが、とにかく詠唱の長さからして強い魔法だろう。

 聞いている暇は――ないか。先に言ってくれれば楽なんだが。


「ほらよっ! 蛇野郎!」


 その間に、ライツさんは腰から取った投げナイフを一本投げ、次に横の方に投げナイフをもう一度投げた。


 一本目で回避させ、二本目が本命だという投げ方のようだったが、ワイバーンは華麗にそれを避けてしまった。


「おい! ちゃんと投げたのに避けんなよ!」


 ……それは無理があるだろう。


 俺はそんなライツさんをよそに、ミレイルさんの方に言った。


「ミレイルさん! 狂化を使うから、魔法頼む!」

「了解です! 聖なる心の安らぎを『ソウルセレニティ』!」


 ミレイルさんは、俺の発言に即座に反応し、魔法を掛けた。

 同時に、俺もギフトを発動する。


 ワイバーンは、翼をはためかせて大きく風を起こしていた。

 攻撃の準備段階だろう。


「――雷鳴と共にその力を解き放て! 『ファイアレイ』!」


 と同時に、レイラルの詠唱が終わったようだった。

 吹き荒れる風の中、魔力の使えない俺でも分かるくらいの魔力がレイラルから発せられる。


 その魔力の奔流は解き放たれ、青の混じった炎の光線が、ワイバーンの頭を貫かんと飛来する――が、ワイバーンはすんでのところでそれを避けてしまう。


 ギリギリで避けたが故に、羽の端が燃え、火がつくが羽ばたきによってそれもすぐに消えてしまった。


「おお、すげぇな!」


 それを見ていたライツが、ニカッと笑ってそう言った。


「避けられましたか――勘がいいですね。それとも、魔力を入れすぎたでしょうか」


 レイラルは冷静に分析しつつ、ワイバーンを睨んだ。。


 しかし、魔法も無駄ではなかったらしく、若干動きがおぼつかなくなっているようにも感じる。

 また、流石に今のはヤバいと感じたのか、怯んで後方に逃げたようだ。


「でも、一応羽の端には当たった。向こうも驚いてるみたいだし、悪くはない」


 俺はそう言うが、レイラルは少し眉をひそめただけだった。


 と同時に、ワイバーンは翼をはためかせた。

 ただの風か? と思っていると、レイラルがハッとしたような表情を浮かべ、こう叫んだ。


「風魔法です! 避けてください!」

「何っ⁉」


 そこで初めてその方向を見てみると、確かに若干緑がかった刃が飛んできているのが見えた。

 俺は急いで横に飛んで避ける。


 しかし、避けた先にも刃があった。

 戦斧で防御しようとするが、それを避けて俺の頬と肩に二つの傷を付ける。


「くっ!」


 頬に熱い痛みが一瞬迸り、血が舞う。

 だが、深い傷にはならなかった。


 もっと深い傷になるかと思ったが、狂化のおかげかかなり浅い傷だ。


「大丈夫か!」

「ああ、問題ない!」

「治療します! 聖なる力で癒やし給え『キュア』」


 即座にミレイルさんが駆け寄り、治療する。


「助かる。でも魔力は大丈夫か?」

「これくらいなら、あと七十回は使えます」


 七十、というとかなり優秀な魔力量だ。

 最下位の治療魔法とはいえ、それだけ使えるとなると魔力量も多いということになる。


「凄いな」


 俺は小さく返してから、また敵の方に目を向ける。


 すると、ワイバーンは口を大きく開けていた。

 そして、その口の周りに炎が集まっていく。

 どうやら火炎球を吐こうとしているらしい。


 一瞬どうしようかと迷うが、俺が結論を出すよりも先にレイラルが叫んだ。


「私がやります。我が魔力よ、集いて水となれ――『ウォーターボール』!」


 火に対して水の魔法を?

 そういった疑問が浮かぶが、水球はあちらの火炎球の方へと飛来し――そして、爆発した。


「ギュオアァァ⁉」


 水が弾け、ワイバーンは困惑が混じった声をあげながらのけぞり、一瞬翼の制御を失いふらふらと空中を舞う。


「よ、よく分からんが――とにかくナイスだ!」


 俺はそう言ってから、足に力を込める。

 今までの戦闘から、狂化状態の身体能力は大体分かっている。


 ならば――ここからでも、届く。


 地を蹴り、空を舞う。

 後方から地響きが鳴るが、今は関係ない。


 眼前には、ワイバーンの首がある。


 その緑色の瞳には、驚愕と焦燥が映っているように見える。

 俺はその首をとらんと戦斧を横に大きく構える。


「じゃあ――なっ!」


 〜あとがき〜


 最後までお読みいただき本当にありがとうございます!


 作中で言う機会がなかったので言ってしまうのですが、レイラルがデイスに「悪くない」と言われて眉をひそめた理由は「プライドのせいで納得が行かなかった」という話ですね。

 本来なら一撃で倒すレベルだったはずですが、上手くいかなかったので少し悔しかった。

 そんなところに「悪くない」なんて言われてしまったもので「本当はもっと強いはずだったんですが」と悔しい気持ちを刺激されてしまったわけですね。

 と言っても、別にそこまで深く傷ついたとかそういうわけではありません。

 特に何か言い返しているわけでもありませんしね。一瞬不愉快になっただけです。

 なんなら、レイラル自身は「自分が今傷ついた」という自覚もないと思いますしね。


 こう見ると、彼女凄く子供っぽいですね(他人事)


 次回もお読みいただけると嬉しい限りです。

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