第6話:勇者の動向

 あれからまた少し経って、昼時になっていたから、俺たちは宿屋で昼飯を食べていた。


 固いパンを、少し塩気のついた豆スープにつけて、かぶり付く。

 金があんまりないから、質素なものだけ頼んだ。


「全く、何が起きてるんだかな」


 ミレイルさんは、少し高めの料理を買っていた。

 白い砂糖が乗っかっているふわふわの小麦パンに、ドレッシングのかけられた野菜サラダ。

 それとリンゴの切り身がデザートらしい。


 ミレイルさんは、木製の食器を手に取り、食べる準備をしていた。


 ……思わずよだれが出そうだ。


「……あ、あげませんよ⁉」


 すると、それらの木皿を守るように腕で囲いながら、ミレイルさんは言った。


「た、食べないって! ……ちょっと羨ましかっただけだ」

「そんなにお金がないんですか?」


 正直、あれくらいの食事だったら俺も何度も摂っている。

 元々、勇者パーティーに居たこともあって、稼ぎは良い方だったしな。


 今日は格別、お金がないだけだ。


「ああ、修理費がかさんでな……」

「なるほど……あ、もしやあのスキルですか?」


 興味深そうに頷いた後、思い立ったのか彼女は俺にそう訊いた。


「……まあ、そんなところだ」


 肯定して、パンを一口食べる。

 うん、固い。


「それにしても、砂糖が復活して良かったですねー」


 すると、彼女は嬉しそうに言った。


「そういえば、砂糖の材料の緑甘りょくかんの袋の供給が少し途絶えていたんだったか?」

「はい、だからここ最近甘いものを食べれていなかったんです。だから、簡素なものではありますが、少しでも先に甘味をいただきたくてですね……」


 うっとりとした表情でミレイルさんは言う。


「……なあ、それ買えない人間の前で言うことか?」

「お、おほん! すいません、少し考えなしでしたね」


 彼女は大きく咳をして誤魔化した。

 けれども、真面目に謝っているところがミレイルさんらしいというか……いや、そこまで長い付き合いではないのだが、とりあえずお人好しだということは分かっている。


「まあ、俺も本気で怒ってないさ。これから、一緒に冒険者活動するんだしな。結局稼ぎは同じになる――と思っているが」

「はい、流石にちゃんと報酬も山分けしますからね。見くびらないでください」


 木製のフォークを空中でくるくると回しながら、どこか自慢げに彼女は言った。


「そういや、結局あのセイズ――勇者はなんだったんだろうな?」

「私に訊かないでくださいよ。それは私が一番知りたいくらいですから」


 俺が思わず訊くと、彼女はサラダを頬張った。


「おう、狂戦士の野郎とセラフの姉ちゃん。勇者パーティーについて、知りたいことがあんのか?」


 すると、急に横から声が聞こえてきた。

 冒険者の格好をした男。


 顔に見覚えはないから、パーティーを組んだことのある人間じゃないだろう。

 もし、組んだことがあるならこんな気軽に話かけてくることはほとんどない。


「え? まあそうだが……」

「さっき、冒険者協会での出来事、見てたぜ? あっこから追放されたお前も、知りたいことの一つや二つあるだろ?」


 ニヤリと笑って、男はそう言った。


「ああ、まあそりゃ知りたいけど……何を知ってるんだ?」

「私も気になります」


 ミレイルさんも若干身を乗り出してそう言った。


「ま、簡単に言えば――没落ってとこさ。あんたが抜けた時期辺りから、急にアイツラ弱くなりやがったのさ」


 そう言って男は面白そうに笑った。


「没落?」

「ああ、なんか依頼の失敗率が上がって、なぜか危険な依頼ばかりをわざわざ受けるようになったのさ。さらに言えば、なぜか新メンバーも受け入れていない」

「危険な依頼を……? 妙ですね。それに、なぜ新メンバーを入れないんでしょうか」

「さあな。俺はそういうことが起きたってことしか知らねぇ。ま、あの偉そうだったヤツが没落してんのを見るのは面白ぇな!」


 そう言って面白そうに声をあげて笑う。


 もとより、セイズは悪い人間ではないと思うのだが――実際、かなり偉そうである。

 本気で自分を最強の冒険者だと思っている節がある。


「……趣味が悪いですよ」


 ミレイルさんは、男を半目で睨んで言った。


「おっと、すまねぇ。言い過ぎたな……まあ実際、アイツは偉そうだったし、一回くれぇはあんな目にあっとくのが良いんじゃねぇかと思うのも事実だけどな」


 すると、今度は真面目くさった顔で言って、鼻を鳴らした。


 先程は盛大に笑っていたが、別にそこまで悪い人間でもないのだろう。

 セイズが偉そうだったのは事実なわけだし。


 と言っても、他人の不幸を笑える人間であることには変わりないわけだが。


「まあ、そうですね」


 ミレイルさんは、少し呆れたように嘆息する。


「大体そんなとこさ。お前も頑張れよ、追放狂戦士。まあ、評判からしてウチのパーティーには入れたかないけどな!」


 彼は俺の肩を叩くと、笑いながら去っていった。

 今のは嘲笑か、それとも他意はないのか。


「……まあ、頑張るさ」


 俺は、誰にも聞こえないような小さい声で呟いた。

 冒険者なんて、そんなものだ。


 良くも悪くも、自分のことで必死なんだ。

 わざわざ、評判の悪い俺を慈善のために引き入れるような人間は、そうそう居ない。


 あの勇者パーティーに入れたのは、セイズがやたらと自信過剰だったからだ。

 自分なら俺という暴れ馬を扱える、なんてことを言っていたらしい。


 そもそも、俺は暴れ馬ではないし、結果は――あんなものだったが。


「なんだったんでしょうね、今のは」


 彼女はそう言ってサラダを頬張る。


 今のパーティーに関しては――完全にミレイルさんの慈悲によるものだろう。

 感謝しなければならないな。


 ……まあとにかく、アイツは失速してるってとこか。

 何があったのかは知らないが、こっちに飛び火しないと助かるな。

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