第8話:窮地

「――クソッ! 逃げるしかなさそうだな!」


 俺はそう叫んで、後を警戒しながら走り出した。

 と同時に、ゴブリンの軍団の中から矢が飛んでくる。


 しかし、事前に弓を引いていたのは見えていた。戦斧でそれを防御してから、俺はもう一度叫ぶ。


「弓持ちもいるから、気をつけてくれ!」


 魔法発動不可区域、というのはその名の通り魔法を発動できない場所だ。

 ダンジョン、特に新しく発見されたりしたエリアに、よくある場所だ。

 発生条件はよく分かっていないが――とりあえず、今はこの場所から離れるのが先決だ!


「は、はい!」


 もし戦うにしても、一度体勢を立て直すのは重要だ。


 しばらく様子見をしようとしていたのか、立ち止まっていたゴブリンをよそに俺たちは走り出す。


「グギャ!」


 急に走り出したことで、一瞬距離を離すことはできたが、すぐにこちらに走ってくる。


「身体強化の魔法も使いたいですが――今は無理ですね」


 ミレイルさんは深刻そうにそう言った。


 また後方から矢が飛んでくるが、それは見えていた。

 横に跳んで避け、そのまま走る。


「私が前を見ているので、デイスさんは後ろを警戒してください!」

「分かった!」


 どうやら、さっきのゴブリン以外はそこまで早くないようで、だいぶ後ろの方に固まっている。


 後ろを警戒しつつ、ミレイルさんについていく。


 右に曲がり、左に曲がり、と整備されていないが故に少し走りにくい通路を進んでいく。


 ゴブリンも、そこまで早くなかったようだし、もう既に見えなくなっている。


 これなら、後は別の道を見つけられれば――


「デイスさん! 行き止まりですよ⁉」


 しかし、後方を見ていた俺の耳に入り込んできたのは、そんな無慈悲な言葉。

 前方を見ていたミレイルさんは、そのことに俺より先に気づいたようだった。


「おいおい……マジかよ⁉」


 俺は思わず素っ頓狂な声を上げる。

 じゃ、じゃあどうすれば――


「聖なる力で癒やし給え、『キュア』――魔法はここでも使えませんね」


 ミレイルさんは、杖を構えてそう言うが、特に何も起こっている様子はない。


「……デイスさん、これは普通にギフトを発動してもらうのが一番良いのかもしれません。お願いできますか?」


 すると、ミレイルさんはそんな提案をした。


 なぜ? 普通にギフトを?

 それを聞いて、真っ先に思い浮かんだのは『嫌だ』の二文字。


 ようやく、ギフトを普通に使わずに済むはずだったのに、今更また人の目の前で使わなくちゃいけないのか?


「……どうにか、魔法を使う方法はないのか?」

「ないです。少なくとも、私は知りません。時間が経てば、使えるようになるケースもあるそうですが――」

「そ、そうか」


 しかし、普通に使うなんて御免だ。


 だって、そのまま使えば、拒絶されるに決まってる。

 いつだってそうだった。


『お前、あれは正直仲間として危ないと思うんだが……』

『いや、あれはこっちまで飛び火しそうだし、ちょっと危なくない?』


 仲間の失望。


『……お、おい、発動中、かすっただろ。あれは、流石にやべぇって』


 仲間の恐怖。


「……ギフトは、無理だ」

「――まあ、そうですよね。大丈夫です。じゃあ普通に迎え撃ちますか」


 俺が言うと、ミレイルさんは特に驚いた様子もなく、笑ってそう返した。


 なんでそんな笑えるんだ。

 俺にやれと言えば済む話なのに。

 自分たちの命が掛かっているんだぞ?


 俺は悩んだ。

 ギフトを使うか、使わないか。


 考えれば考えるほど、自分がみじめに思えてきた。


 自分、どころか他人の命が掛かっていて、これだけ気をかけてくれているのに、俺は未だに怖いから、なんていう理由でギフトを使っていない。


 怖いから使わない?


 それは、あまりにも不誠実じゃないのか?

 死ぬくらいなら、使う方がマシだろう?


 でも――今度また拒絶なんてされたら、それこそ死んだ方がマシかもしれない。

 同時に、そんな考えも浮かぶ。


「とりあえず、迎え撃ちますよ。ただ、私は魔法が全く使えなくなりました。杖で殴るか、少し習った体術くらいでしか戦えませんので、注意してください」


 ミレイルさんは緊張した面持ちで言った。

 魔法が使えない、ということは回復魔法もないのだ。


「分かってるさ――それに、本当に死にそうになったら、ギフトも使う」


 俺は一拍置いてから、そう言った。

 その後に何があったとしても、仕方がない。


 自分にそう言い聞かせて、どうにかそう考える。

 そして、言ってしまった以上、もう退くわけにはいかない。


「えっ、いいんですか?」


 ミレイルさんは驚いたような様子で俺に訊いた。


「他人を俺のわがままで死なすわけにはいかない」


 俺はそう宣言した。

 これ以上逃げるわけにはいかなかった。


 それに、もしそのままで撃退できたなら御の字だ。


「……分かりました、頑張りましょう!」


 ミレイルさんは少し面食らったような表情をして、同じくその杖を構える。


 背負っていたバッグは降ろして、戦闘の準備をする。


 それからすぐ、ゴブリンの姿が見えた。


 まず、無防備に突貫してきた一体の攻撃を戦斧で防御し、体勢を崩しているところを斬る。


「ふっ!」


 同時に、奥から矢を引き絞っているところが見えた。

 それを戦斧で防御し、次のゴブリンを狙う。


 次、さらに三体が同時に前方三方向からやってくる。

 少し身を引いて避けるが、体勢を崩したのは一匹だけで、残りはもう一度攻撃を仕掛けてくる。


 戦斧でそれを防御するが、片方の刃が俺の腹に突き刺さった。


「くっ――」


 苦痛に絶えながら、俺は戦斧を横薙ぎで振り、二匹を叩き切る。

 そして、その裏に居た残り一匹もすぐに戦斧を折り返して斬った。


「はっ!」


 ちらり、とミレイルさんの方を見ると、ゴブリンが一体向かっており、それを迎え撃とうとしていた。


 俺は、そちらの方へ走っていき、そのゴブリンを思いっきり蹴飛ばした。


「おらっ!」

「――ありがとうございます!」


 ミレイルさんは、短く感謝を述べてから、もう一度ゴブリンの方へ向き直った。


 俺も、向こうの軍団の方へと向き直る――が、数が多い。

 まだ十体は残っているように見える。

 ゴブリンとカルムウルフが居て、ゴブリンには弓持ちも居る。


 さらに言えば、ソイツらはさっきのと比べて統率が取れているようで、横並びになって来ていた。


「――駄目だな。これは」


 俺は呟いた。

 多分、使わなければ死ぬだろう。


 限界ギリギリまで耐えようとして、そこでどちらかが死んだら流石に笑えない。

 ――まあ、この辺で関係が終わるとしても、それもまたその時だろう。


 半ば諦観しながらも、俺はそう決断した。


「ミレイルさん! 狂化を使うから、下がっててくれ!」


 俺は、そう言い放って、狂化を発動した。


「えっ――はい、分かりました!」


 一瞬驚愕の表情を浮かべるものの、すぐにそう言って後ろに下がった。


 ――狂化の影響は、理性を失うこと。


 ただ、それは同時に敵への恐怖がなくなることでもある。


 理性が壊され、感情がぐちゃぐちゃにかき回されていくのを感じる。


 でも、今回は目の前に壊していい敵がいる。


 ――それならば、今はただそれに身をゆだねればいい。

 後のことは、後で考える。


 そうさ、簡単だ。

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