第7話:ダンジョン探索依頼と予想外

 俺たちは、ダンジョンのとある場所にある、植物採取の依頼を受けた。

 ついでに、魔物素材を取ったり、ダンジョン内のアイテムも貰えれば万々歳、なんて考えたのだ。

 そこまでは良かった。


「クッソ! んだよこれ!」

「私に聞かないでくださいぃ! こんなトラップがあるなんて情報ありませんでしたよ⁉」


 俺たちは、絶賛巨岩に追われている。

 そう、コッテコテのトラップって感じのヤツだ。


 でも、こういうのは単純であればあるほど強力なんだよ!


「脇道はないのか⁉」

「知りません――あっ、向こうの方に道がありました!」


 すると、ミレイルさんは奥の方の道を指差して、そう言った。

 そこには、確かに洞窟の横にぽかんと開けられた道があった。


「よっしゃ! じゃああそこに行くぞ!」


 罠の可能性もないでもないが、このまま走っていても体力がなくなるだけだ。

 あそこに逃げ込む他ないだろ!


「わ、分かりました! でも、岩に当たるかもしれませんよ⁉」


 そう、岩は随分自分たちのスレスレの場所に来ている。

 これでは、横に言った時にミンチにされる可能性がある。


「――じゃあミレイルさん! 精神回復魔法かけてくれ! そうしたら、狂化を使って、そのままミレイルさんを担いで横に飛ぶ!」

「えっ! そんな――いえ、そんなことを言っている場合ではありませんね。聖なる心の安らぎを、『ソウルセレニティ』!」


 すると、彼女は驚きつつも、すぐに意を決してそう詠唱をした。

 この前の検証で、狂化よりも先に魔法をかけても大丈夫なのは実験済みだ。


 俺は、そのまま狂化を発動する。


 若干気分が高揚し、急に身体能力が上昇した体の制御に一瞬戸惑うが、問題ない範囲だ。


「行くぞ!」


 俺は掛け声とともに、ミレイルさんを担いで、少し気合を入れて前に走る。


「きゃあっ、いきなりなに――!」


 そうやって巨岩から距離を取ったところで、そのまま横穴へと大きく跳んだ。


 岩に触れるすんでのところで、俺たちの体は横穴の中へと入り、助かることに成功した。

 着地して、すぐさまミレイルさんを降ろした。


「はぁー、マジで危なかった……すまん、いきなり担いで。でも道はもうすぐそこにあったし、早くやらなきゃ間に合わなかったからな。許してくれ」


 俺は一息ついてから謝った。


「ま、まあ驚きましたが大丈夫ですよ。実際しょうがないですし」


 ミレイルさんは服のホコリをパッパと払いながら、そう返した。


「そう言ってくれると助かる」

「ふぅー……それにしても危なかったですね。ありがとうございます」


 息を切らしながら、ミレイルさんは地面に座り込む。


 ダンジョンは、そこの魔力やらなんやらが影響して、稀にその内部の形が変わる、というのある程度知られている話だ。

 だが、それを察知するのは難しい。


 今回のはそれだろう。


「帰ったら……報告だな」


 息を整えながら、俺はそう言う。


「ですね……これ以上被害者が出なければいいんですが」

「……しっかし、どの辺りまで来たんだ? 結構下まで来たような感じがするが」


 周りを見渡しながら、そう言う。

 本来なら、こんなところまで来る予定ではなかった。

 いつ外に出られるかも分からないし、食料や水もほとんど持ってきていない。


 背中に背負ったバッグは、採取したアイテムの保管用だ。

 持ってきた物資は、あまりない。


「どうでしょう、辺りの見た目ではよく分かりませんね」


 上層と同じような、若干紫がかったゴツゴツとした岩肌が、ずっと向こうまで続いている。

 道は、全くの未舗装でありながらも、結構平らな道になっている。

 また、壁には粗末な松明が置かれていた。


 道が平らなのも、松明が置かれているのも、どちらもダンジョンの仕業だろう。

 ダンジョンは生命だとも言われていて、勝手に内部に色んなものを生成する。ついでに言えば、それらの生成されたものは一度取ったら終わりでもない。


 だから、その再生成される宝を目当てに来たわけだが――このざまだ。


 しかし、今のところ周りに魔物は見当たらないし、安全そうだ。


「……一旦休憩して、それから辺りを見るか。元の道を戻れるかも見たい」

「分かりました」


 ◇


 元の道にも戻ろうとしたのだが、またしばらくすると岩が落ちてきていた。

 つまり、何度も落ちてくる岩トラップということだ。

 他に脇道の見えなかったあの道をもう一度登るくらいなら、こっちの道を行く方がまだ有意義だろうという判断で、今はこっちの道を探索中だ。


 それと、階層に関しては予想よりは低い階層で留まることができているだろうという予想だ。

 これなら、多分急げば地上まで間に合うだろう。


 随分降りてきていたとは思っていたが、岩トラップの道の方の上を見てみると、結構緩やかな坂だった。

 あれなら、そこまで降りてきていることはないだろうし、そもそも壁の色が低層のものだからだ。

 もっと深くに行くと、このダンジョンでは壁の色が変わってくるから分かるのだ。


 しかし、その法則が適用されていない可能性もあるから断定はできないのだが。


 ただ、やはり問題なのが、未だに見知った地形には着いていないということだ。


「……随分広いですね。もしかして、実はもとからこういう地形があって、今回の変化でそれが露出した、ということなのでしょうか?」


 いきなり生成されたこのようなエリアが、ここまで広いことは案外稀だ。

 そう考えると、ミレイルさんの予測も当たっているのかもしれない。


「その可能性が高いかもな」


 幸い、明かりはまだ付いている。

 上には登っているとは思っているが、これが正解の道なのかは分からない。


 一応、他にもいくつか分岐はあったからな。


 ――すると、俺の足元からガコッという不穏な音がした。

 それと同時に、俺たちの後方から、重い扉が開くような地響きが聞こえてくる。


「罠か⁉」


 バッと後ろを振り向き、そこを見てみると、先程まではなかったはずの穴が壁に空いていた。壁が上部にスライドし、扉のようになっている。


 そして、そこの裏には、ゴブリンが複数体居た。


 人の子供のような背丈に、ところどころ汚れが目立つ緑色の肌。

 頭の部分には角が生えており、顔は上から少し潰されたように醜悪な表情をしている――そうは言っても、あくまで人間基準で、だが。

 腰に布を巻き、手には様々な武器を持っていた。


 見たところ、二十以上はいる――つまり、二人では捌ききれないだろう。

 中には、弓を持っているものや、狼の魔物が同伴しているものもいた。

 よく見たところ『カルムウルフ』という種だろう。比較的温厚で、使役しやすい狼の魔物だ。

 あれらはゴブリンでも扱うことがある。


 上位種は見えないが、かといって全員が雑魚というわけでもなさそうだ。


「これは……多いですね!」


 ミレイルさんは、少し焦ったような様子で言った。


「魔法をくれ! そしたら俺がやる!」


 俺は戦斧せんぷを握りしめ、敵を見つめながらそう言った。


「はい! 聖なる心の安らぎを、『ソウルセレニティ』! ――あ、あれ? おかしいですね」


 ミレイルさんは詠唱をするが、後方からそんな焦ったような声が聞こえてくる。

 それに、いつものような心が安らぐ感覚がなかった。


「どうしたんだ⁉」


 俺はミレイルさんの方を振り向くと、何やら杖を持ちながら慌てている様子だ。


「魔法が、なぜか発動しないんです!」

「――まさか、魔法発動不可区域なのか?」


 俺がそんな疑問を口にすると同時、一体のゴブリンが俺のもとに突っ込んできた。

 その棍棒を俺に向かって振り下ろす。


 俺はそれを横に移動して避け、そのままソイツの隙だらけの首を叩き切る。


「――クソッ! 逃げるしかなさそうだな!」

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