第10話:仲間

「うっ……」


 俺はひどい頭痛の中、目を覚ました。


 片手で頭を抑えながら、周囲を確認する。


 意識が飛ぶ前と同じ、洞窟の中だった。袋小路ではない通路の真ん中だし、あの場所からは少し離れているようだった。

 俺が背負っていたバッグは、少し向こうの方にぽつんと置かれている。


 それで、俺は――


「あっ、デイスさん! 起きたんですね!」


 そう言って声を掛けてきたのは、ミレイルさん。

 何やら、先程までは周囲の警戒をしていたような様子だ。


 ――あれ? 俺、狂化を使ったよな? なんでまだ居るんだ?


 過去の狂化中でも、かなり適当な戦い方をしていた――気がする。

 そのせいか分からないが、久々に気絶するまで行ってしまった。


「あ、ああ……俺、狂化使ったよな?」

「ええ、そりゃもう凄い戦いぶりでしたよ」


 すると、彼女はなんでもない様子でそう答えた。


「……そうか」


 俺はそう言って目を逸らした。

 どんな言葉が飛んでくるか分からなかったから、それを聞きたくなかった。


 怖いのだ。


 狂戦士なんて大層な名前が付いておきながら、俺はどこまでも臆病者だった。

 こんな身の丈に合わないギフトも、称号もいらなかったのに。


 助ける力が最初からなければ、諦めることができる。

 でも、力があってしまうから、諦められない。冒険者の夢も、人を助けることも。


 しかし、そうすれば次に待っているのは罵倒だ。


「……えっとですね、あのデイスさんが全く怖くなかったと言えば、嘘になります」


 俺が黙っていると、彼女は急にそう語りだした。

 まだ何も言っていないが、俺が考えていることが分かっているかのような語り口だ。


 その言葉に、胸が締め付けられる。

 結局、今回も同じなのだろうか。一瞬そう考える。


「ですが、本気で殺しにかかってくる魔物の方が、私は怖いです。デイスさんなんてそれに比べれば可愛いものですよ」


 しかし、次に飛んできた言葉は予想外のものだった。

 微笑みと共に放たれたその言葉に、思わず俺は面食らう。


 魔物の方が怖い。


 実害で言えば、確かにそうだ。

 だが、味方が化け物になるのと、最初から化け物に対峙するのとでは、恐怖の度合いが違う。


 だから、俺は恐怖されるのだ。


「それに、もっと怖いものや気持ち悪いものだって、私は沢山見てきました。グロテスクな患者の体も、精神が錯乱している人間も」


 そういえば、彼女は優秀な僧侶だ。

 確かに、そういった人間と会う機会も多いのかもしれない。


 そう考えると、怖くないというこの対応も、納得が行くのかもしれない。それによって、内心どこかホッとする。

 さっきまでは疑念があったが、それなら信用できるのかもしれない、と。


「もしかすると、あの後にデイスさんが気絶していなければ、もう少し怖がっていたのかもしれませんが」


 そしてミレイルさんは、最後にそう付け足した。

 別に嘘を言っている様子もなく、本当に自然体でそう言っていた。


 本心なのだろう。

 それに、自信満々に怖くないという人間の方が、経験上手のひらを返しやすい。セイズもそうだった。


 だから、自分のことを否定してしまうようなその発言も、逆に信用できてしまうような感じがした。


「魔物の方が怖い――ははっ、確かにそうかもな。そうだな、そうだ」


 俺は自分に言い聞かせるようにして笑った。


 なんだか、肩の荷が下りたような気分だ。

 さっきまでも、ずっとどこか『ギフトを使ったら拒絶されるんじゃないか』という恐怖感があった。

 でも、今ようやくそれがなくなったんだ。


「私達は、フェタール様からどんな恩寵をいただいていようと、ただの人間でしかありません。化け物でもなく、神の使徒でもありません、ただの人間です」


 どこか自身にも言い聞かせているようにも聞こえたそれは、俺にとても刺さる言葉だった。

 化け物と呼ばれた俺は、どこか自分を人間じゃない、許されない存在だと思っていたのかもしれない。


「そりゃ、その通りだな」


 俺は小さく笑った。


「ええまあ――これで、私も懸念点がなくなりました。随分、気にしている様子でしたから」


 彼女は、どこか遠い場所を見るような目でそう言った。

 もしかして、本当に最初から全部見抜かれていたんじゃないだろうか。


 そんな錯覚に陥る。


「そうだな。気にしてたさ」


 俺はそう言ってから、起き上がる。


 ふと、自分の体に傷が一切ないことに気がついた。

 腕には返り血はついているようだが、体に痛みはない。


「というか、傷はどうしたんだ? この場所も、ちょっと移動してるよな?」

「ええっと、通りすがりの冒険者の方が、この魔法が発動できる区域まで運んでくれたんです。それで、その後は私の魔法で治癒しました。それとその方は……運んだ後にそのままどこかに行ってしまいました」

「……どういうことだ?」


 俺は眉をひそめた。


「急に冒険者が一人現れまして、その方がポーションをくれて、運ぶと言ってくれたんです。それで、運んでくれた後は――」


 ◇


『ありがとうございます! これで治りました』

『あんた、治癒魔法がすげぇ上手いんだな』

『そういうギフトを持ってますので……』

『へぇ、にしても、そもそも治癒魔法自体は使い手がちっと少ねぇからな。十分すげぇよ』『あ、ありがとうございます……』

『んじゃ、俺はオサラバするぜ。また会えたらな』

『えっ? 行くんですか?』

『おうよ、俺は出口を探すぜ』

『それなら、私達と一緒に出口を探しませんか? そちらの方が安全でしょう?』

『いんや、俺は安全性なんて考えてないんだ。じゃあな〜』

『えっ? いやあの――』 


 ◇


「――と、言うことです。デイスさんを放っておくわけにも行きませんでしたし、そのままさよならしました」

「……どういうことだ?」

「私に聞かないでください」


 ミレイルさんはそっぽを向いてそう言った。


「ま、まあいいや。それで、どのくらい寝てた?」

「そこまで経っていません。五分か、それ以内です」

「早いな、じゃあこのまま出口を探すか」


 俺はそう言って立ち上がった。


「……デイスさん、流石に顔拭いてから言ってください」


 その言葉に、俺は頬を手で拭ってから、その手を見る。

 すると――そこには血がべったり付いていた。

 ついでに、肉片も。


「……は、はは。すまんな、忘れてた」


 多分、さっきまではそれこそ死神のような顔をしていたのだろう。

 返り血にはさっき気づいていたが、ここまで酷いとは……


「あと、バッグの方は私が運んできましたが――どうしますか? ここからも私が背負いますか?」


 ミレイルさんは、後ろの方に置いてあったバッグを指差して言った。


「いや、俺が背負うよ。ありがとう」

「分かりました。では行きましょうか」


 ミレイルさんはそう言って立ち上がった。


 ……とりあえず、血を拭いてからだな。

 俺はそう考えてポケットから布を取り出した。

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