第5話:勇者と化け物
――あれから、数日が経過していた。
そして、どうやら俺のギフトの発動以前に、ミレイルさんの魔法をかけても問題なく動くようで、安全のためにそうしてもらっている。
……そりゃ、狂化状態の俺なんて見られないに越したことはない。
見られるのは、怖いから。
「……いや」
俺は、一度そんな思考を振り切り、目の前の問題に集中する。
「どうかしたんですか?」
「ああいや、なんでもない。大丈夫だ」
問題、というのは、パーティーメンバーが少ないことだった。
募集の張り紙は昨日からしているが、来る様子はない。
それで、ずっと活動しないわけにもいかないし、今日から二人で依頼を受けに行くことになった。
「――なあ、アイツだよな? 狂戦士で、勇者パーティー追放されたってヤツ」
「――そうだな、アイツだろう。全く、何悠々とセラフとパーティー組んでんだか。ウチだって欲しかったヤツなのに」
……まあ、疎まれるさ。
しょうがない、昔から慣れてる。
怖がられるのも、避けられるのも、疎まれるのも。
「おいアンタ、依頼受けんのか?」
すると、俺の肩に手が置かれた。
その声色は、冷静なものではなく、不満が
振り返ってみると、そこには弓を持った冒険者が居た。
その耳は人にしては長く、顔は整っていた――つまり、エルフ族だ。
「……なんですか、あな――」
ムスッとして何か言い返そうとするミレイルさんを手で制して、俺は言った。
「ああ、そうだが?」
俺は、その冒険者を睨んだ。
こうすれば、評判のおかげもあって、引き下がるヤツが大半だ。
……こんな形で評判が役に立って欲しくはないのだが。
心の中で嘆息する。
「っ……なら、メンバーいねぇだろ? 俺が付き合ってやるよ。報酬は山分けでな――あと、ついてくのは遺跡かダンジョン探索だけだ」
すると、一瞬怯んで額に冷や汗を流しているが、強気な態度は崩さなかった。
で、まあ遺跡かダンジョン探索、ということはつまりこんな態度では『ダンジョンに置いていくために声掛けました』なんて言っているようなものだ。
エルフだから正確な年齢は分からないが、俺よりも若く感じる。
もう少し歳を食った人間なら、狡猾な手口でやってくる。単純なだけ、まだマシか。
「あのな、そんなもん――」
俺がそう言おうとすると、後ろから声が聞こえた。
そして、その声に思わず俺は驚愕した。
「そこのお前。今すぐそれをやめろ」
「は? 誰が――ゆ、『勇者』!?」
――そう、その声が、セイズ・ヘルテンのものだったからだ。
少し目の下にクマができている彼は、けれどもその赤い瞳に確かな意思を宿していた。
前よりもボサついたように見える金色の髪と、後ろにはこちらをチラチラと見つめるかつてのパーティーメンバーが居た。
「今すぐ、デイスにそんな低俗なことをするのはやめろと言ったんだ。『勇者』であるこの俺の命令が聞けないってのか?」
心の底からその冒険者を見下しているような目線。
相変わらず偉そうな人間だった。
それにしても――なぜ今更俺を庇うような真似をしたのだろうか。
「わ、分かったよ……」
すごすごとその冒険者が下がっていくと、周りからいくつか嘲笑の笑い声が聞こえてきた。
『酒の肴にぴったりだな』なんて、昼間から酒に入り浸っている冒険者の一人が言う。
どうやら、いつの間にか注目の対象になっていたらしい。
後ろから見える彼の尖った耳は、真っ赤になっていた。
まあそりゃ恥ずかしいだろうな。
「……」
そして、セイズは何も言わず、こちらに怒りのような、悲しみのような目を一瞬向けた後、去ろうとした。
「――おい! セイズ……何がしたいんだよ?」
俺は、セイズの腕を掴んで、そう訊いた。
「お前とは、もう関係のないことだ」
振り返ったその瞳には、今度は恐怖と怒りのみが映っていた。
俺がそれに固まっていると、セイズは手を払い除け、また向こうへと歩いていった。
他のメンバーも、無言で去っていく。
「……なんだってんだよ」
分からない。
セイズがなぜあんな顔をしていたのかも、なぜわざわざ庇ったのかも。
それに、あの追放から何があったのかも。
目の下にできていたクマは、何が原因なのだろうか。
特に、アイツらが困る要因なんてないように感じるが。
「あれが、勇者パーティーとやらですか」
「……そうだ」
俺は小さく返事をする。
「何やら、訳ありですか?」
心配そうに顔を覗き込んでくるミレイルさんをよそに、俺は掲示板の方へと向かった。
「さあな……とりあえず、依頼を――」
俺がそこまで言って、掲示板に向かおうとすると、ミレイルさんに服の裾を引っ張られた。
そちらの方を見ると、周りのテーブルを指差している。
そこには、無数の視線。
「今日は一度出た方が良いのではないでしょうか?」
このままだと無用な面倒事が起きる可能性が高い。
「はぁ……まあ、そうだな」
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