第8話
「それじゃ、行くよ!『ダウンバースト』!」
その声のわずか後、ヴェルとは地面に強く押し付けられ、大ダメージを受けた。どうやらファイアウルフ達はリスポーンしてしまったらしく、試合会場から居なくなっていた。もうこの試合中は戻ってこれなさそうだ。
クレアがどうやって飛んでいるのかと思ってその姿を見れば、その背中に鳥の羽が生えていた。しかし、光の輪が頭の上にあるわけではないので天使のような神聖な生命体では無いのだろう。
クレアは飛べるので、相手に対空戦力が無ければ彼女は打てる限り先程のダウンバーストを一方的に打ち続けられるという事だ。あそこまで火力の高いスキルを連射できるとは思えないが、同じような高火力スキルがあれば話は変わらない。
つまり、ヴェルが勝つためには、できるだけ早くクレアを墜落させるしかないのだ。
「まだまだ行くよ!『ウインドスピア』!」
その言葉とともに何故か緑色の、突き刺す事しか考えていなさそうな形状をした棘が空中に5本現れ、ヴェルに向かってまっすぐ飛んできた。
—明らかにさっきの攻撃と比べて弱いな。あの攻撃1本でここまでやってきただろうか。それなら俺にも勝算はあるか。だが、穴を掘るのは明らかに攻撃に消極的過ぎると思われるだろうし、本戦第2試合と同じように金塊を投げるのは相手が飛んでいる以上、当てられるとは思えない。かといって何もしなければどうやっても勝てない。さて、どうしようか。
緑色の棘はヴェルの周りに着弾し、それを避けるまでもなかった。それを確認したヴェルは、おそらく石でできている床を削り始めた。床の材質でできた塊を投げようと考えたのである。しかし、床は見た目よりも硬く、削れはするのだが、なかなか大きな傷にならなかった。
もちろんクレアはヴェルが床を削っているのをただ見ているだけではない。
「そんなことはさせないよ!『マイクロバースト』!」
その言葉を聞いたヴェルはすぐさまそれまで削っていた傷に爪を突き立て、突風に備えた。
しかし、その直後に来た衝撃もあまり強くなく、強いノックバック効果で吹き飛ばされて何かにぶつかった衝撃で死ぬ事も覚悟していたヴェルは拍子抜けした。
しかも、クレアはマイクロバーストを発動させた後、ただ空中を飛び回るだけになったのだ。
—クールタイム待ちか?じゃあ俺もこの床を削るか。
この調子なら勝てるかもしれない、そんな事を思った。思ったが—
「よし、勝った!その力を頂こう—『冒涜の幼体』!」
その言葉を聞いた瞬間、ヴェルはリスポーンした。
***
負けてしまった。
リスポーンした場所は表彰台だった。イベントの特別仕様だろう。
だが、負けたとはいえ、クレアは冒涜の幼体を取得した、神に反発する者であるので、彼女がわざわざ明らかに魔物にしか見えないヴェルを倒しに来るとは思えないのでそれだけは良かった。
そして、どうやらクレアは 『冒涜の幼体』のスキル発動条件を満たしているらしい。
現在、ヴェルは能力値不足という文言は無くなったので、このスキルの発動に足りていないのは伏字の解消だけだと考えられる。
______
スキル:冒涜の幼体
■■を■■る■の力をわずかに奪い、■■する。
効果不明。
______
ヴェルに無くてクレアにあるものと言えばNPCとの交流である。
このことから推測すると、ヴェルは『冒涜の幼体』の伏字に関する情報を知らないためにそれを発動できないのだろう。つまり、あの強欲なNPC達はこのゲームにおいて重要な役割を持っていたという事になる。しかし、コボルトの姿で話しかけたところで対応してくれるとは思えないので、結局自力で考えないといけない。それでもありがたいのは、NPCがたとえこのスキルの情報を正確に知っていたとしても、クレアの立場が分からない以上、クレアに直接教えたはずが無いという事だ。つまり、クレアは自力で伏字の内容を思いつき、それだけで発動できるようになったのだ。
さて、『冒涜の幼体』のヒントになりそうなのは「その力を頂こう」というクレアが言っていた詠唱のような何かだ。現状ヴェルが何かを奪われたという感じはしないという点と、このスキルによって倒されたという点から、彼女は他の誰かから奪ったか気づかれずに相手から奪えると考えられる。
とはいえプレイヤーが他のプレイヤーからばれずにその力を奪えるというのはゲーム性に問題が出てきそうなのでありえないだろう。だとすれば、それが誰かが分かれば発動に近づける。
さらに、冒涜という単語から考えると神から奪ったと考えて良いだろう。そう考えると、残った伏字は最初の2つと最後の1つであるが、最後の1つはどう見ても使うといった類の単語だろう。
そんなことを考えていたら表彰が終わっていた。別にヴェルにとって気になる人物がいたわけでもないのであまり周囲を気にしていなかったのである。試合の解説もヴェルが知りたい『冒涜の幼体』に関する情報を教えてくれなかったので聞き流してしまった。優勝の商品はスキルポイントが20ポイントとのことだった。とても羨ましい賞品だがゲームの攻略上で絶対的な優位を取れるものでもないのでヴェルは少し安心した。
この後はもうイベントの終了まで自由に過ごすだけのようだ。
この時間はヴェルにとって数少ない、他プレイヤーから情報を得る時間であるとともに、他プレイヤーから情報を奪われないように注意する時間でもある。
「こんにちは!あなたの種族はなんですか?どうやって進化したんですか?」
「テイムはなんで公開してくれなかったのですか!?」
「ファイアウルフに触らせてください!」
「その力の秘訣は何ですか?」
「ああ、構わないよ」
3人目だけは少女だったため、3人目以外の発言は無視し、その少女にはファイアウルフの1匹を触らせた。
その少女といくらか会話を交わした後、彼女は離れて行ってしまった。
ヴェルが別れを惜しみながらも辺りを見まわしていると、クレアを発見した。ヴェルはクレアに近づき、そっと耳元で囁いた。
「卵」
「えっ?何で知ってるの?」
ヴェルはこれなら鎌をかければ簡単に教えてくれそうに思えた。だが、彼女とは協力できるようにしておきたい。なので嘘を交えながら囁き続ける事にした。
「俺も冒涜者だ。まさか冒涜者同士で決勝戦を戦う事になるとは思わなかったから負けたが、冒涜者である事は隠すべきだと思っていたんだよ。せっかくだったら協力しないか?」
「いいけど、何を協力するの?」
「まずは情報交換をしようじゃないか。ちょっとここから離れる事はできないか?」
ヴェルがそう言うと、クレアはヴェルの脇の部分に腕を入れ、そのまま飛んだ。
「えっあっと、いや、大丈夫だ。まずは幼体のスキルの説明を教えてくれ。同じかどうか確認したい」
「えっと、まあ、いいかな。えっとね。『停滞を恐れる神の力をわずかに奪い、行使する』だよ。今度は私から聞いて良いかな?」
「ああ、俺と同じようだ。助かったよ。何が聞きたい?」
「どうやってその姿になったの?」
ヴェルはこの質問に正直に答えるか迷ったが、真実を教えることにした。
「穴を掘り続けたんだよ」
「えっ?穴を?どこに?」
「何かの木の近くだな。開始地点の草原にある」
「えっと、私初日に穴に落ちたんだけど、もしかしてそれ?」
「お前が落ちたのか!俺はその中で掘ってたら突然リスポーンしたんだよ!そのせいで穴を掘るのが数時間遅くなったんだ」
「じゃあ私はあなたのおかげであのダウンバーストと怪力を取得できたんだね。ありがと」
「怪力はお前のおかげなのか」
ヴェルは複雑な気分になった。空中で。
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ストックがあれなのと本業が忙しいので更新がゆっくりになります。
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