第9話:ソレは狂戦士
「……デイスさん?」
少し不安になって、そう声を掛ける。
でも、後ろから少しだけ見えるその表情には、まるで悪魔のような笑みが浮かんでいて、息もだんだんと荒くなっていた。
「ヴルァァァ!」
すると、普段の様子からまるで考えられない、獣のような咆哮をした後にデイスさんはゴブリンの群れの中へと跳び込んで行った。
咆哮により空気が震え、その足によって地面は砕け、風が吹き荒れる。
風で私の髪が乱れ、同時に顔に吹き付けるその風から一瞬顔を背ける。
デイスさんは戦斧を振りかざし、ゴブリンに向かって振り下ろす。
勢いよく地面に突き刺さったそれは、ゴブリンをまるで爆弾のように破裂させた。
肉片が飛び散り、噴水のように血が舞う。
戦斧はゴブリンを貫通して地面まで突き刺さり、地響きが鳴る。
「くははっ! もっと血を見せろ! 壊させろ!」
狂気的な笑い声を上げ、もはや死体とは呼べなくなったそれから斧を引き上げる。
そして、今度は無数に向かってきたゴブリンを迎え撃つべく、回るように斧を振り回した。
風が吹き荒れ、ゴブリンが飛んで行き、その刃に当たったものはその胴体を二つに分断される。
と、同時にどうにか風から耐えていたらしいゴブリンが、飛びかかった。
その手に持った刃はデイスさんの体に刃を突き立て、同時にそのゴブリンに同伴していたカルムウルフがその肩に噛み付いた。
「――ってぇなクソがぁっ!」
デイスさんは、体をブンと振って、それらを振り払う。
自分に向けられた言葉ではないのだが、ここまで響いてくるその怒号に思わずぶるりと体を震わせる。
斬られ、噛まれた二箇所からは血が垂れているけれど、まるでそんな傷は存在しないような動きをしているように見えた。
さらに、飛んでいったカルムウルフを追って、体勢を崩し地面に倒れているそれに戦斧を振り下ろす。
またも地響きが鳴り、
先程まで清潔に保たれていた顔は、血で濡れ、肉片が付いている。
「わーお、思った以上……」
苦笑しながら、私はまるで
怖いか、と聞かれれば、確かに少し怖い。
だけど、ちょっと変な人間や、グロテスクなものは、治療の都合上よく見てきた。
だから慣れてはいるし、こちらにその矛先は向かないのだから、そこまで怖くはない。
戦闘の方に意識を戻すと、ゴブリンの数も減ってきており、もうすぐ戦闘が終わりそうだった。
今度は弓兵が弓を構え、デイスさんに放つ。それは運良く装甲の隙間を縫って、肌に突き刺さった。
「痛ぇなぁ!」
でも、すぐにそれはポロリとこぼれ落ち、デイスさんは弓兵の方へと向かう。
その勢いを戦斧に乗せ、片手で横薙ぎに振り抜いた。
今度はゴブリンの首と胴体がお別れを告げていた。
矢が刺さった傷口からは切り傷と同じく血が垂れているけれど、一切それを気にする様子はない。
「グ……グギャ……」
人間が見ても分かるほど恐怖しているゴブリンたちは、デイスさんから逃げるように後ずさりをしている。
「もう最後かぁ⁉ じゃあ――この世とお別れしなッ!」
そう言って、デイスさんは最後の二匹に向かって戦斧を振りかざした。
それらは真っ二つに断絶され、ついにゴブリンの群れは全滅した。
「くはっ、はは……は……げほっ」
しかし、乾いた笑いを漏らしながら、口元を抑えていた。
すると、そのすぐ後に、ふらついたかと思うと、地面に倒れ込んでしまった。
「で、デイスさん⁉」
転がった死体や臓物を踏まないように、駆け寄る。
体の方を見てみると、最後のゴブリンから反撃を食らっていたらしい。
肩口に、少し大きめの傷が付いている。
他にも傷は多いし、気絶するのも無理はない。
手元には、べったりと血が付いていた。
最後の咳は、吐血だったのだろう。
「聖なる力で癒やし給え、『キュア』」
でも、時間が経っても魔法が使えるようにはならないみたいだった。
「……ど、どうしよう」
だけど、このままでは本当に死んでしまいそうだ。
「……んお? なんかうるせぇと思ったら、なんだ? このエグい惨状は」
すると、後ろの方から男性の声がした。
振り向くと、そこに居たのは一本の長剣を背負った、一人の剣士。
髪はくすんだ金色で、瞳は緑色をしており、顔には無精髭を生やしていた。
頭をガリガリと掻きながら、驚きの表情を浮かべている。
「だっ、誰ですか⁉」
「お、おう、そんな警戒してくれんなって……」
彼は本気で悲しそうな顔をしてそう言った。
……ちょっと傷ついたのかな。
「ご、ごめんなさい……」
「いや、大丈夫さ。で、俺は誰かと言えば――まあ、ただの迷い人さ。んで、あんた大丈夫か? というか、そこに倒れてんのも行きてる人間か?」
すると、彼はそう答えてから私にそう訊いた。
もう既に死んでいるとも勘違いされるくらい、デイスさんは返り血を受けていた。
「私は大丈夫ですが――こちらは私のパーティーメンバーで、負傷しているんです。不躾なお願いかもしれませんが、どうにか助けていただけないでしょうか?」
後ろに倒れたデイスさんの方をちらりと見てから、私は頭を下げてそう言った。
「おっ、こりゃ丁寧にどうも。ま、冒険者つったらこういう場面でも金取んのかもしれんが――俺はそういうタイプじゃねぇから無償で助けてやるよ、ほら」
すると、彼はそう言ってから、腰に付けていた革製の水筒を投げ渡した。
「っと……こ、これは?」
私はそれをキャッチして、彼に訊いた。
「回復ポーション入りさ。使いな」
「……これで、完全に回復するでしょうか?」
私はデイスさんの傷を見てからそう答えた。
ポーションが強ければすぐに治るとは思うけど、この傷がポーションだけで癒えるのかな?
「いんや、しないだろうな。まあ、ちょいと処置すればとりあえずは問題ないだろうさ。包帯も持ってるぜ」
彼は特に焦る様子もなく、淡々とそう言った。
「それでは、一度運ぶのを手伝ってくれませんか?」
「……ん? そりゃまたなんでだ?」
「私は僧侶ですから、治癒魔法が使えます。ここは魔法使用不可区域ですから、魔法使用可能な場所まで運べば、すぐに直せます」
私が治療魔法を使えるようになったら、これくらいなら簡単に治せる。
「おお! そうなのか。そういうことなら手伝うぜ」
彼は驚きながら、そう了承した。
「はい、ありがとうございます!」
私はまた小さくお辞儀をして感謝を述べた。
ゴブリンの死体の方は――放置でいいかな。
装備を剥ぎ取るにしても、頭の角にしても今はそういう余裕がない。
魔物の死体なら勝手にダンジョンが吸収してくれるから、放置でもいいしね。
「ま、ポーションだけはちびっと飲ませな。運ぶ間に血をダラダラ垂らされちゃたまらんぜ」
彼は肩をすくめてそう言った。
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