第7話

〔目の前の相手を倒してください〕


 予選が始まった。今、ヴェルは真っ白な空間に立っていて、対戦相手が目の前に見える。


 どうやら配下達は連れたまま戦えるらしい。配下はスキルによる産物として扱われているのだろうか。


 そして、初戦の相手はおそらく一般的だと思われる男性プレイヤーだ。


「えっ!なっ!狼?ってはあ!?ぎゃー!」


 当然実力差がかなりあるので相手がヴェルの姿と配下のファイアウルフ達に驚いている間に、ファイアウルフ達が炎で焼き尽くしてしまった。


 どうやらヴェルの言葉はファイアウルフ達に伝わるらしく、あらかじめ作戦を伝えておいたらその通りに行動してくれたのだ。


 また、試合が終わったら次の試合まで会話以外何もできないようで、当然のことながら観戦もできなかった。


 「皆、次の試合も同じように頼むぞ」



 ***



 ヴェルはこうは言ったもののその後も全く同じ流れで勝ってしまうとは思ってもいなかった。もしかしたら予選では強さに差ができるように調整されているのかもしれない。


 予選はいくら実力差があるようになっていそうとはいえ、参加者が多いのか10試合目まであり、それなりの時間がかかった。まあヴェルはほとんど何もしていないが。


 さすがに9試合目からは相手もファイアウルフ達に反応するようになったが、それでも炎に少し下がって即死を免れるだけで、大ダメージを受けてくれるので楽な戦いではあった。


—ファイアウルフ達の強さのおかげなのも分かっているんだがなんだか森の敵よりも相手が弱かった気がするな。


〔ここで10分間休憩とします。この時間のみ体感時間は現実と同じです。優勝者予想をされる観戦者の方はこの時間に行ってください。また、本戦出場者の方はこの休憩の後敗退するかイベントが終了するまでログアウトできなくなります〕


 どうやらここで一旦休憩兼投票待ちをするようだ。ヴェルはログアウトする必要がないので本戦開始まで待機する事になった。



 ***



〔では本戦第一回戦3試合目、ヴェル対アレイン!試合開始!〕


 本戦であっても特別な演出や紹介はないらしい。真っ白い空間にも変化は無かった。まあ本戦とはいえ第一回戦でそこまであっても時間がかかるだけだろうしそんなものだろう。


 本戦1試合目開始からまだそこまで経っていないと思うので、本戦出場者は待ち時間中、体感時間が短くなっているかもしれない。


 さて、相手のアレインは腰に剣を括りつけているが、今までの予選の相手と比べるとあまり強さが変わらなさそうにも見えた。だが、アレインはこれまでの相手とは異なり、ファイアウルフ達の炎にきちんと反応して下がり、ダメージを受けたようには見えなかった。


 これでヴェルが遠距離攻撃を豊富に持っていたら話は簡単だったのだが、ヴェルはSTRとAGIに特化したスピードアタッカーの種族、コボルトである。相手も剣士のようで遠距離攻撃がなさそうなのでこれは長期戦になりそうだ。


 数分間にらみ合いながらヴェルは作戦を考えた。


—分散して包囲しても突破されそうだし、距離を詰めようにも相手は引いていくだろうしなあ。いや、相手が攻撃に消極的すぎるとか言って反則にしてくれないかな。


 とりあえずじりじりと距離を詰める事にしたが、5歩進んだところでアレインが突然覚悟を決めた顔になり、ヴェルに向かって突進した。だが、射程が長く、スキルの発動が速いヴェル側が圧倒的に有利で、アレインはファイアウルフ達の炎に飲み込まれて大ダメージを受け、そのまま倒れていった。


〔試合終了!アレイン選手はファイアウルフ達に少しずつ近づかれた時に下がり続けたので消極的すぎると注意が入り、その後の攻撃で倒れてしまいました!素晴らしい試合をした両選手に大きな拍手を!〕


 すると、観客の姿は全く見えないのにヴェルの耳には空間全体から拍手が聞こえた。この会場はもしかするとただヴェルから観客の姿が見えないようになっているだけなのだろうか。


 その拍手が鳴り止むと、ヴェルはまた控室に戻っていた。


 そして、1分も経たないうちにまた試合会場へと送られた。



 ***



〔では本戦第二回戦1試合目、ヴェル対ケンキュウシャ!試合開始!〕


「なっ。じゃが、『着火』、そして『微風』じゃ」


 ケンキュウシャはファイアウルフ達の姿に驚きながらも、ファイアウルフ達の炎に対し、手から炎を放った。すると、その火はファイアウルフ達の炎と同じように広がり、相殺した。


—突然相手が強くなったな。相殺されるとは思いもしなかった。だが、相手が魔法特化ならこれで勝てるだろう。


「『錬金術』『突撃』『怪力』」


 そして、ヴェルはその手にある金塊をケンキュウシャに向かって突進しながら5倍になったSTRで投げた。


「なっっ———ぐっ—」


 名前からして明らかに体を動かす練習よりもスキル探しを優先していそうなケンキュウシャはこの金塊を避けられず、そのまま突っ込んできたヴェルの爪に刈られて斃れた。


〔試合終了!ヴェル選手の1試合目とは異なり、未公開のスキルをふんだんに駆使した新鮮な戦いでしたね。素晴らしい試合をした両選手に大きな拍手を!〕


 その後は1試合目と同じ流れだった。


—まさかファイアウルフ達と同じようなスキルを持っているとは思いもしなかったな。勝てたから良かったが。警戒が足りていないようだ。しかもあの感じだと弱めのスキル2つの相性の良さで強力な物にしているようだった。同じような敵がいるかもしれないし次からは気を付けていこう。


 そんな思いで挑んだのにも関わらず準決勝は相手の強さがよく分からなかった。相手は攻撃するどころか回避すらせずに燃えカスになってしまったのだ。そして、なぜか観客からの拍手の音が小さい気がした。もしかすると試合が一方的過ぎてつまらなかったのかもしれない。



 ***



 やがて、ヴェルは決勝戦仕様と思われる試合会場に送られた。これまでと違うのは辺り全体が白い霧で覆われていて何も見えない事と、金縛りにあったかのように全く動けない事である。


〔ついにやってきた決勝戦、ヴェル対クレア!ヴェル選手はここまでファイアウルフ達の力を最大限活用して戦ってきました。彼はなんとまだ自身のスキルを3回しか発動させていません!対するクレア選手は—〕


 ヴェルの耳にはこのアナウンスの次の言葉が聞こえなかった。おそらくお互いの能力を全く知らないまま戦うというこのイベントの趣旨を守りつつ観客にその戦い方を振り返らせるためだろう。そう考えるとヴェルの紹介の部分は相手に聞こえていないと思われる。


 そしてその数秒後、相手の戦い方の紹介が終わったのだろう、またアナウンスが聞こえ始めた。


〔この試合がどうなるかは分かりませんが、どうなったとしても熱い戦いになる事は間違いないでしょう!それでは、決勝戦、試合開始です!〕


 その言葉とともに、ヴェルの体は動くようになり、霧も一瞬で無くなり、周りが見えるようになった。今までの試合とは異なりヴェルにも観客の姿が見え、さらに応援する声も聞こえた。


「クレアさん頑張ってください!」

「おい、ヴェルー!負けるなー!お前に貯めてた防具代全部突っ込んじまったんだ!」

「キャー!ウルフちゃんかわいー!がんばってー」


 明らかに賭けでお金をヴェルに突っ込んだというプレイヤー以外からのヴェル本人を応援している声は非常に少なかったが。何より知名度が低いせいもあるのだろう、ヴェルに賭けているような発言をしているプレイヤーはクレアに賭けていそうなプレイヤーより少ないような気がする。


 ヴェルが周りを見ていると試合が動いていた。今までと同じようにファイアウルフ達はクレアに対し炎を吐き、その数秒後、クレアの姿は見えなかった。だが、ヴェルの勝ちだというアナウンスは流れなかった。クレアは空を飛んで回避していたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る